現状制圧
「うるさいです」
「ほごぉっ!?」
リーリスはは口からうるさいと発すると同時に男の頬を強めに叩く。
「あなたは馬鹿ですか? ああ、すみません馬鹿だから私が言ったことを理解できてないんですよね。さっきも言いましたけどあなたの家族やお友達が戦争で亡くなって、帰る家がないから他人を食い物にしてもいいって言うなら、それが自己中心的だと言ってるんですけど分かります? あ、またまたすみません。馬鹿で能無しでクズだから理解できないんですよね。自分がされた苦しみを分かっておきながら関係ない他人には同じことをしてもいいとか考えちゃってる蛆虫以下の思考能力ですもんね」
「うっ、うう・・・」
「別に生きていくだけなら畑でも作ったり、街に行って働けばいいじゃないですか。あなたはそれをせずに、他人のものを奪うというとても簡単な方に逃げちゃったんですよ? 戦争と自分の境遇を言い訳にして他人を踏みにじってる時点で、同じ事してるんですけどそれについてはどう思ってるんですかね?」
リーリスは呆れた顔でため息を吐く。
人間は欲望に忠実で、利己的で、浅はかで、愚鈍な存在だということを改めて認識させられた。
魔神族は種としての個を重んじている為、同族同士で争うなど常識的ではないし、それをするならもはや狂気の沙汰だ。
こんな人間と本当に共存なんて出来るのだろうかーー。
「その辺にしておきましょう。リーリス様」
「うひっ!?」
背後からの突然の呼びかけに、リーリスは背筋を伸ばして驚いた。
恐る恐る振り向くと、そこには見慣れた姿がそこにはあった。
「なっ、ちょ、もー! 驚かさないでくださいよカル!」
「いや、驚いたのは私の方なのですよ? なんの考えもなしに勝手に単騎突入して挙句には地面を転がり、敵に捕まったのを一部始終見逃さずしていたんですから」
「うぐっ・・・」
「たまたま主力と思われる方の部隊がどっかに行ったから良かったものの、普通に拘束されてたんでしょう?」
「さ、されはしたけれどもっ」
「けれども上手いこと立場を逆転させたから万事良しって言いたいんですか? それこそ、相手が油断していて、尚且つ戦闘力が無さそうな雑魚が当てがれたからでしょう? まだ外にはこいつらの仲間がいたんですよ? もし騒がれて仲間を呼ばれてたら危ないのはリーリス様だけではなく、村の人たちにも危害が加わっていた可能性だってあるんです。分かってますか?」
「うう・・・」
カルの説教に項垂れるリーリスを男は唖然と見つめ、ふとカルと視線がぶつかると小さく悲鳴を上げて顔を伏せ、小刻みに震え始めた。
それを見たカルは、リーリスと男を交互で見やり、小さく溜息を吐き、言った。
「なぜこの人間はリーリス様を油断したかという点では、納得がいきました。それを理解した上で囮となったというのであれば、危険ですが確かに奇襲という面での成功率は高いでしょう。現に、今こうしてここの村人は解放され、あなた自身に被害も無く、さらには私が捕縛した捕虜が10人と、結果は上々です」
「えー⋯⋯え? あ。そ、そうね!? もちろんわかってたわよ? 全く、カルがいつ来るのか待ち遠しくて欠伸してたんだから!」
「さすがリーリス様。このカル、感服にございます。と、それは別としてこの件は魔王様にも報告済みです。魔王様からは、事が済み次第リーリス様から直接出向く様にとのご指示ですので、よろしくお願い致しますよ」
「え? ⋯⋯⋯⋯え、えええええええええ!? 」
「いや、報告しろと仰ったのはリーリス様ですよ」
「⋯⋯⋯⋯魔王さん、怒ってた?」
「それはもう」
「ふぐぅっ」
「それと──魔王様がこちらに来るそうです」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」
「魔王様が来るそうです」
リーリスの疑問句にカルが復唱すると、完全に白目を剥いて硬直したまま動かなくなったリーリスと、それ以上何も言わなくなったカルと、魔王が来ると聞いて口をぱくつかせてる男という妙な空間が出来上がっていた。