戦争被害者
「ふんっっ!」
リーリスが気合いを入れて座った状態から股座に突き立てられた刀身に右膝蹴りをかますと、バキッと中央から真っ二つに刀身が折れた。
「なっ――」
得物をただの膝蹴りで折られた事に、男は驚愕する。
「よっ――と」
間髪入れず、今度は左足で男に足払いを掛けると、ボキリと鈍い感触がリーリスの足首に伝わり、男が宙を一回転してその場――リーリスの足元に崩れ落ちる。
「ああああああ――ぐぅっ!?」
「はいはい。お静かにお願いしますよー」
足を折られた激痛に悲鳴を上げる男の口を閉じるようにリーリスは靴の裏で男の頬を踏みつける。その衝撃で、男の歯が何本かが飛び出し、口から血を流した。
「は……が、あが……」
「おっとすみません。加減が難しくてですね、足も歯も折る気はなかったんですよー?」
白々しく嘲笑うリーリスは、そう言いながらも踏みつける足に力を込める。
「うあうあああっ! いいいいいいっ」
リーリスは、じたばたともがき苦しむ男を見据えながら、まるで朽ちた縄を切るように、いとも簡単に両腕を拘束していた荒縄を千切り離すと、股座に突き刺さったままの半分になった刀身をつまみ、引き抜くと、さも的当てゲームの様に男の眼前に投げた。
「ひいっ」
刃が床に突き刺さるのと同時に、潰された口元から潰れた悲鳴を上げると、その刀身に反射する無残な自分の顔に、また短い悲鳴を上げる。
「さってと、私に何か聞きたいことがあったようですが、奇遇ですね。私もあなたに聞きたいことが山ほどあるんですよ。念のため聞いておきますけど、もちろん答えてくれますよね?」
「う、ううう……」
男は完全に諦めた様子で、怯える様に首を縦に振った。
リーリスと男の立場が逆転してから、幾ばくの時間も経たずに男が情報を喋るのは早いものだった。
あっけないと言えばそれまでだが、男からすればただの打撃で剣や骨を簡単に砕き折るのを目の当たりにして体験すれば、当然とも言える結果だった。
男は、リーリスを拘束していた椅子に逆に拘束される形で手を後ろで椅子に直接縛られ、項垂れている。
リーリスが何か挙動を示すといちいちビクつくのが目障りだが、リーリスは圧倒的勝利と結果オーライな状況に少々気分が良いようで、時々鼻歌をづさみながら、必要な情報を淡々と聞き出していた。
男によれば、現在この村は新しい拠点にするべく捕らえた村人を奴隷として働かせている最中で、この男を含めて盗賊の仲間は今のところ12人。
リーリスが捕らえられた時には、盗賊のリーダー率いる本隊母屋にいたが、他に捕らえた村人を連れて拠点に向かったらしい。
「その拠点はどこにあるんです?」
「そ、それだけは言えな――」
リーリスがニッコリ笑って男の顔を覗き込む。
「ひっ……!」
「私は答える答えないを聞いてるんじゃないんですよ? 『答えろ』って言ってるんです。分かりますよね?」
「勘弁してくれ! 言ったらどの道殺されちまう!」
「知ったことじゃないですよ。ちっぽけな村を襲った挙句に物や金ならまだしも同族を奴隷として売りに出す連中の命なんかに、価値があるとでも思ってたんですか? 弱者を捕らえて奴隷として売っているあなた方に、ね」
「な……んっ……!! ――お前らにっ、お前ら魔神族ごときに何が分かるんだっ!?」
「分かりたくもないですね。同族を笑いながら襲い、平気な顔で奴隷として売り払うようなゴミ虫以下の存在の気持ちなんて。それとも『仕方なくやってる』とか言い出すつもりですか? 心の中では懺悔しつつも、自分が生きる為にはこうするしかないとか自己中心的な考えを正当化して魔神族の私に理解を求めるつもりですか?」
やれやれと溜息をつくリーリスは、少しばかり面倒だなと思った。彼らに何かしらの事情があるにせよ、彼らの行為はとても許せる行為ではない。確かに、我々魔神族が人間族のいざこざに関わる理由はないのだが、なんとも稀有な考え――魔神族と人間族との共存という無理難題を平気な顔で言ってのける魔王に仕えてしまっている以上、彼らの存在はもはや、邪魔でしかない。
魔神族だろうと関係ない。他人を食い物にしている輩は、魔神族と人間族の共存という括りに必要ないからだ。
「あなた方の様な下衆で愚鈍な人間族の中でも最下層の蛆虫は、あの戦争で死ねばよかったんですよ」
他人の命を奪い、捕らえ、売り払う。男は今までこうして暮らしてきたくせに、いざ自分の身に危険が及べば助かりたいと懇願し、否定すれば自分も苦労した等と逆上する男に、つい――リーリスは本音を口にした。
すると、先程までの怯えた表情とは打って変わって、リーリスの言葉を聞くやいなや男は怒声を張り上げた。
「お前ら魔神族との戦争で、家族を奪われっ――仲間を殺され!! 更には国の為に戦った俺らをあの王は裏切りやがった!! 家もない、家族もない、故郷もない俺達がっ――どんな思いでこんなことやってると思っていやがるんだこのクソ魔神族のクズ共がああああああああああ!!」