表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国盗りごっこ  作者: 山川 景
Chapter 6 [My dear sons]
49/57

Episode 9

 座り込んだ傭兵少年は、着ている黒い外套の袖を破ろうとしている。ふくらはぎの止血に使うつもりのようだ。


「ヨーヘイさん、少しいいでしょうか? ちょっと試してみます」


 その横にセナも座ると、傭兵少年の傷口にそっと片手を置いた。


「何を?」


 不思議そうに傭兵少年が見ている中、セナは力を発動させる。


(治れ――!)


 風が、セナの白髪をなびかせた。同時に、傭兵少年の身体が、淡く光ったように思える。


 また、信じられないことが起こった。


 傭兵少年のふくらはぎの傷が、塞がったのだ。

 出血も痛みも、もう無い。


 ついでに、「狩人」に負わされた、こめかみの火傷すら治っていた。


「な……」


 傭兵少年は、言葉が見つからないといった様子で、塞がった傷口を見ていた。

 「できました!」と、嬉しそうに笑顔を浮かべるセナだったが。


「いや、できましたじゃないです。セナ王女、あなたのその力、一体どうなってるんです?」


「これは……私が誰かを助けたいと思った時、発現できる力のようです。色んな効果をもたらしますけど、強い『想い』がないと発現しないし、それに傷の治療は急場凌ぎです。完全に治ってはいないはず」


 傭兵少年は先に立ち上がると、手を取ってセナも立ち上がらせた。

 その後、自分の手を握る、開くを繰り返している。


「いえ、充分です。チャクラの流れも正常になった。ありがとうございます。――しかし、その力で、シリウスの意識の中にも潜っていた、と仰いましたよね。あまりにも現実離れした力だ」


 階段に向けて早足で進む傭兵少年の後に続きながら、一拍を置いてセナが話し出した。


「ヨーヘイさん、シリウスの意識の中で出会ったゼロが、あなたへの伝言を残していました」


「俺に伝言?」


 階段を登る大剣越しの背中に、伝える。


「次に会う時は『敵』になっている。迷わず俺を殺せ、と」


 そう伝えても、傭兵少年の返事はすぐには来なかった。

 やがて、足音に混じって「そうですか」と、小さな声が聞こえてくる。


(随分と酷な伝言です)


