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国盗りごっこ  作者: 山川 景
Chapter 6 [My dear sons]
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Episode 13

 確かに、心臓を突き刺した。

 外すなんてヘマはしていない筈。


 だが、クヴィナは立ち上がっていた。

 振り返ったテオルの目の前で。


 ぞ、ぞ、ぞ――ナノマシンが、再び旋回していく。


「何で生きてる?」


 テオルの疑問は、そのまま言葉となった。


 空間を破壊したり傷を治したりができるセナや、僅かだが未来を視ることができる自分がいるのだ。

 心臓を突き刺して死なない存在がいても、おかしくはないかもしれない。


 だが、立ち上がったクヴィナが放つ形容し難い非現実感が、今のテオルの心すら怯ませる。


 周囲で、ナノマシンの唸りが加速していく。


(量が、増えて――)


 黒い霧のようにも見えるナノマシンは、その密度が濃く、範囲が広くなっていっているように思えた。

 クヴィナを中心に渦巻くそれは、まるで何処からか補充されているかのようだ。


(あれだ)


 テオルは、増加するナノマシンの発生源に気付いた。

 「王の闇」が隠されていた、玉座の後ろの垂れ幕の、さらに裏側。


 そこには、一つの人形が置いてあった。


 真っ黒な装束に身を包んだ、不気味な男の子の人形。

 日本人形のようなデザインだが、その顔には見る者の恐怖を引き立てる、おぞましい笑みが張り付いていた。


 「仙覇せんぱ」の特徴でもある異常な嗅覚があっても、テオルは「王の闇」が居ることが分からなかった。その原因が、人形これにあった。

 人形にこびれついている、せ返るような濃い血の臭いが、「王の闇」の匂いを覆い隠していたのだ。


「私はまだ、死なない」


 ナノマシンを従えるクヴィナが、胸元のナイフを引き抜きながら、口を開いた。

 血が、僅かしか出ていない。


「『盟』も『マギリア』も、この手に収めるまではね!」


 人形と同じような、おぞましい笑みを浮かべた彼女は、両の手のひらを、テオルへと向ける。


 殺意が――糸が、飛んできた。


 テオルは真横に跳躍して躱したが、予想外の追撃が。

 すぐさま、次の糸が飛んできたのだ。


(なっ!)


 反射で地を蹴って、続け様に回避はできたが――。

 またしても、首を狙った、次の糸が。


 それも頭を下げて避けはしたが、ギリギリだ。

 糸が掠り、テオルのヘッドバンドが斬れた。上げていた前髪が落ちてくる。


(インターバルが消えた!?)


 普通ならば、不可視である糸の攻撃を、見切ることなどできない。

 ある種のゾーンに入っていたテオルだったからこそ、一発なら何とか避けられていただけだ。


 それが連続で放たれるとなれば、結果は変わってくる。


(まずい、これは!)


「さっさとくたばれ! 価値の無ぇガキが!!」


 クヴィナの本性が、表面化している。

 暴言を叫びながら、彼女は距離を詰めてきていた。


 飛来する無数の糸の、テオルへの到達時間が縮まっていく。


(やべぇ、もうこれ以上――)


