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国盗りごっこ  作者: 山川 景
Chapter 1 [Escape]
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Episode 4

 城門にて、腹痛のカイン不在につき一人で見張りをしていたサイモンの前に、訪問者が現れた。


 数は五人。

 全員が赤い外套を着ており、フードを深く被っているので、顔がよく見えない。

 サイモンと同じくらいの背丈の者が二人。

 特別大きい者が一人。

 子どものように小さい者が二人。


 こんな夜中に誰だ、とサイモンは不審に思っていた。


「何か、身分を証明するものは?」


 サイモンが問いかけると、中くらいの背丈の者の一人が、すぐ側まで歩いてくる。


「これでいいかな?」


 そう言ってその者は、外套の袖から出した三日月状の太い刃で、サイモンの胸部を突き刺した。


「え?」


 サイモンには一瞬、自分が何をされたのか分からなかった。

 熱いような冷たいような感覚が、身体に染み渡っていく。


 外套の者が刃を引き抜くと、体からは血が噴き出し、サイモンはその場に力なく崩れ落ちた。


 もう、事切れてしまっている。


「やっぱり今のマギリア城は、まともに攻めを想定できてない。ザルが過ぎるねぇ」


 外套の者は呟くと、刃を袖の中に吸い込ませながらマギリア城を見上げた。

 そして、おもむろに右手を掲げる。


「どうせなら、最初くらい派手にやりましょうか。――ジョーカー様」




 突然の大きな崩壊音と地鳴りに、留置区画にいたセナたちは驚愕した。


「な、何!?」


 よろついたセナを、傭兵少年が支える。


「まさか、もう来たのか、早すぎる」


 牢屋の男は、焦ったように手を突いて立ち上がった。


「これは、本当におじいさまがこの城に攻めてきた、ってこと?」


 エンの言葉に、逼迫した面持ちで男が頷く。


「うそ。そんな馬鹿なことが」


 セナはますます混乱していた。

 軽く頭を抱え、現実を受け入れることを拒否しているかのようだ。


「これは、まずいな」


 傭兵少年は、何となくだが、戦場の空気に犯されていく辺りの空気を感じ取っていた。


「本当に時間がない。傷の回復は待ってられん。――王子、ちょっと離れてくれ」


 男が、鉄格子に向かって二度、軽く腕を振るう。

 すると、金属音と共に、鉄格子の一部は鋭利に斬り落とされ、人が通れるほどの隙間が開いた。 


「うおぉ、何をしたの?」


 牢屋から出てきた男を近くで見ると、彼の腕は、いつの間にか三日月状の刃に覆われていた。


 男はその腕を皆に見せる。


「この通りだ。俺は全身が絡繰からくりまみれの、サイボーグなんだよ」


 さも当たり前の自己紹介をするように、とんでもないことを言ってのけた。

 男の袖に吸い込まれるようにして、刃は一瞬で消える。


「サイボーグだと? そんな存在が本当に――」


「おーっ、すごい!」


 驚く傭兵少年とセナを尻目に、エンは無邪気に見とれていた。

 我に返った傭兵少年が、エンの肩を叩く。


「王子、そんなことはいい。この者の言うことが本当なら、城にいるのは危険です。安全なところに身を隠しましょう」


「本気かい? お父さまもククル兄さまも、まだいるんだよ?」


「国王様には手だれの兵士が付いている。きっと大丈夫です。ククル王子には、今から俺が知らせに行きます。でもまずは、あなたたちの安全が最優先です。今は一旦、避難しましょう」


