魔王と邪竜
「入るぞ」
ノックも返事も待たずに、魔王はドアノブを無造作に捻ってドアを押し開ける。
ドアの先は薄暗く、所々に粘着質な発光体が壁を照らし、妙な形の花や植物が生い茂っており、まるで異界の洞窟の様な雰囲気──いや、洞窟そのものであり、湿った岩肌が剥き出しの通路になっており、気味の悪いことこの上ない一本道の通路になっている。
魔王はその通路の様相に顔をしかめると、溜息と共に口を腕で覆い、通路の奥にある物体に近づく。
黒く、丸みを帯びたその物体は、大きな岩と同じくらいの大きさで、呼吸しているかの様にゆっくりと、体を上下させている。
「ファーブニル。起きろ。我だ」
魔王が黒い物体に、ファーブニルと呼びかけると、上下させていた体が一瞬止まり──また上下し始めた。よく聞けば、寝息も聞こえる。
「ファーブニル。起きろ。我だ。魔王だ。そこを通してくれ」
ファーブニルと呼ばれている黒く、丸みを帯びた物体の後ろには、鉄製のドアの一部が少しだけ見えており、魔王の目的地でもあるのだが、このファーブニルという物体が頑として退かない姿勢を見せている。
「おい。ファーブニル。起きろ。我だ魔王だ。そこを通してくれ」
「⋯⋯⋯⋯魔王だと?」
3回目の呼びかけに、ようやく応えてくれたファーブニルと呼ばれた物体が、もぞもぞと動き出す。
丸くうずくまっていたその体の首だけをだるそうにもたげると、半開きの眼で魔王の顔を覗き込む。
「嘘だな。帰れ」
そう言って、「ペェッ!」と唾を地面に吐き捨てると、欠伸をして再び首を体にうずくめ、丸くなる。
「⋯⋯⋯⋯ちょ、我だ。魔王だ。嘘をつくも何も──っておいこら寝るな!」
魔王は無理矢理にファーブニルの体を揺さぶると、今度は迷惑そうな表情でファーブニルは首をもたげる。
「はぁん? お前が魔王だって? 俺の目の前にいるお前がか? あーはっはっは! 面白い冗談だな。帰れ」
「ペェッ!」と再び地面に唾を吐き捨てると、大きな欠伸をする。
「いや、いやいやいや! 我の顔を忘れたのか!? ほら見ろ! どうだ思い出したか?」
「んんー?」
欠伸をしながら、寝ぼけ眼で魔王の顔をまじまじと見つめるファーブニル。
三秒ほど見て、「ペェッ!」とまた床に唾を吐きつけ、また丸くなる。
「おいこらファーブニル貴様っ! 我の顔を忘れたのではあるまいな!? あ、おいこら寝るな貴様っ!」
「あああああん!? うるせぇんだよさっきから我だ魔王だ我だ魔王だって魔王魔王詐欺かよ! 大体俺様の知ってる魔王はなぁ、部屋から出ないの! 分かる? 引き篭もりなのよ。魔王クラスの引き篭もりなの! だから俺様の目の前にいる時点でもうお前は魔王じゃない訳。はい論破ェッ!」
論破というのと同時に唾を地面に吐き捨てると、ファーブニルはネズミでも追い払うかの様に尻尾を突き出して、しっしっと振ってくる。
魔王はその尻尾を掴むと、血管が浮き出るほどの力を込め、ファーブニルに言う。
「この尻尾を貴様の口に突っ込んで尻から出すのを何周したら我が魔王だと認めるか試すとしようか」
「おいおい。何してんだ魔王。早く行けよ。ったく、魔王なら魔王ってさっさとうごぉっ!?」
ころっと態度を一変させたファーブニルに痺れを切らした魔王は、問答無用でファーブニルの尻尾を口に突っ込み、悶絶しているファーブニルの脇からさっさと鉄の扉を押し開けて、中に入る。
涙目でファーブニルは、ぺぇっ! と自分の尻尾を吐き出すと、「んだよ冗談通じねぇなぁ」と言いながら、魔王の後をついて行く。