Episode 2
マギリアの第二王子エン。第一王女セナ。「腰抜けカイン」こと衛兵のカイン。そして、傭兵少年。
幸運にもバルとはニアミスできた四人は、隣国「盟」を目指し、広大な大地を疾走していた。
途中、何者かによって破壊されたかのような村を発見する。
――野盗集団の仕業だろうか。
まだ原型のある家屋や、一部に見える新しい燃え残りの跡から、被害が生じたのは直近だったことが伺える。
「ひどい。王都の外では、こんなことが」
紛れもない「マギリア」の現状に、セナはショックを受けているようだ。
周囲に人影がないことを確認し、傭兵少年がカインの肩を叩く。
「まだ食料や馬が残っているかもしれない。俺が中を見てくるから、王女たちを頼む。何かあったら声をあげてくれ」
カインは、複数回、必要以上に頷いた。
破壊された村に足を踏み入れた傭兵少年は、すぐに違和感に見舞われる。
(死体がない)
最近まで人が暮らしていた痕跡は、村中に山積している。
そして、崩れた家屋に赤い血が付着していたり、まだ小さな火の手が消火されていなかったり――その暮らしが奪われたのが最近であろうという証左も、山積している。
だが、死体も含めて、人の気配が全くない。
(何か、思惑が絡んでる? 深入りは禁物か――)
神経を尖らせ、目を凝らし、進んでいく。
そんな傭兵少年のアンテナに、不審な影が引っ掛かった。
崩れた遠方の家屋の前に、何者かがいる。
もぞもぞと、座り込みながら家屋を漁っている。
更に近づけば、まだ少年のような歳の人物だった。
エンや傭兵少年より、辛うじて上くらいだろうか。その綺麗な金髪が、一番目を惹く。
(誰だ? 何をしているんだ)
大剣の柄に手を掛けた傭兵少年は、音を立てず、金髪の少年にゆっくりと迫った。
「うっ!?」
だが次の瞬間。
傭兵少年の視界が、意図せずブレる。
――転倒させられてしまったのだ。
金髪の少年は、零コンマ数秒の内に消え去り、傭兵少年に足払いを仕掛けてきた。歴戦の傭兵少年ですら、反応できないスピードで。
関所で体感した、あのラピッドにも引けを取らないレベルだ。
そして、足払いで転倒した傭兵少年へ馬乗りになり、金髪の少年は威嚇するような言葉を発した。
「俺に何の用だ、不審者さんよ」
黒いヘアバンドで前髪をかき上げており、顔がよく見える。
金色の髪に、緑の瞳。
その整った顔立ちには、悪そうな笑みが張り付いている。
何より、傭兵少年が眉根を寄せる原因になったのは――彼の白シャツに付着した、大量の血だ。
「ふざけるな、その血は何だ? 不審者はそっちだろ」
言うが早いか、金髪の少年の腹部を蹴り飛ばした。一応、手加減を添えて。
「んがっ!」という苦悶を漏らし、後方の家屋の残骸まですっ飛ぶ金髪の少年。
(こいつ、やばい)
先ほどのスピードからそう認定した傭兵少年は、背負っていた大剣を地に突き刺して立ち上がると、そのまま手放した。
小回りの利く素早い相手には、重い得物は相性が悪い。
「こんにゃろ、てめぇ! めっちゃ痛かったじゃねぇかよ!」
いくつかの木材の破片が飛んできたので、傭兵少年は難なく片手で弾き落とす。
続いて、突っ込んだ家屋の残骸から、金髪の少年が元気よく飛び出してきた。
「お前は誰だ?」
そう訊くと、金髪の少年は怒りの形相を向けてきた。当然と言えば当然だ。
「こっちのセリフだ筋肉だるまが! 何だ今の蹴り、どんだけ鍛えてんだよ! あと、俺に何の恨みがあるって? えぇ!?」
襲ってきたのはそっちだと、正論を返そうとした時。
ふと、金髪の少年の顔つきが、上書きされる。
「あれ? ちょっと待て、お前って」
金髪の少年は、何故か警戒態勢を解いた様子だった。
そして眉を潜めながら、また口を開いた。
「おい……お前、ヨーヘイじゃないのか?」
「あ?」
訝しげに目を細め、なお警戒を解かない傭兵少年に対し――金髪の少年は、まるで長年の友人と対面しているかのような無防備となっていた。
「なぁ! ヨーヘイだろ、お前」
笑顔にまでなって、金髪の少年は語りかけてきた。
その顔を見た傭兵少年は、記憶の扉に手が掛かっているように感じた。
「まさか忘れたのか? 俺だよ、テオルだよ」
「あっ」
ようやく、記憶が溢れ出す。
この金髪の少年――テオルとは、確かに以前会ったことがある。
それどころか、暫くの期間、行動を共にしていた仲だ。
(こいつが出てくるとは)
しかし、傭兵少年にとってはポジティブな記憶ではないようだ。
表情がより曇る。
「知らんな」
「いやいや。今、明らかに思い出したろ。あっ、って聞こえたから」
「知らんな」
「ロボットかよ……。昔から頑固だったなぁお前は」
「馴れ馴れしい奴だ。今夜の晩飯は、お前でも良い」
手放していた大剣を引き抜いて、テオルへ鋒を向ける。
「待てよ! 戦う理由はねぇだろ! お前が村を襲った犯人じゃないかと思ったから、こっちから仕掛けちまったんだ! そうじゃないんだろ?」
