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Lostalgear  作者:
子供
43/47

 管制室に、機械音がこだまする。

 部屋の中心には椅子がぽつりと置かれていた。部屋の壁を覆う継力機器の数々、操作する配下の女性たちを眺めながら、ウォルターはその椅子に腰を下ろしている。

 顔に浮かぶのは不機嫌そのものだった。継力砲の指揮総括を請け負ってからというもの、ヴァルガス軍部からの音沙汰はない。ウォルターを切り捨てることも厭わないとする意志の表れだろう。国家との協力関係など、夢のまた夢であったということだ。

 潮時だろうと判断し、腰を浮かせる。隣に寄り添っていたメリッサが唇を開いたのはちょうどそのときだった。

「博士。北北東上空に小型の航空機を確認しました。機体を認識、ユークシア警察所属のものと思われます」

「そうか。……存外に早かったな」

 吐き出した息は質量を持った。

 今日のユークシア強襲は、そもそも自分の意に叶うものではない。再三再四にわたり計画の練り直しを主張したにもかかわらず、ヴァルガスの国軍はウォルターの意見を聞き届けなかったのだ。

 技術の粋を結集した継力砲を用いたところで、混乱を起こせればいいところだ。策も弄せずに陥落できるような国ならば、端からヴァルガスなどに助力を求めてはいない。

「新王が新王であるうちに叩きたかったのだろうが。急いては事をし損じるといういい例だ。そろそろ見切りをつける頃か」

「はい、博士」

 素直にうなずいたメリッサだが、一歩たりとも動こうとする気配はない。ウォルターが怪訝に思った頃、彼女は「お待ち下さい」と声を上げた。

「どうした」

「飛空艇に発信機の反応を捕らえました。共鳴振動周波を確認……一致。先日アネットに取り付けたものと同一のものです」

「……まだ残っていたのか」

 バームの収容所にアネットを押し籠めた際、脱走に備えて服に設置したものだ。とうに使い物にならなくなったものと考えていたが、どうやら正常に機能しているらしい。ウォルターは画面を注視し、やがて小さく首を振る。

「ただの囮だ。どうせ中身は別人だろう。相手をしてやる必要も……」

「博士」

 聞きの前に座った女性が鋭く呼ばう。視線だけを寄越せば、平坦な声が返された。

「乗員の中にアネットの姿を確認しました。こちらへ接近中です。ウィゼル・レイのほか、周囲に人影は無し」

 王都各地に忍ばせた人員からの報告が入ったのだろう。ウォルターは顎を撫でて考えこむ。

 囮である可能性は捨てきれない。とはいえ、彼女たちを尾行する存在があったとして、張り巡らされた監視の目から逃れることは不可能だ。自分を糾弾したウィゼルのぎらついた眼差しを思い浮かべながら、ウォルターは肘かけに手をついた。

「……距離を保って監視しろ。残りは退避の用意だ。メリッサ、向かうぞ」

「了解しました」

 椅子を蹴り、床を踏む。メリッサは今度こそ彼に従った。



     *



 無骨な石畳、点々と植えられた並木、家々に吊り下げられた油式のランプ。ユークシアのものと比べ、ヴァルガスの街並みは埃っぽく雑然としている。整備された区画のほうが珍しい都ではあるが、人々の瞳は根を張った木々のように力強かった。

「わかるような気がする。パーセルは、ユークシアとヴァルガスの間にあったんだって」

 ぽつりと言って、アネットは遊ばせるように足を進めていく。

 パーセル独立都市は、二国の狭間にありながら、どちらに染まりきることも選ばなかった町だった。戦争を終え、事実上の戦勝国であるユークシアとの交流が活発になった現在でも、ヴァルガスの国勢は容易に耳に入ってくる。

 アネットにとっては、ユークシアもヴァルガスも、新聞の向こうに映る国に過ぎなかった。いつかは訪れてみたいだけの場所、近くて遠いどこか。しかし両国に足を踏み入れた今、切に感じるのはパーセルへの郷愁の他にない。

 アネットはおもむろにふり向いて、後ろ手に指を組む。唇を結んだウィゼルに向かって、にこりと笑ってみせた。

「ねえウィズ、約束しよう」

「なんだよ」

「全部終わったら、一緒にパーセルに帰るって」

 ウィゼルの足が止まる。向かい合う二人の子供を、町人は怪訝な目で見て通り過ぎた。

 アネットは瞳を閉じ、ユークシアでの日々に思いを馳せる。気付かないまま歩いていくこともできたものを、わざわざその全てを拾い上げ、しげしげと眺めては頭にしまってきた。触れたくもないような見苦しいものまで呑みこんだのは、そこにウィゼルの痕跡を探したからだ。