 躱すことができない。


 気付けば、糸の合間で、クヴィナはほぼ目の前まで迫ってきていた。


 再び怒りに支配されたテオルが、雄叫びながら突っ込んでいくが。

 片足の太腿に、糸が掠った。

 テオルの体勢が崩れる。


 次の一撃を、もう躱せない。


「じゃあな。何も変えられない、無力な王子さま」


 さげすみと怒りに満ちたクヴィナの眼が、テオルを見下ろす中で。


 非情にも、最後の糸が放たれた。




「ケンノウ様!!」


 セナの叫びが、途方もなく広がる虚空へと吸い込まれていく。


 ここは、ケンノウの精神世界。


 ようやく見つけた世界の主は、輪郭のない真っ白な怪物と相対していた。

 怪物の体躯は、三メートル以上はある。目や鼻、耳が無く、大きな口のみが張り付いたその顔は、ケンノウより一メートルほど頭上に位置していた。


「返せ……!」


 突き立てられた剣にも全く動じず、怪物は緩慢な動作で、ケンノウの身体を掴み上げる。

 そして大きな口を開くと、その頭を食おうとしてしまっていた。


「だめです!!」


 伸ばしたセナの手に連動し、ぱん、と軽い衝撃音が鳴り響く。

 怪物の顔面に、衝撃波が当たったようだ。僅かにり、ケンノウの身体を離す。


 ケンノウは、どさりと無抵抗に落下した。


 そして怪物が、初めてセナの方に顔を向ける。

 大きな口からは、先ほどまでの笑みが消えていた。


『ン、ンー?』


 首を傾けながら、ケンノウを跨ぎ、怪物がセナに向けて歩み寄ってくる。

 短く言葉も発しているが、意思疎通ができない相手であることは明らかだ。


 両手を向けたセナが、二度目の力を発動させる。

 また衝撃波が、怪物の顔面を打った。


 だが、弱い。


 「守りたい」という想いが乗っておらず、保身のための「攻撃」だからだ。

 怪物はまた、少し仰け反った程度。


 その体勢を戻すと同時に――。


『オォアァアアアァッ!!』


 耳をつんざく、奇声を発した。

 最大限に広げた口からの声量は、まるで衝撃波の意趣返しのよう。

 音波が、セナの身体を突き抜ける。


 その衝撃や、鼓膜の痛みは二の次。

 セナは、自分の中の感情と戦っていた。


(怖い!)


 この怪物は、明らかに言葉が通じない。


 ウルの細菌兵器の元凶や、バルは、まだコミュニケーションが可能だった。しかし今回は違う。

 この一点が、気丈なセナにも今までにない恐怖心を植え付ける。


 奇声を止めると、怪物は俯いて、動きも止めていた。


 その後、セナが瞬きをした一瞬に、姿がかき消えてしまう。霧を払ったかのように、存在がなくなっていた。

 視界には、倒れたケンノウがいるのみ。


(消えた)


『ケ、ケ、ケ』


 不気味な笑い声が、セナのすぐ後ろから聞こえてくる。

 怪物が、背後に瞬間移動していたのだ。


 振り返ったセナの右腕と首が、手のひらに掴まれる。

 そして怪物は、巨大な口を開くと――セナに抵抗を許す間もなく、右肩に噛みついてしまった。


「ッ!!」


 恐怖からか、悲鳴すら出ない。

 そして難儀なことに、この精神世界の中でも、明確な痛みがあった。


 みしみしと怪物の歯が食い込み、セナの小さな身体は食いちぎられてしまいそうだ。


(このまま、殺される)


 恐怖と痛みに支配されかけた、その時。


 接触した怪物から、とある記憶の断片が、セナの頭の中に流れ込んできた。精神世界特有の、非現実的な現象。


(これは、ケンノウ様の記憶……?)


 追体験として浮かび上がったのは、ケンノウの視点での、玉座の間のワンシーン。そこは今よりも内装が小綺麗で、朝の柔らかな日差しが窓から差し込んでいた。

 すぐ前には、ケンノウと似た和装に近い装束を纏った、華奢な男性が。


『どうしたリジュン。人払いまでして、珍しい』


 ケンノウが、目の前の男性――弟であるリジュンへ声をかける。

 彼は心なしか、傭兵少年に雰囲気が似ていた。


『兄上、一つ私の願いを聞いてほしい。ナギトについてだ』


 ――流れ込んできた記憶は、そこで途切れてしまった。

 我に帰ったセナは、怪物の歯が肉に食い込む感触に再び見舞われる。


(やはりこの怪物が、ケンノウ様の記憶を蝕んでいたんですね)


