Episode 5
南の峠で、テオルは顔をしかめていた。
自身の素性と状況を伝え、協力を仰いだエンの答えが「無理」だったからだ。
「だって、テオルの危険度が分からないもん」
「危険度って何だよ!」
非難の声が、エンに注がれる。
対エンに感じる熱量の差が、テオルの語気を荒げさせていた。
「例えばさ。今だって――断ったら、僕を殺して首を手土産に帰ろうとか考えてない?」
「んな訳ねぇだろうが!」
「本当にそう?」
エンの視線が鋭くなる。
そうすると、テオルの方も釣られていく。
「いや、まぁ、確かにな。断り方によるがな」
歯切れこそ悪いが、テオルの声は一段と低くなった。それは交渉相手として、テオルが甘い人間ではないことを物語っている。
「ほら。付き人さんへの信頼は本当だろうけど、そんなテオルに、手放しで協力できるかって言われるとねぇ」
その考えを聞いて、テオルが短く笑う。関心したかのような、恐れているかのような。
「あんたも大概ぶっちゃけるよな。それに、そこまで見透かされるとはねぇ。危険度はあんたの方が上だろ」
「なんでさ。君に襲いかかられたら、僕は勝てないよ」
「どーだかねぇ――」
直後。
血相を変えたテオルが、疾風のようにエンに飛びかかった。
エンの口元を、テオルの手のひらが押さえ込む。
「むがっ! 勝てるかどうか試すの?」
「違う、誰かきてる」
手を払いのけて話すエンを、今度はジェスチャーで黙らせるテオル。
辺りは陽も沈んで、光源もなく暗い。
この頂への登り道をじっと見るテオルは、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「ヨーヘイでも、セナ王女でもない。――誰だ?」
やがて、峠を登ってきた一人の青年に、二人の王子は目を凝らす。
赤い外套を着た、黒髪の青年。
――サイボーグのジャックだ。
「こんばんは」
朗らかに笑いかけてきたジャックは、歩調を緩めずに近づいてきていた。
挨拶を返すはずもなく、ジャックを凝視しているテオル。
そして。
一瞬で間合いを詰めてきたジャックの凶刃が、テオルに振り下ろされる。
しかし――テオルの反射神経とスピードが、初撃を空振りさせた。
エンを抱きかかえ後ろへ跳び、テオルは距離を取る。
エンも遅れて、敵襲を理解していた。
「どいつもこいつも、ガキのくせにやるねぇ」
ジャックはにたりと笑い、刃を片方の手でなぞっている。
狩りを楽しむ捕食者のようだ。
「おいおいおい、何だあれ。あんたの知り合いか、エン王子よ」
「あいつ、おじい様の追っ手だ」
今度は、エンが説明する番だ。
傭兵少年と同じくエンも、三日月状の刃を見てゼロを想起していた。
「おじい様って、ジョーカーか。随分なご挨拶だなホント」
「あの感じ、全身武器のサイボーグだよ。気をつけて」
「はあ? サイボーグ……。何に気をつけたらいいか、もっと教えてくれ」
「分かんない」
「だろうな……。まぁヤバい奴ってことは、びんびん伝わってくるな」
すると、ジャックは笑い声を返した。
それは最初に見せた朗らかな笑みではなく、捕食者の笑み。
「ヤバい奴なんて、人聞きが悪いなぁ」
そう言って、肩をすくめている。
「あんたからは、すっげぇ血の匂いがするんだよ」
「何だって?」
首を傾げるジャックに、テオルは人差し指を突きつける。
「一体、何人殺したらそうなるんだ? あんたの体に、べっとりと媚びれついてんだよ。血の匂いがさ」
会話を聞きながら、経験の少ないエンでも――戦場へと変わっていく空気を、肌で感じ取っていた。
比例して、テオルの目も鋭くなっていく。
どうやらジャックは、テオルを消すつもりらしい。必要性はなさそうだが、口止めなのか、はたまた享楽か――。
「大した嗅覚だなぁ。そうか、『盟』の『人ならざる者』か」
瞳を七色に光らせたジャックは、くく、と笑っている。
「――鉄臭いのは、血だけが原因じゃなさそうだ。サイボーグって、どんな体してんだ?」
訊きながら、片手でポケットを探るテオル。
暗器を選定しているのだろうか。
ジャックは無遠慮に、テオルとエンに踏み出してきていた。
「知りたいなら、よく見てな。一瞬かもしれないが」
殺意を纏って飛んでくるジャックを前に、テオルは片手でエンを押しのけた。
ジャックは視線を一瞬だけエンに移すが、すぐにテオルに戻す。
その流れを、テオルは確認していた。
(やっぱり狙うのは俺か。戦闘、避けらんねぇか!)
