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Lostalgear  作者:
子供
42/47

「レナード・ヘルツ、動くな! 少佐の命に背く気か!?」

 叫んだ男の顔に見覚えはなかった。軍所属の人間だろうと推測して、アネットは伺うようにレナードを見つめる。彼は唇を引き結び、時間をかけてひとつ、まばたきをした。

「……はあ、まったく、敵わないな」

 砲撃の残響は街路を埋める。その中にあって、レナードの足音は確かに響きわたっていった。歩を進める彼に、男は怒声を浴びせかける。

「ヘルツ、聞いているのか!」

「はいはい、ちゃんと聞こえてますよ」

 聞こえているんだ、ちゃんと。口の中でくり返し、レナードは薄く笑った。

「あなた方だってそうなんでしょう? あの時、十年前。俺の声は聞こえていたはずだ。それでも無視し続けたのはどっちですか」

 レナードは航空機の扉に手をかける。アネットを押しのけて機内に踏み入ると、顔だけで広場をふり向いた。

「だから、もうあなた方の命令は聞かない。自分の過去にぐらい、自分で決着をつけたいんだよ。……残念ながら、まだ中身が子供なもんでね」

 扉が閉まる。ニールの操縦に従い、機体は大通りを滑走してふわりと浮きあがった。

 なぎ倒されていく木々と襲撃者たちを、レナードは平素の表情で見下ろす。眼下ではナタリーが監視役を突きとばしていた。彼女の率いる特務課の警官たちは、今度こそ四方八方から襲撃者へと走りかかっていく。そこに統制の影も形もないことを見て取って、レナードはくつくつと笑っていた。

「こういうときのための特務課か。あーあー、随分と楽しそうなことで……なあ、ニール君?」

 操縦席のニールが肩を震わせる。ふり返りこそしないものの、叱責に怯えているのだろう、その背は小さく丸められていた。

「子供たちに駄々をこねられたのか? それともあの課長が大人げない命令を出したのか? まさかお前の独断だってことはないだろうな、そんな度胸はないだろう」

「……よくご存知で。お察しの通り、課長の差し金です。振り回されてる自覚はありますよ」

「それでも乗ったのはお前の方だからな、今さら文句は言うなよ」

 ニールは返事の代わりに片手を振る。そうして会話を打ち切り、レナードはくるりと身を反転させた。操縦室の後方に座り込んだウィゼルと、扉に手をかけたままのアネットを交互に見やる。

「それで、きみたちはいいように課長に利用されたわけか。部外者を犯人に仕立て上げて、責任の所在をうやむやにしようって? そんな屁理屈が通るかな」

 国軍は武力機関として国王の脚下に跪く。その実力をもってユークシアを守護し、かの国が大陸の大国として君臨するため地盤を固めてきた。警察の手出しを排除するだけの発言力を持ちえたのも、彼らの背に戦役を踏み越えてきた歴史があるためだ。

 それをよくよく理解しながら、ラッセルの提案を呑んだのだ。アネットは床を強く踏みしめて、レナードの挑むような視線を弾き返す。

「功績をあげたら、通るんじゃないですか」

「ほお、功績ねえ。ウォルター一人を捕まえて軍の尻拭いか? プラマイゼロ、どころかマイナス評価だろうが、……まあ、いいさ。俺もつべこべ考えてここにいるわけじゃない」軍帽と通信機を放り捨て、レナードは操縦席の隣、備え付けの助手席に腰を下ろす。「目的地はヴァルガスの王都か。奴の居所は解析できたんだな」

「はい」

 ニールがうなずき、眼前の画面にヴァルガス王都近辺の地図を映し出す。点々と浮かび上がる印は砲撃の発射箇所だった。全ての印からは放物線を描いた線が伸ばされ、王都のある一点へと繋がれている。レナードはそれを覗きこんで、ほおと目を丸くした。

「逆探知か。さすがうちの継力担当は優秀だ」

「継力対策・管理課のおかげです。実際の行動指示こそ遅れていますけど、情報だけはきちんと軍と共有されていたようなので」

「右往左往しているのは人間ぐらいだな」

 操縦桿の横にはニールの通信機が置かれ、絶え間なく報告が送り込まれてくる。接続先は警察署の管制室だ。先に比べて生き生きとした声を、ニールは苦笑して聞いていた。

 しかしその笑みも、突如焦燥へと色を変える。

 横殴りの風を受け、機体が大きく揺れる。アネットは窓に張り付いてぎょっとした。彼女たちの乗る航空機の真横を通り抜け、幾筋もの閃光がユークシアへと放たれていったのだ。その着弾位置は、すでに、目視できないほどに遠ざかっている。

「あとどれぐらい……」

「さっきの着弾頻度で半日、だったな。発射箇所が増えている以上そうも保たない」

 アネットの呟きに答える、レナードの声は暗い。

 ウォルターを捕らえたところで、ユークシア本国が壊滅しては元も子もない。閃光の行く先を睨みつけてアネットは歯がみする。その肩を叩いたのは、すっくと立ち上がっていたウィゼルだった。なに、と噛みつくように反応すると、無言で一方を指さされる。

 ユークシアの方角。雲の切れ間から、黒点が次々と顔を出す。それはやがて飛行機の形を取り始め、一斉に放射状に散開していった。訝しむアネットを、足元で鳴り響いた通信機が飛び上がらせる。

 レナードはそれをひょいと拾いあげ、迷いなくボタンを押した。雑音混じりの声が機内に響くようになった段階で、彼はそれを耳にあてがう。

「はい、こちらヘルツ」

『ヘルツ君か、パーヴェルだ。聞いたぞ、随分自由にやっているそうじゃないか』

「……あー、大佐。すみません。お叱りならあとで受けます」

『いやいや、軍もきみたちにつつかれてやっと重い腰を上げたんだ。感謝しこそすれ、きみを責めるようなことはすまいよ』

「はあ」

 レナードが気の抜けた声を返す。通信機の向こう側からは朗らかな笑声が届けられた。その後、パーヴェルは一段低い声で続ける。

『先ほど、あの大砲を処理すべく航空部隊が編成された。特定された発射位置は端から制圧していく予定だ』

「俺たちは……」

『軍属が警察に指図することなどないさ。すぐに後続部隊を寄越すから、いざこざが起こりそうならそちらに任せればいい。もう奴を取り逃がしてくれるなよ』

「当然です」

 通信が断たれる。レナードは通信機を投げ捨てようとしたが、途中で思いとどまったのか、呆れ混じりの吐息と共にそれを腰元へと戻した。

 アネットらを乗せた機体がゆるやかな飛行を取り戻す。眼前の大窓には、質素な街並みの都が姿を見せ始めていた。

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