「俺に任せてくれ」


 サイボーグの男が、一歩近づいてくる。


「俺の名前はゼロ。命に換えても、王子と王女は絶対に護ってみせる」


 その男――ゼロは、傭兵少年の目を真っ直ぐに見た。

 自らの保身や打算など全くない、覚悟を持った目をしている。傭兵少年には、そう見えた。

 人生経験の少ない傭兵少年でも、何度か戦場で見てきたことがある目だ。


「分かった。とりあえずは、あんたを信用する」


 ――そして、地下の留置区画から、中庭へと飛び出た一行。


 辺りは騒然としていて、怒鳴り声や悲鳴が飛び交っている。

 城勤めであろう、見慣れぬ人々が走り回る姿も見えた。


「本当に、襲撃を受けているのですか。あんなに平和だった、この城が――」


 セナは、まだ信じられないといった様子だ。


 いつもと違う城内に動揺しているエンとセナを横目に、ゼロは傭兵少年の肩を叩き、耳元で囁く。


「後はククル第一王子だ。まだ城にいるかは不明だが、彼も一緒に逃げてくれるなら心強い」


 傭兵少年は無言で頷くと、城の王族区画を見やる。

 廊下は消灯していて明かりは見えないが、ククルが自室にいる可能性は高い。


「なら、お前は王子たちを頼む。俺はククル王子を探してくるから、先に逃げててくれ」


 傭兵少年はそう残して、言うが早いか、すぐに城へと駆けていった。


「待って! 一緒に逃げよう!」


 エンが叫んでも、傭兵少年は止まらないし振り返らない。

 しかし。


「どこかで落ち合いましょう!」


 走りながら、傭兵少年の答えだけが返ってくる。


「『マリアの森』! そこで、君とお兄さまを待ってるから!」


 返事の代わりに、傭兵少年が高く上げた右手が見えた。


 傭兵少年の後ろ姿を見つめるエンの袖を、セナが掴む。


「ねぇ、あの人は『マリアの森』の場所を分かっているのですか?」


 セナの問いかけに、エンは首を横に振った。


 「マリアの森」とは、王都の外れ、東側にある小さな森のことを指す。

 しかしその呼び方は、一般的には城勤めの者にしか知られていないもので、少し前に来たばかりの傭兵少年が知っているかは疑わしい。


「でも、彼ならきっと何とかするよ」


「そんな適当で――」


 姉弟のやりとりを、ゼロが強引に止める。

 二人の体を担ぎ上げて。


「急ぐぞ!」


「わっ!」「きゃっ!」


 宙に浮いた二人は、ゼロの俊足により、王都の夜の闇へと消えていった。




 傭兵少年は、混乱で半ば機能していない警備を振り切って、城の王族区画に入ると――ククル王子の部屋を一目散に目指した。


 今は夜中。

 消灯時間を過ぎた王族区画の廊下は、月明かりのみで薄暗い。


(賊が城門から入ってきたとすれば、この王族区画は最も離れた位置だ。時間の猶予はあるはず)


 傭兵少年は呼吸を整えると、スピードを上げた。

 大剣を背負っているのに、その速力はとんでもないものだった。


 そして、城に入ってものの数分で、ククルの部屋まで辿り着いた。

 エン、セナの自室からは離れた場所に位置し、心なしか辺りは一層薄暗く感じられる。


「ククル王子!」


 非常事態に、ノックもなしに勢いよく扉を開けた。


 部屋の中でククルは、何事もないかのように椅子に腰掛けていた。


 側には、彼の付き人ユノの姿もある。

 城の喧騒が耳に入っていてもおかしくないのに、ククルと同じくユノも全く動じる素振りが見えない。


 二人は、傭兵少年に鋭い目線を向けてきた。


「君は、セナたちの付き人じゃないか。どうしてここへ?」


 手元の書籍をぱたりと閉じて、ククルが冷静に質問してくる。


「王子、落ち着いて聞いてください。賊が城内に攻め込んできたようです。一旦外に――」


「大丈夫、ここへは来ないよ」


 ククルの言葉が、傭兵少年の言葉を遮った。


 その確信めいた予想外の返しに、思わず「え?」と惚けた声をあげた傭兵少年。

 ククルは、ゆっくりと続ける。


「おじい様たちは、真っ直ぐお父様の玉座を目指すだろう。俺が教えた玉座の場所をね」


「何を?」


 傭兵少年は、ククルが何を話しているのか理解できなかった。

 だが――「賊」としか伝えてないのに、ククルは「おじい様たち」と呼んだ。

 それに気づいて、傭兵少年は間を置いて理解する。


「おい、あんた賊と繋がっていたのか。先代の国王ジョーカーと」


「そうだよ」


 今度は、消え入りそうな小さな声で答えたククル。

 その顔は、まるで感情を押し殺しているかのようだ。


「そうするしか、なかったんだ」


「なぜ!? 王子!」


 非難するような声色の傭兵少年に、ククルは俯いて、答えを返さないまま、違う質問をしてきた。


「なあ。セナとエンは、どうしている?」


 それは、またも予想外の問いかけ。

 傭兵少年は瞬時に、「賊と繋がっている彼に、二人の動向を教えてはいけない」と、思考を巡らせる。


 だが。

 その時のククルは、妹と弟の安否を想う、ただの兄に見えた。


「――賊の襲撃に気付いて、今は外に逃げています」


 数秒後、傭兵少年が愚直にそう答えると。


「そうか。良かった」


 ククルは、少し安堵したようにそう呟いた。


 そして彼は、ゆっくりと顔を上げると――信じられない言葉を放った。


「ユノ、殺せ」


「え――?」


 その瞬間――傭兵少年は、ユノの蹴りを胸部に受け、部屋の外まで吹き飛んだ。


「うっ、王子!?」


 倒れながら、ククルを見る。

 ククルが、「ごめんよ」と呟いた気がした。


 視界を遮り、敵が立ちはだかる。


「僕はね」


 ぱきりと指の関節を鳴らしながら、ユノが口を開いた。


「最初から君が気に入らなかったんだよ」


「あ!?」


 拳を廊下に突き、傭兵少年は起き上がった。


「『チャクラ』だか何だか知らないけど、生まれつきの才に恵まれただけで、自分を過信して、何の努力もしないような」


 ユノは部屋の扉を閉め、傭兵少年へと近づいてきた。


「そういう人間が、僕はだいっ嫌いなんだよ」


 ユノの言葉は、敵意に満ちていた。


 それを聞いて、傭兵少年のスイッチが入る。


「そうかい」


 背の大剣へと、手を伸ばしていく。


「俺も、そうやって人のことを勝手に決めつける、あんたみたいな人間は、だいっ嫌いだよ」


 傭兵少年が大剣の柄に触れる前に、ユノが突っ込んできた。

 廊下の薄暗さが、反応スピードを遅れさせる。


 またもユノの蹴りをまともに喰らった傭兵少年は――後ろにあった窓を突き破ると、城外へと放り出されてしまった。

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