三日月状の刃が振るわれる寸前、テオルは前に入り、腕ごとジャックの攻撃を止める。
「甘いな」
呟いたジャックの背から、「何か」が高速で伸びてきた。
予想外の攻撃に目を見開いたテオルは、咄嗟に飛び下がって距離を取る。
「初見でこれを躱すとは、天晴れ」
ぱちぱちと、ジャックは態とらしく拍手している。
背後には、ぎらりと月明かりを反射しながら、自在に動く「何か」が。
「それがサイボーグの機能か」
テオルを襲ったのは、ジャックの背中から生えた、先端に刃が付いた鉄線。
体の一部のようなその攻撃手段は、かつてゼロが見せたものと同じ。
「『械の尾』だ。腕が一本増えたと思いな」
その「械の尾」とやらを、空中で自由自在に踊らせている。
「一本だけじゃないんだろ、どうせ」
現実離れした光景を前にしても、テオルは冷静だ。
傭兵少年に通じるものがある。
「正解だよ。そちらの白髪の少年を置いて逃げてくれれば、これ以上増やさないで済むんだが――」
そこまで言って、ジャックの視線が、再びエンへと移った。
エンが、抜刀したからだ。
手に持っているのは、テオルが峠に置いていた、盗品の一振り。
「バカな真似は止めてください。そう殺気立たれると、狙わざるを得ない」
辛うじて敬意は含まれている物言いだが、ジャックは見下すように笑っている。
「狙ってくれていいよ。二対一でしょ?」
「おい、あ――」
テオルの言葉を、エンは「大丈夫」と遮った。
ただの考えなしや蛮勇ではない。
エンにも手段があるようだ。
「遊びじゃないですよ」
警告のように、ジャックは手の刃をかざす。
「わかってる」
エンの即答に観念したジャックは、ため息を吐いた。
「まさか、無傷のまま連れ去られると思い込んでらっしゃいますか?」
視線だけでなく、体をエンに正対させる。
「逆に聞くけど、僕を連れ去れると思ってるの?」
「……ははっ、良いでしょう」
堪忍袋の緒が切れたジャックが、動く。
脅しではなく、本気でエンを斬り刻むために。
テオルの足が、フォローに動くが。
すぐに、不要だと諭されることになった。
――数瞬後、エンの姿は、霧のように掻き消えた。
同時に、ジャックは全身を斬り刻まれる。
「何――?」
振り返るジャック。
サイボーグの殺意をすり抜け、斬撃を浴びせたエンが、そこにいた。
(何だ、今の動きは)
離れていたテオルにも、エンの姿は一瞬だけ消えて見えた。
「硬いね。この剣じゃ、ほとんど斬れない」
刃こぼれした剣を、エンは不服そうになぞっている。
言葉どおり、ジャックにダメージはほとんど無い。
しかし、サイボーグの目でも捉えきれないエンの動きを、ジャックは警戒視したようだ。
瞳が、人工的な七色に光っている。
その立ち姿と剣術が、とある男のデータと一致していた。
「ラピッドめ。潜伏中に、余計な手ほどきを――」
エンの技術は、ラピッドから教わったものだ。
国一番の剣士と謳われていたラピッド。彼が惜しみなく技を伝承したとすれば、弱い筈がない。
「ほぉー! やるなぁ!」
いつの間にかエンの側に移動したテオルが、感嘆を漏らす。
「でも、この剣じゃ止められない。流石はサイボーグだね」
「まぁ、サイボーグならロボットと違って、元は人間なんだろ? なら弱点はあるはずだぜ」
その手に、暗器を忍ばせる。
「ねぇ、換えの剣ある? できれば切れ味いいやつ」
「そこら辺のを適当に拾え。切れ味は知らん」
「大雑把だなぁ」
二人がやり取りを続ける間に、首を鳴らし、ジャックは表情を変えていた。
「調子に乗んな、ガキども」
サイボーグの体から、不快な金属音が発された。
その音量は、空気の振動が可視化できるほど。
「ぎっ!」「うっ!」
耳を塞いだテオルとエンは、それでも自由を奪われ、その場に崩れ落ちる。
金属音は脳を揺らし、意識を壊す。
立つことすら、ままならない。
「なめんな。お前らを殺す術は、百ほどある」
プライドを傷つけられたのか、ジャックは静かな怒りを露わにしていた。
身動きを封じられた二人に、凶刃が迫る。
ゆらめく「械の尾」の先端が、テオルに向かって固定された。
「部外者は退場しろ」
「械の尾」が、テオルに射られる。
躱せない――筈だった。
しかし、行動不能の「ふり」をしていたテオルは、「械の尾」を悠々と回避する。
そして、戻されるより早く「械の尾」の横をすり抜け、ジャック本体に急接近して前蹴りを放った。
蹴りは、三日月状の刃の側面によってガードされたが、金属音は停止した。
