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国盗りごっこ  作者: 山川 景
Chapter 5 [Make a miracle]
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Episode 7

『――そんな奴は、人の上には立てない。お前の足元は、いつか崩壊していくだろうな』


 数日前、テオルに言われた言葉が、頭の中によみがえってくる。それが、上の空だったミクニの意識を強烈に引き戻した。

 ぎりっ、と歯を食いしばり――ミクニは「ろう」の少女を抱いたまま、よろつきながら立ち上がる。


 ミクニの小さな身体は、震えていた。ミグラが近づいてきて、何かを言おうとするが。


「僕が連れて行く。自分の手で」


 気配で感じ取ったのか、鋭い眼差しを向けてミクニは拒否を示した。


 普段から鍛錬をしている訳でもなく、テオルに言われたようにまともに外で遊んだこともないミクニの身体は、年相応よりもさらに脆弱だ。「ろう」の少女を抱えて、立っているのがやっとに見える。

 だが、ミクニは誰の助力も求めず歩き出し――そのまま大広間からよろよろと出て行った。


 大広間からは玉座が失われ、主であったミクニも去った。それだけで、一気に色が失われたように感じた。


「――セナ王女、大丈夫?」


 横たわるセナの身体を、ウルがゆっくりと揺する。負担を掛けないように精一杯注意しながら。


「はい、何とか、大丈夫です。ありがとう」


 頭を押さえ、苦痛に顔を歪ませながらも笑顔を作り、セナは立ち上がる。

 超能力を使って、ここまでの反動が来たことはなかった。ウルを助けたときから立て続け――さすがに力を酷使しすぎたようだ。


「あんまり力を出し過ぎるなよぉ、おヒメさま」


 大きな手のひらを、セナの頭に置くミグラ。もう片方の手で、握っていた刀を鞘に収めている。

 不思議と、ミグラの手のひらからの体温が、頭痛を弱めていくように思えた。


「超常の力も、所詮は等価交換。いずれ反動が来る。――あんたの周りの人間は、誰もそれを望んじゃいないはずだ」


 ぶっきらぼうな物言いだが、セナの身体を気遣っているのだろう。


 「反動」――そのとき、セナが思い浮かべたのは、植物人間となってしまった母親、ユウラの姿。


「――はい」


 顔を落としたセナの視界に、血の真っ赤が映る。撃たれた「琅」の少女が流した血が、服にべっとりと付いてしまっていた。


(それでも、もし目の前の誰かを助けられるのなら、私は力を使ってしまうでしょう。お母様、私は、正しい方向に進めていますよね?)