「ウィズ。あなたが何を選ぶのか、どうしたいのか。いつだって私には分からないし、きっとあなたは教えてくれない。……だから従う。あなたがどんな選択をしたとしても、私はどこまでだって追いかけていく。そのために」

 言葉を継いで、手を取った。息を詰める気配を感じる。放りだされた指先は冷えきっていた。

「お願い。忘れないように、約束をちょうだい」

 縋るための手を。迷わないための標を。目をつぶっていても歩けるように、振り切っても走れるように。――ひとり、彼を求めていられるように。

 ウィゼルの唇が、声もなくアネットの名を唱える。ぶら下がったままの彼の手は一度銃に伸ばされかけて、しかしそのまま力を失って降りていった。

「……今度こそ、きみはいなくなるかもしれない」

「うん」

「命なんて知らない、そんな顔で。話すことも笑うことも忘れて、……また、アネットは」

「それでも」

 握りしめた手に力を込める。

「……それでも、私は。あなたを見つけるから」

 信じてよ、と、思いを向けるのは十年の歳月だった。自分の名を、存在を、思考をも疑わずにはいられないとしても、パーセルに生きたあの十年だけは、ただひとつ曲がらずにそこにある。

 引きずるような足音を、アネットはふり向きもせずに聞いていた。伴って耳を叩いたのは、それにつき従う単調な呼吸と、ふたりを伺う、十を越えた人々の気配。身の引きつるような緊張を携えて、彼らは《アネット》を狙っている。

 自由を許された二人に、与えられた役割はひとつだった。アネットはウィゼルを強い瞳で見つめて答えを待つ。

「アネット」

 呼吸を行うだけの間と、言葉を待つだけの無音。ウィゼルの視線を受け止めて、笑った。


「きみを待ってる。……だから、一緒に帰ろう」


 発砲音が鳴り響く。町人の悲鳴が上がった。

 身を翻せば、はらりと舞った髪を衝撃がなぶる。姿勢を低くして、アネットは獣のように地を駆け出した。小さな的ならば射抜かれにくい、そんな根拠のない自信だけを軸にして、体を竦ませようとする怯えから意識を逸らす。

 街路を踏んで数秒。焦れた監視が身を乗り出した。その気配を鋭敏に感じ取りながら、アネットはひたすら、ただひたすらに、――待ち続ける。

「捕らえろ、メリッサ!」

「了解しました」

 無機質な猟犬が放たれ、一直線にアネットへと飛びかかる。かわそうと身をよじったところで足を捻った。メリッサを道連れにし、もんどりうって地面を転がる。

「……う、」

 のしかかられる息苦しさに顔をしかめた。歯を食いしばって、手を伸ばす。そこに至ってメリッサは異変を感じ取ったのだろう、いち早く体を離そうと地に手を突いた。しかしアネットは逃避を許さない。価値ある彼女の体を自らの盾にし、渾身の力で襟首を握りしめる。

「……知ってる、分かってる。メリッサ、あなたは私と同じ。大好きな人の願いを叶えたいだけ」

「何、を」

「だからあなたはここに来た。ウォルターのために。それがあなたの望みだから。でも」

 メリッサの手が首元に伸びた。朦朧とする意識を繋ぎとめ、アネットは腹に力を込める。

「《私》たちは、もういらないんだよ」

 ――さようなら。耳元に響いた声を、聞いた気がした。自分に、そしてメリッサに似たその声を、アネットは瞬きでかき消す。

「だから、終わりにするの」

 掲げられる銃口。ウィゼルの銃身が指し示す先を確認し、メリッサは目を剥いた。

 判断能力の欠如が、アネット達にたったひとつの機を生み落とす。外敵の排除よりも、ウォルターに及ぶ危険を優先する――主をかばおうとする、彼女たちの意志はひとつだった。周囲を取り巻いていた女性たちが、我先にと大地を踏みつける。震えかけた手を握りしめて、少女は叫んだ。


「撃って、ウィズ――!!」


 弾丸が放たれる。全ての音を、切り裂いて。

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