「小僧、動けるのか――」
「なめんなよサイボーグ。こっちは十二年も王子やってんだ。生き抜く術は、千ほど持ってる」
テオルの足ごと、ジャックが腕を振り払う。
反動を利用して、テオルは三度距離を取った。
「――王子だと?」
ぎゅっと細まったジャックの目は、七色に輝いている。
また、蓄積されたデータを検索しているようだ。
「そうか。お前、『盟』の第一王子テオルか」
「やべ、バレた」
大して深刻そうでもなく、舌を出すテオル。
「こんなところで敵国の人質が手に入るとは。ジョーカー様がお喜びになる」
天を仰いで両手を広げたジャックは、殺意を剥き出しにしてきた。袖から飛び出た刃を、両腕に纏わせる。
「俺に、人質の価値はねぇよ」
「確かめてみよう」
サイボーグの重量ある一歩が、踏み出された時――。
「待て!!」
声が轟いた。
聞き覚えのある声色だ。
息を切らせ、傭兵少年がここへ登ってきていた。
「ヨーヘイ」
「付き人さん」
彼を視認したテオルとエンの、呟きが重なる。
対して、接近を止めたジャックは何故か、無反応だ。
お目当てのエン王子の姿を確かめ、傭兵少年が駆け寄ってくる。
「大丈夫か!?」
心配した様子の傭兵少年が、エンとテオルの間近まで駆けてきた――直後。
テオルは回し蹴りを、エンは剣の一閃を、同時に放った。
傭兵少年に向けて。
咄嗟に跳躍され、攻撃は空を切る。
ジャックのすぐ側に、傭兵少年が降り立った。
「何故、分かった?」
ゆっくりと二人に向き直った彼は、らしからぬ笑みを浮かべる。
「――私が偽物だと」
バルが、傭兵少年に化けていたのだ。
「匂いが違う」
「僕は勘かな」
テオル、エンが、それぞれ答える。
「ふ、一筋縄ではいかんか」
傭兵少年のまま、不気味に嗤うバル。
声まで、本人そのものだ。
「てか、誰だお前は。地獄みてぇな匂いしやがって。血を練り込んだスクラップでも纏ってんのか」
「そういう君こそ、誰かな?」
「――『盟』の、テオル第一王子です」
ジャックが補完する。
呼応して、傭兵少年の顔が更に歪んだ。
「おお、何という幸運。逢えて嬉しいよ」
そしてバルの姿は、次第に崩れ、輪郭を失っていき――傭兵少年だった外郭は剥がれ、本来の見た目へと変貌を遂げる。黒いボロ切れのような外套を着た、大男の姿に。
のっぺらぼうの顔に――いや、目の前で起こったこと全てに、テオルは驚きを隠せない。
「なんっ、だ、そりゃあ。おいエン王子、あの化け物もジョーカーの追っ手か? それとも都市伝説の怪異か?」
「いや、あんな奴は初めて見るし、聞いたこともないや」
好奇心より、警戒心が勝ったのだろう。流石のエンも顔をしかめている。
『面白そうだ。ジャック、二人の王子は譲れ。お前は、あちらの相手をしなさい』
バルが指差した先に――またしても、来訪者が。
息を切らせた、セナとカインだ。
偽の傭兵少年の命令によって、馬に乗って駆けつけたのだ。
「のっぺらぼう、何故、先にここへ――」
「エン、大丈夫なのですか!?」
カインはバルの姿に驚き、セナはエンの安否を心配している。
二人は本物のようだ。
「まずいな」
テオルが二人の元へ移動しようとするも、バルの巨体が被さるように立ち塞がる。
そうしている間にも、ジャックが二人へと歩み寄っていった。
「うわ、わ! く、来るんじゃない!」
抜刀したカインは、セナを守るように剣を構える。
しかし、へっぴり腰のその格好には悉く圧力がない。
「雑魚が」とジャックは呟き、歩調を緩めず迫っていく。
そちらに顔を向けていたバルに、急接近したエンが剣を突き立てた。バルの腹部に、深々と剣が刺さる。
その隙に、テオルが高速ですり抜けようと試みるも――バルの横っ腹から飛び出た無数の三日月状の刃が、またもテオルの行手を阻む。
「何じゃそりゃあ! 何でもアリかよ、てめぇ!」
テオルの舌打ちと同時、突き刺したエンの剣は、手を離れてバルの体に取り込まれていった。ずぶずぶと、底なし沼のようだ。
しかもバルには、ダメージが入ってなさそうだ。
「何でもアリなんだね」
エンも同じセリフを口にする。
「おい、逃げろ!!」
テオルの叫びが、カインとセナに届いた瞬間、獲物を逃すまいとサイボーグが跳躍する。
――だが、殺意は寸前で、伸びてきた足に蹴り飛ばされた。
「ちっ、お前か――」
今度は、ジャックに舌打ちの順が回ってくる。
「すみません、遅れました」
駆けつけた最後の来訪者、本物の傭兵少年を嫌悪するようにして。




