表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国盗りごっこ  作者: 山川 景
Chapter 1 [Escape]
2/57

Episode 1

「面白いことないかなぁ」


 王国の第二王子であるエンは、退屈を持て余しているようだった。

 机に向かっているものの、足をパタパタさせて、悪態をいている。


 自室で勉強中なのだが、どうにも性に合っていないらしい。


 その不服そうな視線の先には、先生役を買って出た付き人がいた。


「自習したいと仰られたのは、あなたです。エン王子。さあ、続けますよ」


 ため息混じりに、王子を諌める。


 「ひーん」という子犬のような悲鳴が、豪勢な王子の自室に響き渡った。


 まだ十二歳であるこの王子の名は、エンという。

 母親譲りの白髪に、まるで女の子のような可愛らしい見た目。しかし、年相応のやんちゃボーイではある。

 いや、それどころか、国一番のお騒がせ者である。


 対して、すらっと背の高い付き人は、落ち着いた大人の雰囲気を纏っていた。

 彼の名は、ラピッド。国の青い軍服に、長い金髪が映えて見える。

 長髪と華奢な体格のせいで、シルエットだけだと誤解されがちだが、男性である。

 

「あっ。ラピッド、そろそろ時間じゃないかなぁ?」


 嬉々として、エンが人差し指を立てる。

 時計を見やったラピッドも、はたと気づいたようだ。


「はい。王子が、私より先に気づくとは」


「へへん」


「単に、時間ばかり気にしておられたからでしょう?」


「ふえ」


 言葉の棘に突かれながらも、教材を閉じたエンは、いそいそと準備を始めた。


 待望の、自室からのお出かけの準備だ。


「さあ行こう! ほら、ほら、ほら!」


「はいはい。わかりましたよ」




 ここは、王国「マギリア」。

 その王都。


 見かけ上の平和が続いている現在では、王族に向けた出し物が断続的に開催されている。

 それほどの余裕があるということだ。




 王族区画と兵士区画の境界には、巨大なコロシアムがある。

 その上層には、王族関係者のみが立ち入りを許される、周囲から隔絶された眺望席が。強化ガラス越しではあるが、コロシアム全体をじっくり見下ろせる場所だ。


 今日コロシアムで行われるのは、傭兵同士の力比べだ。

 実態はというと、力比べという言葉をカムフラージュにした、単なる殺し合いなのだが。


 そして今回は、とある出場者の試行実験も兼ねている。


「ラピッドは、『彼』の戦いを見たんだよね」


 装飾が目立つ椅子に腰掛けたまま、エンは傍らのラピッドに問いかける。


「ええ。私が試験官の一人でしたから」


「どんな感じの人だったの?」


「そうですね。戦うために生を受けたと思うほど、凄まじい圧力をまとった少年でした」


「ほぉう」


「あとは、ご自身の目でお確かめください。じきに始まりますよ」


 客席にいる音楽隊が、喇叭ラッパの音を響かせる。


 コロシアム内の、柵型の扉が引き上がった。

 その扉の厳しさたるや、中から猛獣が出てくるのかと思うほどだ。


 扉の奥の薄暗がりから、古傷だらけの半裸の男が二名、入場してきた。

 一人は、片手に細身の剣。

 もう一人は同じく片手に弓を握り、背には矢筒が見える。


 そして、遅れてもう一人――それこそ猛獣のような巨漢が、気怠げに続いてきた。

 先の二人と同様に半裸で、丸太のように野太い両腕には、ぎらりと光る鋼鉄のグローブを装着している。


「彼らは『マギリア』の傭兵ですが、当時の戦渦せんかに当てられ、無用な暴力を繰り返した犯罪者です。戦場を生き抜いてきただけあり、実力は一級品なのがまた厄介ですね」


 実はこのラピッドという付き人、その目をほとんど開いていない。目が見えないのだ。

 しかし、状況はきちんと把握できているようである。


「元傭兵さん、か。とっても強そう」


 三人の男たちがコロシアムに入ると、喇叭ラッパが止む。

 直後、対面にあった違う扉が上がっていった。


「あっちが、『最後』の傭兵さんなの?」


「そうですね」


 扉の奥から、まだ体の小さな少年が、ゆっくり歩いてきた。エンと同じ歳ほどだろうか。

 黒髪、黒いタンクトップに、同じく黒い長ズボン。そして背には、ちゃんと使えるのかと心配になるほどの大きな剣を背負っていた。


 この少年、最近になって一部の王族や傭兵を騒がせている、噂の人物だった。


「――即戦力になる傭兵という人材に、この国も頼っていた時期がありました。しかし近頃は、戦火の落ち着きや代替技術により、傭兵はお役御免、という風潮だったのですが――」


「そこに、アウトローが一人、扉を叩いてきたんだね」


 ラピッドの解説を聞きながら、エンはじっと少年を見つめていた。


「はい。あの少年は、自身の戦闘力を見せつけるという簡潔な方法で、廃止されていた傭兵枠に転がり込んできた。それほどイレギュラーな力を示したということです。彼が、この国にとって最後の傭兵になるでしょう」


