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国盗りごっこ  作者: 山川 景
Chapter 2 [Give you a hand]
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Episode 5

 南の峠で、テオルは顔をしかめていた。

 自身の素性と状況を伝え、協力を仰いだエンの答えが「無理」だったからだ。


「だって、テオルの危険度が分からないもん」


「危険度って何だよ!」


 非難の声が、エンに注がれる。

 対エンに感じる熱量の差が、テオルの語気を荒げさせていた。


「例えばさ。今だって――断ったら、僕を殺して首を手土産に帰ろうとか考えてない?」


「んな訳ねぇだろうが!」


「本当にそう?」


 エンの視線が鋭くなる。

 そうすると、テオルの方も釣られていく。


「いや、まぁ、確かにな。断り方によるがな」


 歯切れこそ悪いが、テオルの声は一段と低くなった。それは交渉相手として、テオルが甘い人間ではないことを物語っている。


「ほら。付き人さんへの信頼は本当だろうけど、そんなテオルに、手放しで協力できるかって言われるとねぇ」


 その考えを聞いて、テオルが短く笑う。関心したかのような、恐れているかのような。


「あんたも大概ぶっちゃけるよな。それに、そこまで見透かされるとはねぇ。危険度はあんたの方が上だろ」


「なんでさ。君に襲いかかられたら、僕は勝てないよ」


「どーだかねぇ――」


 直後。


 血相を変えたテオルが、疾風のようにエンに飛びかかった。

 エンの口元を、テオルの手のひらが押さえ込む。


「むがっ! 勝てるかどうか試すの?」


「違う、誰かきてる」


 手を払いのけて話すエンを、今度はジェスチャーで黙らせるテオル。


 辺りは陽も沈んで、光源もなく暗い。

 このいただきへの登り道をじっと見るテオルは、くんくんと匂いを嗅いでいる。


「ヨーヘイでも、セナ王女でもない。――誰だ?」


 やがて、峠を登ってきた一人の青年に、二人の王子は目を凝らす。


 赤い外套を着た、黒髪の青年。

 ――サイボーグのジャックだ。


「こんばんは」


 朗らかに笑いかけてきたジャックは、歩調を緩めずに近づいてきていた。


 挨拶を返すはずもなく、ジャックを凝視しているテオル。


 そして。

 一瞬で間合いを詰めてきたジャックの凶刃が、テオルに振り下ろされる。


 しかし――テオルの反射神経とスピードが、初撃を空振りさせた。

 エンを抱きかかえ後ろへ跳び、テオルは距離を取る。


 エンも遅れて、敵襲を理解していた。


「どいつもこいつも、ガキのくせにやるねぇ」


 ジャックはにたりと笑い、刃を片方の手でなぞっている。

 狩りを楽しむ捕食者のようだ。


「おいおいおい、何だあれ。あんたの知り合いか、エン王子よ」


「あいつ、おじい様の追っ手だ」


 今度は、エンが説明する番だ。

 傭兵少年と同じくエンも、三日月状の刃を見てゼロを想起していた。


「おじい様って、ジョーカーか。随分なご挨拶だなホント」


「あの感じ、全身武器のサイボーグだよ。気をつけて」


「はあ? サイボーグ……。何に気をつけたらいいか、もっと教えてくれ」


「分かんない」


「だろうな……。まぁヤバい奴ってことは、びんびん伝わってくるな」


 すると、ジャックは笑い声を返した。

 それは最初に見せた朗らかな笑みではなく、捕食者の笑み。


「ヤバい奴なんて、人聞きが悪いなぁ」


 そう言って、肩をすくめている。


「あんたからは、すっげぇ血の匂いがするんだよ」


「何だって?」


 首を傾げるジャックに、テオルは人差し指を突きつける。


「一体、何人殺したらそうなるんだ? あんたの体に、べっとりとびれついてんだよ。血の匂いがさ」


 会話を聞きながら、経験の少ないエンでも――戦場へと変わっていく空気を、肌で感じ取っていた。


 比例して、テオルの目も鋭くなっていく。


 どうやらジャックは、テオルを消すつもりらしい。必要性はなさそうだが、口止めなのか、はたまた享楽か――。


「大した嗅覚だなぁ。そうか、『盟』の『人ならざる者』か」


 瞳を七色に光らせたジャックは、くく、と笑っている。


「――鉄臭いのは、血だけが原因じゃなさそうだ。サイボーグって、どんな体してんだ?」


 訊きながら、片手でポケットを探るテオル。

 暗器を選定しているのだろうか。


 ジャックは無遠慮に、テオルとエンに踏み出してきていた。


「知りたいなら、よく見てな。一瞬かもしれないが」


 殺意を纏って飛んでくるジャックを前に、テオルは片手でエンを押しのけた。


 ジャックは視線を一瞬だけエンに移すが、すぐにテオルに戻す。

 その流れを、テオルは確認していた。


(やっぱり狙うのは俺か。戦闘、避けらんねぇか!)


