帰郷
2日後、荷物をすべて兄に預けた。
後日、落ち着いたら送ってもらうことにした。そして現在のアパートを後にした。
名古屋まで新幹線で移動し、町中の親戚の家まで行く。ここで実家の鍵と、親父の使っていた軽トラを受け取り、長野方面の山道を走っていく。
山道を通って1時間ほど進んで行くと舗装された道はなくなり、車1台がようやく通れるような砂道にかわった。
その道を谷を下るように走ること30分、ようやく実家が見えてきた。
実家は小さな2階建ての小屋のようなものである。
1階は道場になっているが、刀を振り回すとささってしまうほど天井は低く、その上の2階部分に申し訳程度の広さの居住空間がある。
2階に寝袋と少しの荷物を放りこんだ後、とりあえずユウは道場の掃除をすることにした。
道場の床には霜がおりたようにうっすらとほこりがかかっている。そして所どころに、大小さまざまなサイズの動物の糞が落ちていた。
「なんかすんでるなあ。この小さいのはネズミだろうけど、こっちの大きいのは、ハクビシンかな?うわ、亀虫が一杯死んでるよ!」
ユウは床に落ちた汚物を踏まないように慎重に足を進めながら、神棚まで進んでいった。とりあえず、神棚から掃除を始めていく。
固く絞った手拭いできれいに拭いた後、お供えしてある瓶に井戸で汲んで来たきれいな水をいれ、裏山で採った新鮮な榊を入れた。
その後、床を箒ではき、雑巾で磨いていく。一通りきれいになった後に、もう一度神棚を掃除して、お供えものをささげた。
掃除を終えたユウは床に正座をして、神棚に向かって二礼二拍手一礼をして静かに拝んだ。
「これからどうなるかわかりませんが、また此処で生活をすることになりました。何卒よろしくお願いいたします。」
夜。
2階では寝袋にもぐりこんだユウが天井を眺めていた。
「これからどうしたもんかな・・・。」
電気も水道もガスも通っていない。もちろんネットだって繋がっていない。
職探しをしようにも、これではどうしようもない。
農業を始めるにしたって、父親の手伝いをしたことはあるが、それは手伝いでしかなく大した知識があるわけでもない。
道場をひらくにも、周りには人が住んでいない。
「まあ、少しは金があるんだし、今はそれを切り詰めて少しでも長くもたせるしかないか。」
そう呟き瞼を閉じる。そして静かに夢の世界へと入っていった。
5日たった。
こっちに来る時に持ってきた一週間分の食料はもうすぐなくなる。
そうなったら、近くの村まで買い出しに行かなければならない。近くといっても車で一時間もかかるのだが。
この5日間、ユウは剣を振り続けていた。
何もしないでいると、将来の不安で頭がおかしくなりそうになる。そのため、とにかく体を動かして何も考えないようにしていた。
大学時代の友人が、「部屋に閉じこもっていると壁ドン床ドン常習者になる」といっていたが、今ならその気持ちがわかるような気がした。
今のユウには隣人などいないのだが。
朝、庭で剣をふって感覚を確かめた後は、道場に入って掃除をする。
そして今度は屋内での剣の稽古をする。
屋内では外と違い、思いっきり剣を振り回すことはできない。
壁や天井、ハリや柱など、障害物が多くあり、大きな振りをすることはできない。
このような場所では「押斬」といって、振り回すのではなく、敵に刃を当てたあと体重をかけて押し込むように切る。この際に重要なのは左手がしっかりと下がっていることと、刃を自分の中心線でしっかりと押し込むこと。
そして威力を出すためにはしっかりとした足腰が必要だ。
ユウは刀を腰から抜くと、刀の刃を立てる。
そしてその刃を仮想的の袈裟に当てるようにして、思いっきり前足を踏み込んだ。
その時、踏み出された前足が不意に圧力を感じなくなった。
そこにあるはずの床板の反発を感じなかったのである。
「くっ!?」
自身の体を支えられなくなったユウは前方に倒れこんでいく。
前方に転がるように受け身を取ろうとしたが、踏み込んだ足が床に食い込んだのか抜けない。
仕方がないので、刀身が自分に刺さらないように注意しながら刀を前方に放り出すと、柔道の前受け身のように両手を前に出して、肘から手のひらまでが均等に床につくようにした。
パンという音をたててユウの体がうつ伏せになると、掌にジンジンと痛みが広がっていく。
受け身には成功したが、板の間で柔道の受け身を取ると掌にはかなりの痛みが走る。
それを嫌い普段は前転のように受け身をとるのであるが、この場合、こちらの方が体にかかる負担は少なかったので仕方がない。
とっさの判断をすることができた自分に優越感を覚えながら、ユウは自分の現状を確認する。
上半身に異常はない。下半身も踏み出した右足を少しすりむいたようだが、少し表面が痛むだけで特に異常はない。
体には異常はなかったが、床板に目を向けたユウはため息を吐いた。
「ハア・・・。でっかい穴があいちゃったな。」
床板が腐っていたのであろう、大きな穴があいていた。
この床を補修する労力を考えると嫌になる。
「確か、マキ置き場に板が沢山あったよな。うん、大丈夫。たぶん直せる。」
立ち上がったユウは腐った板の端っこを思いっきり踏みつけた。
そうすると板の反対側が飛び上がったので、それをつかんで思いっきり引っ張ると、簡単に板をはがすことができた。
「う~ん。周りの板は大丈夫かな。」
回りの板が腐っていないか、周りの板を思いっきり踏みつけてみると、周り数枚の板は駄目になっており陥没してしまった。
駄目になった板すべてをはがすと、ユウがちょうど通り抜けられるほどの空間ができた。
「ん?なんだろう?」
板がなくなった場所には石が敷き詰められている。
その石は道場の基礎を固めるような水平の敷き詰め方ではなく、奥にいくほど深くなっており、まるで階段のように見えた。
頭を突っ込んでのぞいてみたが、暗くてよく分からない。
2階へいって持ってきた荷物の中から懐中電灯を出し、再び道場に戻る。
そうしてスイッチを入れて、光を床下に差し込んだ。
「なんだろう。階段みたいだな。奥の方はどこかに繋がっているようだけど・・・なんでこんなものがあるんだろう?」
不思議に思いながらも、ユウは好奇心を覚えていた。
ほおり投げた刀をしっかりと鞘に戻すと、懐中電灯を持った左手を鍔にあて警戒をしながら階段を下りることにした。