 「ふむ」とだけ唸って、相変わらず少年から目を離さないエン。

 よほど、彼に関心があるようだ。


 さて。

 それぞれの武器を携えた三人の男たちは、今回の「力比べ」の相手が少年だと知るや、揃って顔をしかめていた。


「はあ? ガキのおりのために駆り出されたのか? 安く見られたもんだ」


 弓矢の男は、語気を強めながら弓に刻まれた傷をなぞっている。


「まぁしかし、『相手をたおせば減刑』という約束を反故ほごにはするまい。あと何十人を相手取ればいいのかという話ではあるが」


 自虐的な物言いをする剣の男は、薄い笑いを浮かべている。


「どきな。俺が、秒でペシャンコにしてやる」


 すると、巨体の男が、他二人を押しのけて前に出てきた。


 傭兵少年は、無表情で、男たちを見つめ返している。


「いよいよです、王子」


 音楽隊が、銅鑼どらの音を大きく鳴り響かせる。

 「力比べ」開始の合図だ。


 その直後。


 背負っていた大剣を手に取った傭兵少年は、緩慢な動作でそれを振り上げると。

 大剣を、深く地面に刺してしまった。


「どういうつもりだい?」


 剣の男が、笑みを浮かべたまま問いかける。


「あなたたちを、殺すつもりはない」


 傭兵少年の答えは、すぐに返された。

 歳の割には低い、落ち着いた声だ。


 その言葉に、巨体の男の怒りが露わになる。


「向こう見ずのクソガキが! テメェがくたばるんだ!」


 どすどすと地響きすら伴い、巨体が、傭兵少年に突撃していく。


 そして、勢いをそのままに、鋼鉄のグローブをフルスイング。

 少年の体躯なら彼方まで吹き飛んでしまうであろう、どう考えてもオーバーキルの一撃だ。


 しかし。そうはならなかった。


 剛腕は、空を切る。


 瞬時にしゃがんで、視界から消えていた傭兵少年。

 流れるように巨体の懐に潜り込んだ彼は、無防備な顎に向けて、アッパーカットをお見舞いする。


 重く、鈍い音が響いた。


 白い粒のようなものが、いくつか飛散していた。アッパーカットを食らった男の、折れた歯のようだ。


 自身の歯と共に浮遊した巨体の男は、弧を描いて、傭兵少年の隣に落下する。

 既に白目を剥いており、動く気配は全くなかった。


 巨体の男が仕掛けてから、五秒ほどの間の出来事である。


 あり得ない光景を目の当たりにし、弓矢の男と剣の男は、二人して息を呑んでいた。


「おいおい、やべぇじゃねぇか。今回よ」


「そのようだな」


 ――その「力比べ」を見ていたエンは、思わず感嘆の声をあげている。


「すごい! あんなに体格差があったのに!」


「少年の身体には、秘密があるんです。もう少し見てみてください」


 戦況に対して、さもありなんといった様子のラピッドは、冷静にそう言っていた。


「――二人目」


 呟いた傭兵少年は、弓矢の男に目を向ける。


「俺かよ」


 弓矢の男が、矢を手に取ったと同時。

 傭兵少年は、疾風のように駆け出した。とんでもない初速だ。


 しかし、相対する弓矢の男とて、百戦錬磨。

 動作にコンマ一秒もかけず、一瞬で矢を射る。