 三日月状の刃が振るわれる寸前、テオルは前に入り、腕ごとジャックの攻撃を止める。


「甘いな」


 呟いたジャックの背から、「何か」が高速で伸びてきた。

 予想外の攻撃に目を見開いたテオルは、咄嗟に飛び下がって距離を取る。


「初見でこれを躱すとは、天晴れ」


 ぱちぱちと、ジャックはわざとらしく拍手している。

 背後には、ぎらりと月明かりを反射しながら、自在に動く「何か」が。


「それがサイボーグの機能か」


 テオルを襲ったのは、ジャックの背中から生えた、先端に刃が付いた鉄線。

 体の一部のようなその攻撃手段は、かつてゼロが見せたものと同じ。


「『かい』だ。腕が一本増えたと思いな」


 その「械の尾」とやらを、空中で自由自在に踊らせている。


「一本だけじゃないんだろ、どうせ」


 現実離れした光景を前にしても、テオルは冷静だ。

 傭兵少年に通じるものがある。


「正解だよ。そちらの白髪の少年を置いて逃げてくれれば、これ以上増やさないで済むんだが――」


 そこまで言って、ジャックの視線が、再びエンへと移った。

 エンが、抜刀したからだ。


 手に持っているのは、テオルが峠に置いていた、盗品の一振り。


「バカな真似は止めてください。そう殺気立たれると、狙わざるを得ない」


 辛うじて敬意は含まれている物言いだが、ジャックは見下すように笑っている。


「狙ってくれていいよ。二対一でしょ?」


「おい、あ――」


 テオルの言葉を、エンは「大丈夫」と遮った。


 ただの考えなしや蛮勇ではない。

 エンにも手段があるようだ。


「遊びじゃないですよ」


 警告のように、ジャックは手の刃をかざす。


「わかってる」


 エンの即答に観念したジャックは、ため息を吐いた。


「まさか、無傷のまま連れ去られると思い込んでらっしゃいますか?」


 視線だけでなく、体をエンに正対させる。


「逆に聞くけど、僕を連れ去れると思ってるの?」


「……ははっ、良いでしょう」


 堪忍袋の緒が切れたジャックが、動く。

 脅しではなく、本気でエンを斬り刻むために。


 テオルの足が、フォローに動くが。

 すぐに、不要だと諭されることになった。


 ――数瞬後、エンの姿は、霧のように掻き消えた。

 同時に、ジャックは全身を斬り刻まれる。


「何――?」


 振り返るジャック。

 サイボーグの殺意をすり抜け、斬撃を浴びせたエンが、そこにいた。


(何だ、今の動きは)