 その問いかけに、セナの胸の中にいた母ユウラが、微笑んだような気がした。


「しっかし、一発目の発砲にゃ間に合わなかったし、あのクソキザ男も仕留め損ねた。上手くは行かねぇなぁ」


 ミグラはがりがりと頭を掻いている。その視線がふと、ウルへと向けられた。


「イライラするなぁ。誰か殺させてくれねぇかなぁ。なぁ?」


「冗談でも、タチが悪いよ」


 薄い殺気を感じ取ったウルは、最大限に顏をしかめた。そしてぷいっとミグラから目を逸らし、セナを見る。


「セナ王女、これから、どうする?」


 セナの判断に従う、とウルは目で訴えかけてきていた。


『テオル王子を助けたいなら――』


 先ほどのナギトの言葉が、脳裏から離れない。十中八九、何らかの罠なのだろう。

 それでも。


「そうですね、テオルを助けに、『帰桜城』へ行きましょう」


「だろうなぁ」


「わかった」


 ミグラはまた頭を掻いて、ウルは笑んで、言葉を返した。


「危険に巻き込まれることになるとは思います。ミグラ、今しばらく手を貸してくれますか?」


「けっ。早くこの城下町から出ろっつっても、聞かねぇだろぉおヒメさまは」


「はい」


「お人好しが過ぎるなぁ。……あんたを死なせる訳にはいかねぇっての。無鉄砲な行動は慎めよぉ、俺のセリフじゃねぇがな」


「ありがとう」


 ミグラの返しを、セナは肯定と受け取った。

 続いて、ウルにも優しく語りかける。


「ウル、命の危険が迫ったら逃げてください。あなたは自由なんだから、私について来なくてもいいんですからね」


「ううん、セナ王女の力になりたいのは、僕の意思だから。――あ、そうだ」


 両手をぽんと合わせ、ウルが何かを閃いたようなリアクションをした。


「何か、書くものない? 『帰桜城』に行くなら、僕の特技、見せてあげる」


 ――そのウルとセナの会話の側で、ミグラは目を瞑り、胸に手を当てていた。


「俺も、覚悟を決めねぇとなぁ」


 そう呟き、彼の意識の何割かが、とある所へと潜っていく。




「――あれ? ここは、どこ?」


 きょろきょろと辺りを見回しているのは、カインだった。


 先ほどまでカインは、実家の自室にいた。

 だが今の一瞬で、硝煙の立ち込める戦場のど真ん中のような場所へとワープしていた。


 この場所には、見覚えがある。少し遅れて気付いたカインの背筋に、寒気が走る。

 何故ならここは――仲間達の死体こそないが――「腰抜けカイン」と呼ばれるきっかけになった、あの事件が起きた場所だ。

 カインの呼吸が荒くなり、頬には冷や汗が伝っている。


「よぉ」


 後ろから声をかけられて、カインがばっと振り返る。

 立ち込める硝煙の中に、自分が立っていた。

 もう一人の自分。だが、その雰囲気はひどく禍々しい。


「な、何だ!? 何だお前っ!」


 もう一人の自分――ミグラは、目を細めてカインをしばらく見つめていたが。

 やがて、意を決したように話し始めた。


「俺は、ここで生まれた。少しだけ俺の話に付き合ってくれ、カイン」




「やれやれ、まーた逃げられたか」


 フードの男、「ルンメルの死人使い」――テルが、洞窟のような地下空間でため息をこぼす。

 その周りでは、何かが這いずり回るような音が。


「『食人植物』とは、相性が悪いようじゃな。さて、――奴の狙いは、テオル王子か、はたまたロロ王子か」




「――誰だ?」


 「帰桜城」の地下牢。


 後ろ手に縛られ、横たわるテオルは、誰かの気配を感じて声を上げた。


 牢のすぐ外に、誰かが立っている。黒のゆったりとした外套を身にまとい、金髪の、桜の花弁が浮かぶ仮面を付けた青年。――「仮面の男」だ。


 鉄格子に手を触れている彼は、少しの間、無言でテオルを見ていたが。


「あぁそうか。今のこの姿じゃ、分からないよね」


 「仮面の男」が、その仮面を外した。


 その顔は、テオルによく似ていた。ちょうどあと数年テオルが成長すれば、同じような外見になっていただろう。

 青年は嬉しそうに微笑んで、テオルに呼びかける。


「久しぶり、兄さん」


 漂ってきた僅かなその匂いで、テオルは青年が誰なのかに気付くことができた。

 昔の記憶を辿る。彼は、かくれんぼがとても得意だった。


「カラクラ、なのか?」


 呼んだのは、一つ下の弟――「盟」の第二王子の名前。


 彼の身体は、異色尽くし。

 その異色の力を使って、テオルを助けに来たのだ。


 彼の姿は、テオルの記憶とは少し違う。


「その見た目、どうしたんだ? いくら何でも成長しすぎだろ。おまけに髪の色まで――」


「うん。『仙覇せんぱ』の血の影響だよ。俺は、あんまり受け継いでないと思ってたんだけど」


 テオルとカラクラ。

 二人は、場所や状況、会っていなかった月日など関係ないかのように、既に打ち解けて話し出していた。


 ――テオルが城を抜け出る前、九歳だったとき、カラクラは八歳。

 二人は、よく「授業」を抜け出す問題児だった。

 いや、主に問題児はテオルで、カラクラは彼に同調していただけだったが。

 テオルはその速さを、カラクラは気配を消す特技を使って、大人たちとのかくれんぼを制していた。タチの悪いことである。


 その時のカラクラは黒髪だった。そしてもちろん、年相応の子供の身体だったはずだが。


「もしかしてカラクラお前、コントロール出来てないのか?」


 問いかけると、カラクラは金髪に変わった自身の毛先を、不満そうにくりくりと指で弄り出した。


「そだね。意識しなくても『なっちゃう』ときがあるし、調子乗って乱発してたら、勝手に身体だけ成長しちゃったよ」


 自嘲気味に笑うと、また仮面を付けて、その不満そうな表情を隠す。


 カラクラの身体の急成長は、「仙覇」の能力が原因だった。血流を高速化させることで、心臓の鼓動や脳の処理スピードを爆発的に早め、意図的に速く動くことができる「仙覇」。しかし、制御できずにこの能力を使い過ぎた結果、カラクラの身体は通常より早いスピードで成長してしまっていた。


