ベイマックス系女子
物は言いようだと思う。
私はずっと、デブだのドムだの豚だのビバンダムくんだの言われて生きてきた、でもついに私の時代が来た。
『もっちり感触柔らかマシュマロ女子』
最初聞いた時は食い物のPRかと思った、しかし真実はデブを救済する魔法の言葉。いやもうこの言葉考えた人天才だわ、マジで。
それから私の世間に対する見方が変わり勇気を出せた。
私のサイズでお洒落な服はないと思ってた、でも案外取り揃えてある店は多かった、これが所謂メディア効果。
そうしたら今まで見向きもしなかった男に声をかけられるようになった、皆んな私の豊満な肉体が目当てみたい、ふふ変態♡
私は有頂天になった、全てが私中心で回っているように感じた。
でも結局はメディアに操作された偽りの世界、ブームが去ると皆んな一様に私のそばから離れて行った。
しかも捨て文句が『マシュマロ女子ってやっぱ可愛い女限定だから』という厚い手のひら返し。
「あなたは私の肉体が目当てじゃなかったの?」
そう言いたくなった、でもその言葉自体が惨めで悔しくて自分が嫌いになりそうで飲み込んだ。
やっぱり男なんて皆んな面食いなのよ、女も結局は顔、いくらチヤホヤされようが魔法が解ければそれまでの存在。
私は再び前の生活に戻った、人の目をきにする小さい女。
そんな私にある男の人が声をかけてきた。
「一緒にお昼どうですか?」
ナンパだ。
疑心暗鬼な私は彼が馬鹿にしに来たのだと思った、でもその時の私は堕ちるならどこまでも堕ちようという自暴自棄に陥っていたためすぐにOKを出した。
奢って貰えるのだ、どうせなら腹一杯に食べよう。私はハンバーガーを何品も注文して平らげた。
これで馬鹿にされたって構わない、食欲を満たせたのだから。
だが彼は馬鹿にしなかった、むしろ「いい食べっぷりだね、素敵だよ」と言われた。
こんなに食べる女が素敵なんて頭が湧いてるんじゃないかと思った、でも彼の顔に嘘はなかった。
それからだ、私と彼がちょくちょく会うようになったのは。
私は失うものなんて何もなかったから、世間に対する愚痴だの文句だのを話すことが多かった。
「デブに対する扱いが酷すぎんのよ、ったくこっちだってなりたくてなったわけじゃないんですぅぅ、体質なんですぅぅー。せっかく呼ぶならデブじゃなくてベイマックスって呼んでほしいわ」
「それアウト〜」
「メタな発言すんなし」
彼は嫌な顔一つせずむしろ楽しそうに聞いてくれた、それが私は嬉しくて楽しくて、いつの間にか私は彼に惹かれていた。
そして私は遂に聞いてしまった。
「どうして私に声かけたん?こんなカメックスなんて需要ないっしょ」
今までずっと気になっていたが、勇気がなくて聞けなかった、もう失うものなんてないはずなのに。
「そんなの君と話がしたかっただけだよ」
彼は何でもない顔でそう言うとまた普通に会話をし出した、それが私には妙に拍子抜けに感じて何を力んでたんだろって気になった。
世間のブームでなく、私の肉体でもなく、私の内面を見てくれた人。
私には彼がとても眩しく見えた、眩しいんだけど見えるみたいなよく分からない感じ。
そんな幸せな時間をしばらく続けたある日のこと、私はいつものように彼とハンバーガーを食べに来た。
そしたら彼は言うのだ。
「食べ過ぎじゃない?」
私の彼に対するイメージは瓦解した、やっぱりこの人も同じだったのだ。デブなんか需要ない、誰だってこんなビバンダム女子なんかと一緒にいたくないと思うのは当たり前だ。
「私、帰るわ」
彼は何か言いたそうだったが、無視した。だって彼に固執していると思われると自分が惨めに感じるから、それにあれ以上あそこにいたら涙が流れそうだったから。
彼のアドレスは消した。幸いなことに彼との繋がりはあのハンバーガー屋だけだった、だからアドレスを消せば会うこともない。
これで踏ん切りがつく、私は一人で生きて行くんだ。
だけどどうして、こんなに胸が痛いのだろう。腹が減ったから?そうだそうに決まってる。
私は食べた、無我夢中で食べた、何かを忘れるように、何かを埋めるために、だけど胸は痛かった。
何かの病気なんかじゃないかと疑った。
病院に行ったら肥満だと言われた、余命半年だった。
これから私は病院で過ごすのだ、それはそれでいいかもしれない、看護師さんたちは皆んな優しくしてくれるから。
だけどこんな時でも彼の言った言葉が頭を離れなかった。
「食べ過ぎなんじゃない?」
この言葉の意味することが実は、私の思っていた意味と違ったのではないかと、ふと思ってしまう時がある。
だけどそれを肯定してしまうと私は二度と立ち直れない気がしてしまう、死より辛い悲しみの海に溺れてしまう気がするのだ。
私は必死に忘れようとした、しかし私は忘れられなかった。
彼の本当の優しさを知ってしまった私には、耐えようのない後悔が生まれた。
私は何であの時帰ってしまったんだ、何で彼を無視してしまったんだ、何でアドレスを消してしまったんだ。
だがふと気づく、あそこに行けばもしかしたら。
私は走り出した。
どしんどしんと地面を揺らし、体中の肉を振り、息をゼィゼィと切らしながら無様に走った。その時周りにどう見られていたかなんてどうでもいい、とにかくひた走った。
しかし神様は私に味方をしなかった、その店は潰れていたのだ。
完全に彼との繋がりが途絶えた、そう思った。
私は病院に帰った、看護師さんたちには心配された、私はすいませんと謝りながら内心スッキリしていた。
これでようやく逝けると。
しかし神はまだ見捨てていなかった。
「君は…」
信じられなかった、病院に彼がいたのだ、しかもめっちゃ太って。
彼はあの後やけ食いをしたそうだった。だがやけ食いをした理由はついには教えてくれなかった、これが彼の優しさなのだ。
彼はあの時を掘り返すようなことはしなかった、ただ私を気遣ってくれた。
自由な時はいつも私の所にふらっとやって来て、何気ない話をする。ネタは相変わらずの世間に対する愚痴や文句だったが、彼は変わらず笑顔だった。
「いやー君といると時間が過ぎるの早いな〜」
「同感、私もあなたといると時間が過ぎるのを早く感じるわ〜、ずっとこのままがいいのにさ」
「そうだな、ずっと二人で話してたいな。そうだ俺のベイマックスネタ聞きたい?」
「なにそれ私とキャラ被ってんだけど」
「そうだっけ?あはは」
「ったく、どうせやるんだったらふたりはベイマックスで行こうよ」
「夫婦漫才コンビか、楽しそうだな」
「めっちゃね」
二人でくだらない会話を交わす、毎日毎日、本当に時間は早くて止まらなくて、どれだけザ・ワールドを使いたかったか。
「言ってなかったけど、私あなたが好きよ」
「同感、俺もだよ」
息をするような告白、いや私たちに告白なんていらなかったのかもしれない、そう思うと告白したのがちょっと恥ずかしかった。
私の余命は変えられないらしい、でも怖くない、私は独りじゃないから、かけがえのない彼がいるから、いや夫、かな?