 予想はしていたが、確信に変わった。


 ここへ来る前に目にした、王の弱々しい姿がフラッシュバックする。

 想いが復活し、溢れ出した。


「返してください」


 ケンノウと同じ台詞を言いながら、左手で、怪物の顔面に触れる。

 痛みも恐怖も忘れ、身体は勝手に動き出していた。

 セナの身体が、淡く光り出す。


「うぅううああぁあッ!!」


 絞り出した叫びと共に、超常の力が、セナの左手に集中する。

 怪物を中心にして、周囲の空間が歪んでいった。


『イ、ギ?』


 初めて、怪物が焦ったような声を発した直後。


 バツンと、大きな破裂音。


 怪物の顔面に、不可視の衝撃が破裂した。

 噛み付きを剥がされた怪物は、セナを掴んでいた手も離し、後ずさりを余儀なくされる。


 衝撃と共に、幾つかの光の粒が辺りに飛び散った。それは、まるで暗闇をたゆたう蛍のようだ。

 

 光の粒の一つが、セナの肩に付着する。

 ぽわっと光を発したかと思うと、また、記憶がセナに流れ込んできた。


『私は、子どもが嫌いだ』


 それはどこかで、ケンノウ自身が言った台詞。


 この光の粒は、奪われた記憶の一欠片のようだ。


 セナは、振り返る。

 視線の先には、倒れたまま動かないケンノウの姿が。


「ケンノウ様、どうか起きて! あなたが立ち向かわなければ、私じゃこの相手は倒せません!」


 セナの言葉に、ゆっくりとケンノウが顔を上げる。

 その表情には、生気がない。記憶だけでなく、気力までも吸い取られているかのようだ。


 そんな彼の手のひらにも、光の粒が触れた。


 ――忘れていた記憶の一部が、ケンノウにも流れ込んでいく。


 すると、ケンノウの表情に、今まで無かった生気が戻り始めたように見えた。


「ツルキ」


 亡くなった王妃の名を呼んでいる。

 それは、忘れていた大切な人の名前。


 セナの言葉と、王妃の記憶が、この男を「ケンノウ王」へと戻しかけていた。


「私から、どれほどを、奪ったのだ……?」


 剣を突き、ケンノウが立ち上がる。

 震えるその身体で、歩みを進めていった。


 眼光は以前より力強く、怪物を真っ直ぐに見つめていた。


「ケンノウ様」


 無意識に、ケンノウへと手を伸ばすセナ。


(うっ!?)


 その瞬間、また激しい頭痛が襲ってきた。

 だが、そんなことは関係ない。


(あと少しだけ、少しだけ――)