 離れていたテオルにも、エンの姿は一瞬だけ消えて見えた。


「硬いね。この剣じゃ、ほとんど斬れない」


 刃こぼれした剣を、エンは不服そうになぞっている。


 言葉どおり、ジャックにダメージはほとんど無い。

 しかし、サイボーグの目でも捉えきれないエンの動きを、ジャックは警戒視したようだ。


 瞳が、人工的な七色に光っている。


 その立ち姿と剣術が、とある男のデータと一致していた。


「ラピッドめ。潜伏中に、余計な手ほどきを――」


 エンの技術は、ラピッドから教わったものだ。

 国一番の剣士と謳われていたラピッド。彼が惜しみなく技を伝承したとすれば、弱い筈がない。


「ほぉー! やるなぁ!」


 いつの間にかエンの側に移動したテオルが、感嘆を漏らす。


「でも、この剣じゃ止められない。流石はサイボーグだね」


「まぁ、サイボーグならロボットと違って、元は人間なんだろ? なら弱点はあるはずだぜ」


 その手に、暗器を忍ばせる。


「ねぇ、換えの剣ある? できれば切れ味いいやつ」


「そこら辺のを適当に拾え。切れ味は知らん」


「大雑把だなぁ」


 二人がやり取りを続ける間に、首を鳴らし、ジャックは表情を変えていた。


「調子に乗んな、ガキども」


 サイボーグの体から、不快な金属音が発された。

 その音量は、空気の振動が可視化できるほど。


「ぎっ!」「うっ!」


 耳を塞いだテオルとエンは、それでも自由を奪われ、その場に崩れ落ちる。

 金属音は脳を揺らし、意識を壊す。

 立つことすら、ままならない。


「なめんな。お前らを殺すすべは、百ほどある」


 プライドを傷つけられたのか、ジャックは静かな怒りを露わにしていた。


 身動きを封じられた二人に、凶刃が迫る。

 ゆらめく「械の尾」の先端が、テオルに向かって固定された。


「部外者は退場しろ」


 「械の尾」が、テオルに射られる。


 躱せない――筈だった。


 しかし、行動不能の「ふり」をしていたテオルは、「械の尾」を悠々と回避する。

 そして、戻されるより早く「械の尾」の横をすり抜け、ジャック本体に急接近して前蹴りを放った。


 蹴りは、三日月状の刃の側面によってガードされたが、金属音は停止した。


「小僧、動けるのか――」


「なめんなよサイボーグ。こっちは十二年も王子やってんだ。生き抜く術は、千ほど持ってる」


 テオルの足ごと、ジャックが腕を振り払う。

 反動を利用して、テオルは三度みたび距離を取った。


「――王子だと?」


 ぎゅっと細まったジャックの目は、七色に輝いている。

 また、蓄積されたデータを検索しているようだ。


「そうか。お前、『盟』の第一王子テオルか」


「やべ、バレた」


 大して深刻そうでもなく、舌を出すテオル。


「こんなところで敵国の人質が手に入るとは。ジョーカー様がお喜びになる」


 天を仰いで両手を広げたジャックは、殺意を剥き出しにしてきた。袖から飛び出た刃を、両腕に纏わせる。


「俺に、人質の価値はねぇよ」


「確かめてみよう」


 サイボーグの重量ある一歩が、踏み出された時――。


「待て!!」


 声が轟いた。

 聞き覚えのある声色だ。


 息を切らせ、傭兵少年がここへ登ってきていた。


「ヨーヘイ」


「付き人さん」


 彼を視認したテオルとエンの、呟きが重なる。 

 対して、接近を止めたジャックは何故か、無反応だ。


 お目当てのエン王子の姿を確かめ、傭兵少年が駆け寄ってくる。


「大丈夫か!?」


 心配した様子の傭兵少年が、エンとテオルの間近まで駆けてきた――直後。


 テオルは回し蹴りを、エンは剣の一閃を、同時に放った。

 傭兵少年に向けて。


 咄嗟に跳躍され、攻撃は空を切る。


 ジャックのすぐ側に、傭兵少年が降り立った。


「何故、分かった?」


 ゆっくりと二人に向き直った彼は、らしからぬ笑みを浮かべる。


「――私が偽物だと」


 バルが、傭兵少年に化けていたのだ。


「匂いが違う」


「僕は勘かな」


 テオル、エンが、それぞれ答える。


「ふ、一筋縄ではいかんか」


 傭兵少年のまま、不気味に嗤うバル。

 声まで、本人そのものだ。


「てか、誰だお前は。地獄みてぇな匂いしやがって。血を練り込んだスクラップでも纏ってんのか」


「そういう君こそ、誰かな?」


「――『盟』の、テオル第一王子です」


 ジャックが補完する。

 呼応して、傭兵少年の顔が更に歪んだ。


「おお、何という幸運。逢えて嬉しいよ」


 そしてバルの姿は、次第に崩れ、輪郭を失っていき――傭兵少年だった外郭は剥がれ、本来の見た目へと変貌を遂げる。黒いボロ切れのような外套を着た、大男の姿に。

 のっぺらぼうの顔に――いや、目の前で起こったこと全てに、テオルは驚きを隠せない。


「なんっ、だ、そりゃあ。おいエン王子、あの化け物もジョーカーの追っ手か? それとも都市伝説の怪異か?」


「いや、あんな奴は初めて見るし、聞いたこともないや」


 好奇心より、警戒心が勝ったのだろう。流石のエンも顔をしかめている。


『面白そうだ。ジャック、二人の王子は譲れ。お前は、あちらの相手をしなさい』


 バルが指差した先に――またしても、来訪者が。

 息を切らせた、セナとカインだ。


 偽の傭兵少年の命令によって、馬に乗って駆けつけたのだ。


「のっぺらぼう、何故、先にここへ――」


「エン、大丈夫なのですか!?」


 カインはバルの姿に驚き、セナはエンの安否を心配している。

 二人は本物のようだ。


「まずいな」


 テオルが二人の元へ移動しようとするも、バルの巨体が被さるように立ち塞がる。

 そうしている間にも、ジャックが二人へと歩み寄っていった。


「うわ、わ! く、来るんじゃない!」


 抜刀したカインは、セナを守るように剣を構える。

 しかし、へっぴり腰のその格好にはことごとく圧力がない。

 「雑魚が」とジャックは呟き、歩調を緩めず迫っていく。


 そちらに顔を向けていたバルに、急接近したエンが剣を突き立てた。バルの腹部に、深々と剣が刺さる。


 その隙に、テオルが高速ですり抜けようと試みるも――バルの横っ腹から飛び出た無数の三日月状の刃が、またもテオルの行手を阻む。


「何じゃそりゃあ! 何でもアリかよ、てめぇ!」


 テオルの舌打ちと同時、突き刺したエンの剣は、手を離れてバルの体に取り込まれていった。ずぶずぶと、底なし沼のようだ。

 しかもバルには、ダメージが入ってなさそうだ。


「何でもアリなんだね」


 エンも同じセリフを口にする。


「おい、逃げろ!!」


 テオルの叫びが、カインとセナに届いた瞬間、獲物を逃すまいとサイボーグが跳躍する。


 ――だが、殺意は寸前で、伸びてきた足に蹴り飛ばされた。


「ちっ、お前か――」


 今度は、ジャックに舌打ちの順が回ってくる。


「すみません、遅れました」


 駆けつけた最後の来訪者、本物の傭兵少年を嫌悪するようにして。

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