洞窟潜入
ユウは持てるだけの食料を持って、洞窟に潜っていた。
今は鉄の扉から一時間ほど進んだ位置にいる。
刀一本だとすぐに切れ味が悪くなり、心もとないため、今は鉈とナイフも持ってきている。
鉈やナイフは、刀に比べると使い慣れないものではあるが、ないよりはましだろうという判断で持参した。
ここにくるまでに、12匹の巨大ネズミと遭遇していた。
すべてと戦っているときりがないので、石を投げつけてネズミの意識を外した瞬間に全力疾走で逃走するというスタイルを続けていた。
二度の身体能力向上によってユウの脚力は上昇し、ネズミをまいて逃げるぐらいはたやすくできるようになっていた。
全力疾走を5分続けても息が上がらない。
人間としてはありえない身体能力を手に入れたユウは、ここまで1匹も殺すことなく進むことができた。
「それにしてもどこまで続くんだよこの洞窟。たぶん10キロは進んでるよな。」
そう一人ごちると前方からまたネズミが現れた。
「はあ、面倒くさいな。」
床に落ちている石を拾って戦闘態勢をとる。
これまで出会ったネズミは、3から5体ほどのグループで行動していた。その経験から、今回もそう数は多くないだろうと想定していた。
しかし、その考えは甘かった。
ユウの前に姿を現したネズミは、はじめ4匹のように見えた。しかし、その向こうから続々とネズミがやって来る。
「えっと、5、6、7、・・・・・11匹?多すぎだろう!?」
どうやらまだネズミはこちらに気づいていないようだ。
(なら先手必勝だな)
ユウはネズミ達のいる場所の中間に向かった石を投げつけた。石は鋭い放物線を描き、中ほどにいたネズミに当たる。
石にあたったネズミは額から血を流したようだ。その匂いにつられて周りにいたネズミたちが群がり、共食いを始めた。
(うわ・・・グロい)
その隙にユウは駆け出し、先頭にいたネズミを左袈裟に斬りつける。返す刀で隣にいたネズミを斬りつけると、斬り倒した二匹の後ろから襲いかかって来たネズミを右袈裟に斬った。
しかし刃筋の通しかたが悪かったのか、刃はネズミの体の途中で止まり堅くなった。
ネズミを右足で蹴り飛ばし、刃を抜くと、その勢いを使って後方へ駆け出し、ネズミたちと距離をとる。
(よし。これで3匹!)
先頭の三匹が斬られたことで、中程で共食いをしていたネズミ達もこちらに気づき、ユウめがけて駆け寄ってくる。
そのとき仲間に食われていたネズミの額から飛び出た白い骨の光が見えた。
(どうやらあいつも含めると4匹だな)
ユウは撤退しながら、懐に入れておいた油紙の束を取り出し、刀身の血脂を拭き取った。
そしてそのまま走り続けると、ネズミ達も追いかけてくるが、個体差が現れ、足の速い個体だけがユウに接近し、ネズミ達の間に距離ができ始める。
右手に刀をもち、腰から鉈をぬきだして左手に持つ。
簡易的な二刀流である。
普段ユウは二刀流などほとんどやったことがない。
それは一刀の方が斬撃の威力が高い上に、片手のみで剣を持つと安定しないためだ。
むかし兄との稽古の時、二刀を試したことがあるが、片手では握力が足りず、簡単に剣をはじき飛ばされたことがあった。
だが、今の場合、敵の力をこちらがはるかに圧倒している。
また敵の個体数も多い。
刀の持久力を考えると、一刀を使い続けるよりも、二刀にした方が、長く使えるだろう。
襲い掛かってくるネズミの額を左手の鉈で叩き割ると、次のネズミが左手首に向かって噛みつこうとしてくる。それを左手首を返して喉に叩きつける。
喉を割られたネズミは地面に落ち、ヒューヒューという音をたてていたが、やがて動かなくなった。
(これで6匹!)
