Episode 1
盟には、特定の季節に、美しく咲く花がある。
それは桜。
舞い散る薄紅色の花弁は、国の美しさと豊かさを象徴するものとして、国旗にも描かれている。
そんな桜を存分に堪能できる、見事な花見の名所が二箇所あった。
一つは、盟の城下町「帰桜」の大通り。
そしてもう一つが、マギリアと盟の国境上にそびえ立つ、高い防壁の近く。防壁の内側、つまり盟の国土側には、何百本もの巨大な桜の木が植えられており、まるで敵国から盟を守るかのように、壮大に桜が咲き誇る。
そう確かに、花見にはうってつけの名所ではある。だが、二つ目の名所であるそこには、誰も近づこうとはしない。当然、そこが国境だからだ。
国境上のそびえる壁――それは、マギリアの王都を包む石造りの壁よりも更に大規模な、コンクリート造の防壁であった。
地平線の果てまで続くように見えるこの防壁を通れる箇所は、両国からの派遣兵が自身の国土側で監視を行う、ただ一つの関所からのみ。
関所以外からの防壁の突破を企てようものなら、すぐさま感知され、点在する兵士及び兵器に殺されてしまう。そんな噂が飛び交うほど、殺伐とした場所。
これでは、例え見事な桜並木があっても、誰も近づこうとはしない。
しかし、兵士や兵器による殺害の話は、あくまで噂話の領域。実態はセナやエン、テオルですら知らない――が、国境の防壁という性質上、全くの嘘ではない筈だ。
なので国民の間では、無闇に壁に近づく行為は、王の暗殺に並ぶほどの現実離れだという共通認識があり、誰も実行しようとしない。
だからこそ亡命など、有り得ない事態なのだ。防壁に触れず、誰にも見つからず、国境を渡ることなど、常人には全くもって「不可能」である。
そう、常人には。
だが例えば――この国の人智を超えたサイボーグや、チャクラを全開にした人間の身体能力ならば、どうなのだろう。
答えは、「可能」であった。
森の中での対話の日から、十日余り。
マギリアの広大な大地をひたすら進み、一行はようやく国境へと辿り着いていた。
そして今、一行の目の前には、咲き乱れる桜の木の数々が。
背後にそびえる無機質な防壁とは対照的な、命の脈動に溢れた光景だった。
一行の中の一人――この国の第一王子テオルが、数歩前へと出て、振り返る。
小さな風が、吹き抜けていく。
桜並木たちが、ざわざわと揺れ動いた。
木々の作るそんな音の中。
悲しそうに笑いながら、テオルは呟くように言った。
「ようこそ盟へ」
その言葉に合わせるように、一陣の風が吹き荒んだ。
傭兵少年、エン、セナ、カイン、ジャックを、壮大な桜吹雪が出迎える。
ここはもう、マギリアの隣国、そして敵国でもある、盟の国土。
この国の第一王子が、数年越しに戻ってきたのだ。
外海の魔女から、国を取り戻すため。
テオルの「国盗りごっこ」の本番が、幕を開ける。