 そうして二人は、二階へと登った。


 舞い散る桜が描かれた大きなふすまが、すぐ目の前を塞いでいる。その左右には、細い廊下が伸びていた。

 さらに上階から、どす、どす、と太い足音が聞こえてきている。

 まるで、巨人の足音のような――。


「今は、テオルの力になることだけに集中しましょう」


 歩き出した傭兵少年のその台詞はまるで、自身へ言い聞かせるかのようだった。




「――おい、ナギト!」


 地下洞窟の薄暗い通路を進む、ナギトの背後から、声が聞こえてきた。

 傭兵少年に投げられ、同じくこの地下空間に落ちてきた、「狩人」だ。


「お前も落とされたのか」


「まぁね。君の弟くんが強くってさ。油断しちゃった」


「そうか。時折、柄にもなく油断して隙を突かれる。お前の弱点だな」


「うるさいなぁ」


 蝋燭に照らされた陰鬱な通路を、二人は歩いている。

 「狩人」に顔だけ向けていたナギトだったが、すぐにまた前を向いて歩き出していた。変わらずの無愛想である。


 ――ナギトがいつも何を考えて行動しているかは、「狩人」にも分からない。

 もしかすると今も、襲撃に乗じてリンを助けに行こうとしてくれているかもしれない。「狩人」と同じく。


 しかし、それを確認することができない。

 何故なら、地下空間も含めたこの建物の至る所には、テルの「目」や「耳」が潜んでいる。

 リンを助け出そうなどと、クヴィナ側を裏切るような発言や行動があったと見なされれば、より厄介なことになってしまう。

 だから「狩人」は、あくまで敵に投げられて地下に落ちたと見えるよう、わざわざ傭兵少年に頼んだという訳だ。


「――クレイは、やられてたね」


「ああ」


 地下空間へ落ちてきた時、すぐ側に、身体中を滅多刺しにされて横たわる無惨なクレイの姿があった。


「やっぱ、あのミグラとかいう殺人鬼がやり手なのかな? ミクニ王子が惚れ込んだヤツだったし」


「そうかもな」


 ナギトは背を向けたまま、無愛想な短い返事をするばかり。


 その背中を、「狩人」が拳で軽く小突いた。


 流石にナギトは足を止め、「何だ?」と振り返る。


「……ミクニ王子を撃った事、私はまだ許してないから」


 俯きながら、小声でそう言った「狩人」。

 彼女は早足でナギトを抜かすと、そのまま先へと進んでいってしまった。


 「狩人」からしても、ミクニを裏切ることは不本意だったのだろう。ましてや、傷付けることなど尚のこと。


 ――ちりん。

 ナギトの手首の鈴が、僅かに鳴る。


「ああ。お前は、それでいい」


 そのナギトの呟きは、誰にも聞かれることはなかった。




 地下洞窟の、はるか先。


 一本道の通路――その突き当たりにあった観音開きの扉が、勢い良く開かれる。


 「盟」の第二王子、カラクラによって。


「ロロ! ここにいるかい!?」


 カラクラの元気な大声は、側にいたウルに「うるさい」と咎められた。


 この場所は、空間認識力と記憶力に優れたウルが、クヴィナたちから仕入れた断片的な情報を繋ぎ合わせ、ロロが閉じ込められていると推測した一室だ。 

 一際高い天井に、地下空間には珍しく内装が施されている。床や壁はタイル張りになっており、設置された蝋燭の間隔は通路より短いため、少しだけ明るい。

 それでも、空間自体が広いため、薄暗いことには変わりないが。


「……誰!?」


 部屋の奥から、そんな小さな男の子の声が聞こえてきた。透き通るようだが、芯の強い響きをした、独特の声だ。


「ロロかい!? 俺はカラクラだ、君を助けに来た!」


 急にカラクラが走り出すので、ウルも慌てて追いかける。


 部屋の奥――壁に身を寄せるようにして、少年少女が座っていた。


 一人は、この国の第四王子、ロロ。

 歳は十歳。ふわりとした黒髪に、大きな黒色の瞳。着ている服は、「盟」の一部の王族が着用する、和服に似た青色の衣装だ。しかし、やや薄汚れてしまっていた。


 もう一人は、リンという名前の少女。「狩人」の大切な人であり、人質でもある少女だ。

 ロロと同い年の十歳で、赤色を帯びた癖っ毛が、四方に伸びている。病衣のような白い服を着ているが、こちらも至るところに汚れが目立つ。

 リンは、細菌兵器の影響により目が見えない。すがるように、その身をロロに預けていた。


「うわっ――!」


 駆け寄ってくるカラクラの姿を視認したロロは、たじろぎ、そして身構えていた。

 裸になった背中には、身体が繋がったアマクラの姿がある。前からはよく見えないが、それでも不自然に突き出た腕は認識できる。