 呼応して、ケンノウの握っている剣が、絵物語のように光り輝いていく。


 セナの想いが成し得た現象に見えるが、それだけではない。何より、ケンノウ本人の気力が、息を吹き返しかけているからだ。


 ふらふらと歩むケンノウが、セナの隣を過ぎ去った時。


『オォアアァアッ!!』


 再び、怪物が奇声を響き渡らせた。


 あまりの音圧に、ケンノウの身体が後ろによろけてしまう。

 またセナが、手を伸ばそうとしたが。


 漂っていた光の粒の一つが、ケンノウのすぐ後ろで光り輝いた。

 その光の中に、とある人物が立っている。


『兄上。こんな相手にも勝てないのか?』


 彼が、倒れるケンノウの背中を支えた。

 実の弟である、リジュンだ。


「お前は……」


『思い出せ。皆が歩みを支えてくれる。兄上は、独りじゃない』


 とん。背中を押される。

 再び、ケンノウは歩き出した。

 なおも精一杯の声を張り上げる怪物を、冷酷な瞳が捉えたまま。


 怪物のすぐ前まで辿り着いたケンノウは、洗練された動きで、輝く剣を振り上げる。

 怪物の奇声は止み、その顔は引きっているように思えた。


「返せ」


 そして。

 それまでの緩慢な動きからは想像できないほど速く、剣が振り下ろされた。


 鋭い風切り音と共に、どくんと、この精神世界全体が脈動する。


 怪物の顔に、口に、胴体に、剣撃による傷跡が浮かんでいた。

 そこから、まばゆい光が漏れ出ている。


『ア、アァ』


 光を閉じ込めるように、怪物は両手で顔の傷を押さえる。だが、まるで意味がない。


『それでこそ、我々の王だ。兄上』


 光となって消えていったリジュンが、そう呟いた後。

 怪物の苦しそうなうめき声が、かつての奇声以上に大きくなっていき――。


『ギャァアァッ!!』


 次の瞬間、断末魔と共に、その全身が跡形もなく弾け飛んでしまった。


 どくん。もう一度、世界が大きく脈動した。


 記憶を奪っていた怪物を、討ち取ったのだ。


 閉じ込められていた無数の光の粒が、辺りに散乱していく。


(やった、ケンノウ様――)


 耐え難いほどの頭痛が、セナの意識を薄れさせていく。

 ついに、活動限界が来てしまった。


 朦朧もうろうとする意識でセナは、光の粒の一つに手を伸ばす。


 ぽうっ。

 最後にまた、昔の記憶が流れ込んできた。




 それは、若かりしケンノウと、王妃ツルキとの会話だった。


『君を失望させてしまうかもしれない』


『なぜ?』


『私は、子どもが嫌いだ』


『そう、ですか』


『弱く非力な存在を、私は、憎らしいと思ってしまう。ずっと戦場で生きてきた者のさがなのだろう』


『そうなのですね』


『君の中にいる、これから産まれてくる大切な命を、私は愛せないかもしれない』


『……』


『すまない』


『そう何度も謝られないでください。大丈夫ですよ』


『大丈夫だと? 何がだ?』


『あなたの愛の大きさは、私が一番知っていますから』




 ――やがて。

 ケンノウとツルキの子どもが、この世に生を譲り受ける。


 その子は、テオルと名付けられた。

 元気を持て余した、大きな男の子だった。


 ゆりかごの中にいる息子テオルを、ケンノウが覗き見る。


(何と非力な存在か)


 その小さな身体は立つこともできず、言葉も紡げない。

 自分だけでは生きていけないのだ。


 伸ばしたケンノウの人差し指を、小さな手がぎゅっと握った。


(憎らしい)


 月日が経つとテオルは、はいはいをし始め、自分で立つようにもなった。

 ゆっくりと、倒れながらも、ケンノウの後ろを追いかけてくる時もあった。


 すぐに、言葉を話し始めた。

 「お、と、と」と、ケンノウを見ながら指をさす。


(憎らしい)


 ケンノウが目を合わせるたびに、テオルはにっこりと笑った。

 この上なく、幸せそうに。


(ああ、こんなにも――)




 ――憎らしいほど、愛おしい。




 クヴィナの斬撃は、ケンノウに当たった。


 割って入ったケンノウが、テオルを「糸」から守ったのだ。

 血飛沫が、辺りに飛び散る。


「え?」


 突然の光景に、テオルの理解が追いついていない。

 視界には、かつてはいつも自分の前にあった、大きな背中が広がっていた。


 屈強な王の身体は、骨をも断つ糸の攻撃でさえ、貫通させていない。


「ケンノ、うッ!?」


 驚くクヴィナの顔面を、ケンノウの大きな手が鷲掴みにした。

 糸で致命傷を負いながらも、その意思は死んでいない。身体を突き動かしている。


「私の」


 確かな力強さを取り戻した眼が、クヴィナを射抜く。


「息子に」


 もう片方の手が、静かに剣を振り上げていた。

 

「何をしている、小娘」


 やがて、銀の軌跡を伴って。

 記憶を取り戻した王の剣が、クヴィナを断ち切った。

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