「いいじゃねぇか、成長した身体。羨ましいよ。俺、戦闘中に何度、体格差に泣かされてきたか」


「兄さんは昔から戦い過ぎなんだよ。アクション演劇の主人公じゃないんだからさ。それと、この身体も良いもんじゃないよ。何か身体中痛いし、変な蕁麻疹じんましん出るし……普通じゃないって、ロクなもんじゃないさ」


「まぁお前は元々、特別な身体だからなぁ。――アマクラは、元気か?」


 やや気を遣ったようなテオルの問いかけに、カラクラは少し間を置き、「元気だよ」と小さく返事をした。

 そして、檻に手をかけ、握り込む。


「とりあえず兄さん、ここから出すから。――ねぇ、またこの城に戻ってきた理由は? 別にミクニに捕まったからじゃないんでしょ?」


「ああ。あの女を城から叩き出すためだ」


 後ろ手を縛られたまま、テオルは立ち上がった。


「だよね。オーケー、喜んで協力するよ」




 桜並木が見事な表通りに面する帰桜城の、裏側。

 城を囲む堀の近くに根付く、一本の大木、その根本に、大きく口を開けた洞窟があった。

 それは、帰桜城の地下洞窟――クヴィナの私有空間に繋がる、秘密の出入り口の一つだった。


「いつも僕は、ここから、城に出入りしてる。誰も、この洞窟のことは、知らないはず」


 クヴィナの元部下、「シニガミ」ことウルは、セナとミグラを、ここに案内していた。


「不気味な気配がしますね」


 特殊な察知能力がある訳ではないセナでも、この洞窟を前にして、ぎゅっと手を握り込んでいた。


「『食人植物』、『寄生怪虫』、『巨人』」


 ウルが発した単語に、セナは「え?」と聞き返す。


「この洞窟の中にいる、化け物たちさ。ここは、生物学者テルの作った、異形が、解き放たれてる」


 ぶわっ、と、洞窟の方から風が吹いてきた。セナたちを拒絶するかのように。その風は、少し生臭い気がした。


「どうする? 城に入るなら、ここしかない。正門から、堂々と行く訳にはいかないから」


 セナを気遣っての言葉だったが、セナの決心は堅い。


「入りましょう」


 その表情を見て、ウルもまた決心して、「わかった」と応えた。


「ミグラ」


 セナは振り返って、強力な護衛ナイトであるミグラを見た。そして声を掛けようとしたとき――ミグラの、異変に気づいた。


 「オオカミ酒場」を出る時から何故か、ミグラは会話に参加してこなくなっていた。まるで他のことに集中しているかのように。


「ミグラ……?」


 ミグラは俯いたまま、ゆっくりと一歩一歩、セナに歩み寄ってくると。

 何も言わないまま、両手を、セナの小さな両肩に乗せてきた。


「え? な、なになに?」


 吃驚びっくりしたセナがミグラの顔を見ると、何と彼は、涙を流していた。

 今までの殺人鬼の振る舞いや顔つきからは考えられない、弱々しくも優しい笑顔を浮かべながら。


「セナ王女、ご無事で――!」


 そう呼ばれてセナは、ようやく気付くことができた。

 それほど時間は経っていないはずなのに、再会の嬉しさと懐かしさに、自然と頬が緩んでいく。


「まさか」


 不名誉なあだ名を付けられていた、心優しい衛兵が、どういう訳か戻ってきていた。




 カインは、ミグラが思うより強い男だった。


 精神世界の中――かつての戦場の中で、ミグラは全てを打ち明けた。


 ずっとミクニ勢力の側にいたせいで、ここまで長くミグラになって身体を動かしていたのは初めてだった。どの道カインに戻った時に、今までのように有耶無耶うやむやにはできないだろう。


 全て。

 ミグラという存在が、なぜ生まれたか、何をしていたか、今何をしているのか。

 そして、その「リスク」も全て打ち明けた。


『チャクラを全開にした人間の寿命は十年だ。知っているのか?』


 戦闘中にナギトに言われた言葉。

 ミグラも寿命それには薄々気付いていた。「力」は全て等価交換で、都合よく無尽蔵に引き出せるものではない。チャクラの鎧による攻撃力、防御力の増加は、寿命の前借りに過ぎないのだ。


 つまり、ミグラが現れて戦闘を行えば行うほど、カインの寿命も縮まっていく。


 ミグラは存在意義として殺人衝動を抱えているが、唯一カインの身の安否だけがその衝動を踏み止まらせる。カインを守ることが、それ以上にミグラの存在意義だから。

 ピンチの場面だけを切り取ったら、ミグラの存在はカインにとって必要だったろう。だが、寿命を削り、その手を血に染めさせる殺人鬼を、カイン自身がどう思うか。それだけが答えだ。