 しかも、カラクラは「仙覇せんぱ」の力の乱用により、実年齢よりも成長してしまっている。ロロが混乱するのも当然なのだが――。


「――いや、ごめんなさい。カラクラ兄様、なんですよね?」


 ロロはすぐに、カラクラのことを受け入れた様子だった。

 繋がったアマクラの身体と、その成長した姿が、逆にロロを納得させたのだ。

 ロロも噂程度に、「アマカラ兄弟」のことを耳にしたことがあった。そして昔、カラクラが「成長が速い」と自身でぼやいていることも知っていた。

 それらの情報が今、繋がったようだ。


「おぉ、ロロー! 俺が分かるんだね、良かったぁ! こんなにボロボロになって、心細かったろう!」


 片膝を突いて、ロロの頬に触れるカラクラ。


「誰か、来た……?」


 盲目のリンが、側で虚空に手を伸ばし、探っている。「この子は?」と、カラクラが訊く。


「この子はリンちゃん。僕と同じく、ここに閉じ込められてるんです。『狩人』っていう人の親友みたいで」


「狩人……んー、知らないなぁ。――まぁとにかく、ロロと会えて良かった。さぁ、急いでここから抜け出そう。また妖怪じじいが追ってくる」


「カラクラ兄様、外は今、どんな状況なんですか? クヴィナは……?」


「聞いて驚くなよ、テオル兄さんが戻ってきてるんだ。今は仲間たちと共に、クヴィナを倒しに向かってるよ」


「えっ」


 ロロの表情が、ヒーローを目にした子どものように、驚きと喜びの色に染まっていく。

 しかし、その表情はすぐに、不安に苛まれるような曇りを見せた。


「だ、だめです! テオル兄様を止めないと!」


 カラクラの片腕を、ロロの両手がぎゅっと掴む。


「大丈夫だよ、テオル兄さんは強いんだよ。俺だって結構強いつもりだけど、多分俺よりも――」


「そうじゃなくて、クヴィナとは、あの人とは戦っちゃだめなんです!」


 ロロは、何かを必死に訴えかけようとしている様子だ。

 首をひねるカラクラは、その真意を理解できていない。


「何でさ? きっと、兄さんは勝ってくれるよ」


「でも、でもあの人は、もうとっくに――」


 そのロロの話を遮るようにして、恐ろしいほどの崩壊音が、扉の方から響いてきた。


 扉付近の天井が、大きく崩れてきたのだ。


 カラクラ、ウル、ロロの視線が、そちらへと向く。


 ――崩れた天井からは、瓦礫と共に、一体の巨体が降ってきたようだった。地響きを伴って、着地している。すぐに粉塵に隠れてしまったが、巨大な蛇のような異質な化け物が、僅かに見えた。


「こいつは『王喰おうぐらい』。『食人植物』の変種で、わしのお気に入りじゃ」


 降り注ぐ瓦礫が作る粉塵から、ゆっくりと一人の男が歩いて出てきた。

 深く被ったフードに、丸まった背。

 敵の中でも一段と厄介な存在、テルだ。


「テル――! ストーカーも大概にしろよ」


 憎しみの波長を込め、カラクラが言い放つ。

 瓦礫が降る轟音の狭間で、ほっほ、と老獪な笑い声が響く。同時に、テルの背後で、ずるずると巨体が這う音が聞こえてきた。


「さて、袋小路に追い詰めたぞ。地獄をその身に味わうがええわ」




「――ねぇ、ケンノウ様。私の話を聞いてくれない?」


 この本丸御前にあたる建物の、最上階――王が鎮座する筈の一室、「玉座の間」。


 その玉座には、クヴィナが腰掛けていた。

 独り言のような言葉は、玉座の背後でその身をもたれかけている、ケンノウへと向けられたものだ。


「少し、思い出したわ。私の名を呼ぶ、誰かの声を」


 どこか儚げな笑みを浮かべ、クヴィナは言葉を紡ぐ。


「私は、その人に逢いたかった。でも、何故でしょうね。思い出せない、その人の名も、顔も……誰だったのかも」


 そして、自分の手のひらを見つめる。

 多くの血に染まった、手のひらを。


「不思議でしょう? だからね、私は――」


 その時。


 「玉座の間」の、豪勢な装飾を施した扉が、蹴り破られた。

 一人の少年によって。


 がしゃん、と倒れる扉を目にしながら、笑顔を消したクヴィナは大きく嘆息する。


「ここまで不粋なガキだとはね」


 ゆっくりと「玉座の間」に足を踏み入れる彼は、黒いヘアバンドでかき上げた金髪がよく似合う、この国の第一王子。

 かつてクヴィナを恐れ、そして国の未来を憂いて、逃げるように此処から去ったいった少年。


 その時は、何もできない非力な少年だった。

 しかし、幾許いくばくかの時を経て、ようやく――。


「ようやく、たどり着いた」


 その少年、テオルの鋭い瞳は、玉座を占有するクヴィナただ一人を映し出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