そこに右側から飛んでくるネズミがいたので右手を思いきり振りおろすと、その後方にもネズミがいたようで2匹がまとめて血しぶきを上げながら地面に叩きつけられた。
死んだネズミ達の後方をみると、残り3匹は一箇所に集まっており、少し距離があった。
(やっぱり、二刀だと剣が安定しないし、余分に疲れるな)
油紙で鉈の血を拭うと、それを腰に戻し、両手で刀を握る。
そして正眼に構えて、ゆっくりと歩みを進めてネズミとの距離を縮めていく。
「スゥーーーーーっ!」
呼吸が乱れ、そのために肩が揺れだしたので、一度大きく息を吐き出し、呼吸を整える。
一匹がユウの喉へ、もう一匹が左足へ飛びかかってくる。
「エイッ!」
大上段に剣を構えると、喉に飛びついたネズミを思い切り叩き斬る。
左ひざを地面につけて腰を落とすと、降りた刀を右に向かって切り開く。
その刀が足に向かっていたネズミの口を裂くようにあたり、ネズミは顎から下をなくして地面にのたうち回る。
(よし、これで残りは1匹!)
目の前のネズミはこちらを警戒して近寄ってこない。
「ならば、こちらから!」
ユウは歩みを進めて距離を縮める。
焦る気持で駆け出したくなるが、走ると腰が浮いてしまい、剣に威力を出すことが出来なくなってしまう。
ゆっくりと歩きながら自身の重心を落としていく。
そしてユウの間合いにネズミは入った瞬間に、右袈裟に一閃を放ち敵を真っ二つに斬り伏せた。
「はあ、はあ、はあ。フーーーー」
呼吸を整えて刀の血を拭き取って鞘に戻す。
11体のの死体から赤い光の玉が浮かびだし、ユウの心臓に吸収されていった。
「ギュ――――――――!」
その時、ユウの後方から獣の咆哮が轟いた。
後ろを見ると巨大ネズミが多数接近してきていた。
「うわ!?マジかよ・・・10体以上もいるじゃねえか!」
すでに前方は切り開かれている。
後方の敵にかまっていたら、いくら体力があってももたない。
ユウは全力で前方へ駆け出した。
「ギャーーー!」
「うわーーー。来るなよ、どっかいけ!」
走って逃げていると、全身に鳥肌がたつ。そして体中の筋肉が燃え上がるように熱くなっていき、とてつもない空腹感を覚えてきた。
「やばいやばい。こんな時に!」
強烈な空腹感のために目眩がして意識が刈り取られそうになる。
「くそ!くそ!くそ!」
どれだけ走っただろうか、朦朧とする意識の中で必死に逃げていると、前方に鉄の扉が見えてきた。
この洞窟の入り口にあったものと同じ形状をしている。
扉に触れて押し開こうとすると、やはり簡単に扉は開いた。
扉をくぐると、すぐに扉を閉めて、後ろから開けられないように、扉に背中を押しつける。
後ろでは、ネズミ達が扉にぶつかったり、ひっ掻いたりする音が聞こえてきたが、しばらくするとその音もやんで静かになる。
前方を確認すると、前方にも鉄の扉があり、どうやら今ユウがいる空間は扉によって隔絶されているようだった。その空間は6畳ほどのもので、ここで敵に襲われてもなんとか対応できるほどの広さはあった。
その空間に自分以外の生物はいない。
しばらく警戒をしていたが安全であることを確認した瞬間、足腰の力が抜けてユウは地面にへたり込んでしまった。
「はあ、なんとか助かったみたいだな・・・。」
安心すると空腹感が襲ってくる。
背中に背負っていたリュックサックをおろして、食糧を取り出す。
今朝作ってきたおにぎりを口の中に押し込んで、水筒から水を飲む。
空腹が満たされると、今度はとてつもない眠気に襲われてしまう。
ここで眠るのは危険と感じながらも抗うことが出来ずに、ユウは意識を手放していった。