「ありがとうミグラ。俺、嬉しいよ。皆の役に立ててるなら」


 硝煙の中で、カインはそう言って屈託なく笑った。

 カインの本心からの答えだった。そして、ミグラにとっては予想外だった。


 動揺させると思っていた。

 自分の別人格が殺人鬼であり、寿命も縮まっているのなら。

 だがカインにとっては、別人格とはいえ自分が貢献できている喜びが勝るようだ。


 そうだ、カインはこういう人間だ。


 だから守ろうと思った。


『――カインには私や、皆んながいるじゃないですか。一人で抱え込まずに、皆んなで話せば、きっと大丈夫です。だってミグラ、あなたはいい人なんですから』


 ナギトの言葉以前に、ミグラがカインに打ち明けようと思った大きなきっかけの一つは、このセナの言葉だった。

 ミグラが自身のことを打ち明けたのはセナが初めてであり、そのセナから肯定的な意見を貰えたのは、ミグラの無意識下に大きな波紋を作り出した。


 そして実際、カインが前向きに受け止められたのは、セナや傭兵少年たち、皆の影響が大きかった。本人が言ったように、皆の役に立てているという事実が、動揺や不安に勝る絶対的な喜びとなっている。


 ミグラが安堵し、目を瞑ると――周囲の硝煙が、彼を隠すように大きく立ち込めていって。

 やがてその姿は、カインからは見えなくなってしまった。




「――という訳で、私カインとミグラは、好きなタイミングで入れ替わります! 平時は私で、戦闘時はミグラ、みたいに!」


 両手で作った拳を、嬉々としてセナの前に掲げながら、カインは説明を続ける。


 さっきまではセナの無事を確認して泣いていたのに、感情のジェットコースターがすごい。


「えっと、つまり、ミグラとは打ち解けられたんですね、カイン」


 確認するようにセナが問うと、カインは子どものように何度も頷いた。


「ミグラが出ている間はリスクもあるので、必要最小限の出番にしようと話しました。この状況でセナ王女のお力にもなりたいし、じゃあスイッチしかないかなって」


「そうなんですか。私はそれより、久しぶりにあなたと話せて嬉しいです、カイン」


「えぇ? いやいや、えへへ」


 朗らかに笑うセナと、照れ笑いをして頭をかくカイン。

 二人の様子を、ウルが不機嫌そうに見ていた。


「ほんとに、二重人格、だったんだね」


 やや刺々しい口調で、二人のやりとりに割って入る。


「君は――ロロ第四王子の、元刺客?」


「ウル、だよ。話は、なんとなく聞いてたけど。カイン、さん?」


「はい」


 カインは姿勢を正して返事をする。


「ここからは、遊びに行く訳じゃ、ないからね。ミグラ? にチェンジするまで、どれくらいかかる?」


「これくらい」


 一瞬で真意を読み取った「ミグラ」が、カインの精神と肉体をすぐさま乗っ取り――ウルの胸ぐらを掴んだ。

 ミグラは、カインのものとは思えない嗜虐的な笑みを浮かべている。


「ちょ、カイ――ミグラ! やめなさい!」


 セナが後ろから叱咤すると、振り返って舌を出したミグラはウルを離した。そして、その顔はすぐにふにゃりと脱力した。


「……はっ、今、入れ替わられてましたね」


 自分の顔を両手でサンドし、変顔になったカインが焦っている。

 どうやら、ウルが気にしていた、ミグラに移るまでの反射速度は申し分なさそうだ。


「ふん、じゃあ、いいよ。いざとなったら、僕も、守ってよね。もうただの人間、なんだから」


 ウルはぷいっとカインから目を逸らして、地下洞窟の入り口に向き直った。


「では改めて、行きましょう。――カイン、巻き込んでも良いんですか?」


「もちろん!」


 即答するカイン。

 ――セナは、チャクラを全開にすることによる寿命のリスクを知らない。知っていたら、例えカインの意志であっても止めているはずだ。


 三人が、テオルを助けるため、洞窟に入っていく。地獄の入り口と分かっていながら。

 生臭い空気の中を、僅かな傾斜で下へ下へと進んでいく。周囲は徐々に暗くなり、音すら消えていった。


 カインは、足元を慎重に確認しながら、顎に手を当てて考えを巡らせていた。この時カインが考えていたのは、自分やセナのことではなく――。


『チャクラを全開にした人間の寿命は十年だ』


(じゃあ、あの子も、きっと――)

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