 解き放たれた矢は、傭兵少年の眉間を、真っ直ぐ正確に打ち抜いた――かのように思えた。


 「がきん」と。

 金属音を伴い、矢は後方へと弾け飛ぶ。


「なっ――」


 確かな手応えと現実とのズレに動揺しつつも、弓矢の男は矢を放ち続けた。


 首、胸、ひざ、肩。


 だが、傭兵少年に確実に当たったはずの全ての矢が、弾かれて力なく落ちていく。


「どういうこった!?」


 焦る弓矢の男に接近した傭兵少年は、腹部へと掌底を叩き込んだ。


 またしても、男はその場に崩れ落ちる。


「何で? 矢が効かないなんて」


 エンは、今度は驚愕している様子。


「あの少年は、『チャクラ』を全開にできる体質らしいのです」


「チャクラ?」


「はい。いわゆる『』というものです。常人なら潜在能力の一パーセントも使えていないという『それ』を、彼は最大限に引き出せている。結果、肌は鋼鉄のように硬くなり、鬼のような筋力を発揮できる」


「すごい。そんなこと、あり得るんだ――」


「あと一人」


 傭兵少年の視線は、最後に残された、剣の男の方へ。


「ああ、わかったよ」


 静かに、きっさきを傭兵少年に向ける。


「手合わせを願う!」


 踏み込んだ剣の男は、織り交ぜたフェイントの狭間、空気を裂く突きを一閃。


 しかし、傭兵少年は剣の側面を交差させるように手のひらで挟むと、せん断力でへし折ってしまう。


 真剣白刃取り――どころではない。

 人としての限界を超えた芸当だ。


「はっ、純粋な力だけでなく、心技体、全てが最上。我々とは格が違うようだ」


 折られた剣を手放した男は、傭兵少年と目を合わせて、笑っていた。


「お褒めに預かり、光栄だ」


 剣の男に敬意を示した傭兵少年は、しかし、容赦なく掌底を放つ。

 先ほどの再現のように、腹部に衝撃を受けた剣の男も、また倒れ込んだ。


 「力比べ」は、傭兵少年の圧勝で幕を閉じた。


「まあ、実力は疑いようがないですね」


 満足そうに唸るラピッド。

 予想どおり、とでも言わんばかりだ。


 その時。

 おもむろに、エンは椅子から立ち上がった。


「――ラピッド、邪魔をしないでね」


 そう呟いた彼は、強化ガラスの窓の側まで、つかつかと歩いていくと。


「王子?」


 声をかけるラピッドに構わず、腹が膨れ上がるほど大きく息を吸い込んで――。


「そこの少年!!!」


 強化ガラスが軽く震えるほどの声量で、叫びを放った。


 声は、大剣を引き抜いていた傭兵少年に届いているようだ。コロシアムから、エンを見上げている。


「名を、なんという!!?」


 続けて、叫んだ。


 何故だか、エンは満面の笑みとなっていた。


 数秒間、真っ直ぐに視線を返すだけの傭兵少年だったが。

 やがて、応える。


「名は無い!! 勝手に呼べ!!」


 それは、無骨な答えだった。


 しかし。

 エンは、無性に嬉しくなっていた。


「なるほどねぇ。面白いなぁ」


 理由を、言語化まではできないが。


 この時、この場所でのエンは、ただ嬉しくて、仕方がなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