「それはそうだが、同じ疑惑をこちらが持っているとは思わないか?」
傭兵少年は、自身の服の胸元を軽く引っ張る。
「自分の服を見ろ」というジェスチャーだ。
鮮血に塗れている白いシャツに、テオルは視線を落とす。
「あぁ確かにそうか。これは、えーと」
「お前の犯行か?」
大剣を振りかぶりつつ、間合いを詰めていく傭兵少年。
「早まるな、違うって! 証明するから、着いてきてくれよ!」
テオルはあろうことか、傭兵少年に背を向けた。
どこかへ案内したいようだ。
そんなテオルに、敵意を緩めずに無言で躙り寄っていく。
「……本気じゃないよな? おい、おい、おい」
振り返られてしまったので、傭兵少年は本気の舌打ちを返した。
――テオルが案内した場所は、村の外れだった。
何もないが、地面の土が、規則正しく盛り上がっている。
傭兵少年は、言われずとも理解した。
「もう生きてる人はいなかった。俺が来たときには」
テオルは、その場に座り込んだ。
「――酷い光景だったよ。ボロ切れみたいに引き千切られた人もいた。こんなことしたって何も解決しないんだろうが、何かしてあげたくて」
彼は、村人たちの遺体を埋めて、供養していたのだ。
シャツの血は、そんな中で付着したものだ。
「ヨーヘイ、犯人を知らないか? 俺は見当もつかねぇよ」
その問いは、別段答えを期待したものではないようだった。
しかし。
「知ってる」
「え?」
予期せぬ返事に、テオルは驚きを隠さない。
傭兵少年は、両の拳を握り締め、体を震わせていた。
村の状態から、破壊が行われた時間が推察できる。
そしてその時間、ここを通過したであろう一団に心当たりがあった。
「ジョーカー、王子の言うとおり、最悪の国王だったようだ」
認識の甘さを恥じる。
「これ」は、ジョーカーたちにとって、石を蹴飛ばして遊ぶ行為と変わらぬものだったのだろう。
側のテオルの、目がぎゅっと細まる。
「ジョーカーって、『マギリア』の先代王のことか?」
無意識な独り言を、聞かれていたようだ。
「ああ、お前は知っているのか。俺はその名前を知らなかった」
「まぁ、そりゃ知ってるよ」
今までのテンションと違う小さい声で、テオルが答える。
「なぁ、そんなことよりヨーヘイ。お前、俺のこと思い出してるんだろ?」
「うるさいな。だったら何だよ」
傭兵少年が恐ろしい怒気を放つと、テオルはくくっと笑う。
何故か傭兵少年が余裕のない返しをしているのは、テオルとの記憶が原因だろうか。
「それでさ、お前ほどの奴が、こんなトコにいる理由は何だ? 教えてくれないか?」
今度はそう訊かれ、沈黙を返す。
わざわざ、今の「マギリア」の状況に、テオルを巻き込む必要はない。
そう思い、適当にはぐらかそうと口を開きかけた瞬間。
「逃亡した王族の護衛だな?」
抑揚のない声で、テオルはそう言い放った。
一瞬で、戦慄が走る。
「何て言った?」
「あぁ、そのリアクション、ビンゴだったな」
おもむろに立ち上がったテオルは、言葉を続ける。
「失脚した先代王ジョーカーが戻ってきた。村をこんな風にできるその戦力に、『マギリア』は敵わない。お前という優秀な護衛を付けて、王族たちは王都から逃亡してる――って感じか」
傭兵少年は、何も言えなかった。
何を言うべきか、すぐに分からなかった。
「なぜ分かるかって? 思い出せよ、俺は鼻が利くんだ。この村の状況と、お前に馬乗りになった時に匂った『マギリア』王族の香水で、推測しただけだ」
傭兵少年の手は、無意識に大剣の柄に伸びていた。
「勘」が、大音量で警笛を鳴らしている。
テオルは、歩み寄ってきた。
「昔から、隠し事は苦手だったろヨーヘイ。敵じゃない奴にはな。だから、お前の秘密って結構知ってるんだぜ。例えば――」
瞬間、傭兵少年に「何か」が飛んできた。
反射で避けた傭兵少年だったが――それは布石だった。
左の足首に、痛みが。
「俺は『チャクラの鎧』の弱点を知ってる」
聞こえてきた声は、驚くほど近かった。
(暗器!?)
足首に刺さったのは、暗殺用に使われる細い針。
テオルは二本の針を撃ち放ち、傭兵少年に高速接近していた。
(くそっ――)
抜刀の暇がない。
柄に伸ばしていた手で裏拳を撃とうとするが――テオルの肘打ちの到達が、僅かに速かった。傭兵少年の顎に、クリーンヒットしてしまう。
何故か、チャクラの鎧は機能していない。
視界は暗転し、意識が遠くなる。
「ちく、しょ、が」
生涯でも最大級の恥。
油断をそう後悔しながら、傭兵少年は倒れた。
そんな旧友の姿を見やり、テオルが独白をこぼす。
「隠し事だけじゃない。お前は、敵じゃない奴と『戦う』ことだって苦手だったよな。じゃなきゃ、俺がお前に勝てる訳ないだろ?」
自嘲気味に、笑っていた。
「次に会う時は、俺も敵になってるんだろうな」
やがてテオルは、村の外に向けて歩いていった。
傭兵少年の帰りを待っているであろう、「マギリア」の王族に会いにいく為。