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国盗りごっこ  作者: 山川 景
Chapter 2 [Give you a hand]
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Episode 3

 村の側で。


 セナとエンは、木陰に身を寄せて座っていた。


「んー、遅いですねぇ」


 腕を組んで村を眺めながら、カインは体を左右に振っている。不安を和らげる行動だろうか。


「心配?」


 エンが首を傾けながら訊くと、びくりと体の跳ねたカインはすぐさまに振り返った。


 倍ほど歳は離れているが、王子であるエンに、ただの衛兵であるカインは緊張を隠せない。


「そ、そりゃあまぁ心配、ですとも!」


「それは、付き人さんのことが? それとも、カイン自身のことが?」


 さらりと放たれたその発言に、姉であるセナが驚愕した。

 カインは、ぽかんとしているが。


「エン、今失礼なことを言わなかった!?」


 すぐさま、セナに髪の毛をもみくちゃにされるエン。

 それでも、エンの言葉は続く。


「ねぇ、もし僕らに危険が迫ってきたら、迷わず逃げていいからね」


「えっ」


 言葉の真意を、カインは計りかねていた。


「だって、僕とお姉さまじゃ、カインを守りきれないかもしれないから」


 そこまで聞いて、ようやく理解が追いつく。

 今度はセナの方が、ぽかんとしていた。


 一方で、カインは打ちのめされる。


「王子」


 守るのは、俺の役目。

 なのに。


 惨めに満たされたカインの口からは、言いたいことの断片しか出ない。


「それって、つまり」


 俺が、足手まといだと、言うことですか――。




 ――その時。


 カインは、自分と違うところにピントを合わせているエンの視線に気付き、ばっと振り返る。


 金髪の少年が、こちらに向かって歩いてきていた。


「子供?」


 見たところ、ククル王子と同じほど――十二歳ほどの少年。


 にも関わらず、カインは腰の剣に手を添えた。


 理由は明白。

 金髪の少年は十中八九、傭兵少年とすれ違っている。そんな彼の服に、血がべっとりと付いていたから。


 金髪の少年――テオルは、会話できる距離まで近づいて、足を止めた。


「こんにちは。ちょっと話があるんだけどさ」


 笑顔になって、テオルが切り出してきた。


「君は、誰かな?」


 険しい顔つきで、カインが問う。

 「俺の名はテオル」と応えるも、カインには見向きもしていなかった。


「しかしなぁ。ククル王子がいるかと思ってたけど。その白髪、セナ王女とエン王子か」


 その発言で、場の空気が一気に張りつめる。


「何故、そんなことを知っている!?」


 動揺を体いっぱいで表現するカインと対照的に、エンは冷静に質問を投げかけた。


「大きな剣の男の子に会った?」


 テオルは優しい笑顔になって、エンと視線を合わせる。


「会ったけど、村でお寝んね中だ」


 セナの口から「えっ」と声が漏れた。


「本当? だとしたら、大変な目に合っちゃうかもよ」


「違いない。だから奴が起きる前に、用件を済ませたい」


 テオルから笑顔が消える。


「セナ第一王女、エン第二王子。どちらかで良い。話をしたいから、俺と一緒に来てくれ」


「何だって!?」


 血相を変えたカインが、余裕のない大声を張り上げる。

 エンの目が、鋭く、細くなっていく。


「何言っとるんだ君は!? 子どもだからって、見逃せないですよ!」


 何故か敬語になっているカインが、剣のをがっちり掴んだまま、じりじりとテオルに近づく。

 しかし。


「ごめん。あんたと戦う気はない」


 テオルが片手の掌を向けると、カインの動きが止まった。

 いや、止めさせられた。


(な、何だ、これは?)


 目に見えない圧力が、それ以上テオルに近づくことを許さなかった。


「どうする? 俺と来るのはどちらにする? 『マギリア』の王族さん」


 次第に、テオルの瞳には冷たい光が宿っていった。


「あと五秒で、返答してほしい」


 その瞳は、セナとエンを交互に映し出している。


 そして。


「僕が行く」


 そう言ったのは、エンだった。




「――セナ王女、エン王子!!」


 数十分ほどが経過した頃。

 ようやく、傭兵少年が矢のような速さで疾走してきた。


「付き人殿ー!」


 木陰にて、抜いた剣を構え、へっぴり腰でセナを守っていたカイン。

 悲痛な声をあげて、彼が傭兵少年の帰還を歓迎した。


「衛兵! 王子は!? エン王子がいない!」


 エンの姿がないことを認識し、傭兵少年はカインに凄まじい剣幕で詰め寄った。


「ご、ごめんなさい、わ、私が情けないばかりに、お、王子が、王子が――」


「エンが連れ去られました!」


 歯切れの悪いカインの説明を、セナが補う。

 そして傭兵少年の両肩を、セナがこれ以上ないほどにぎゅっと握った。

 セナは、涙を浮かべていた。自身の無力を痛感しているのだろうか。


「――テオルという、金髪の少年に!」


 言葉の続きを聞いて、怒りに身を震わせる傭兵少年。その怒気に、辺りの空気が震えているようにさえ感じる。


「彼は去り際に、『南の峠で待つ』と言っていました! おそらく、あなたへのメッセージです!」


 涙が、こぼれ落ちている。


 テオルに対して「私が行きます」と強く言葉を挟んだセナだったが、有無を言わさず前へ出たエンが選ばれてしまった。

 メッセージと共に、テオルは一瞬で姿を消してしまった。

 エンの方をさらって、だ。


 セナの感じた無念たるや、計り知れない。


「すみません、移動は危険だと判断して、あなたが戻るまで王女を無理に引きとめて――」


「分かってる、そんなことはいい」


 カインの言葉を、傭兵少年が切った。


「奴は、約束を破らない。メッセージを信用するしかない。行こう、南の峠へ――」




 ――宣言どおり。

 村から南に位置する峠に、テオルはエンを連れてきていた。


 テオルは峠と呼ぶが、岩山という表現がより近い。

 低山登山用のような螺旋状の道はあるが、一度その道を外れれば、剥き出しの鋭利な岩が「ここは違う」と拒絶する。

 道に従い登っていけば、テオルたちのいる平たいいただきに辿り着く。標高は六十メートルほどだろうか。

 そんな場所だ。


「おーけー。それで、話って何?」


 距離を置いて、エンとテオルが向かい合っている。


 一方的に連れ去られたのに、エンからは恐怖や動揺が感じられない。


 テオルの方も、ホームグラウンドに引き込んだからか、纏う雰囲気が少し柔らかくなったような気がする。


「悪かったな、いきなり連行しちゃって」


 本気の謝罪をしている顔だ。

 エンは首を横に振る。


「いいよ」


「じゃあ、ちゃんと自己紹介をしないとな」


 そこで、テオルは一度、深呼吸をする。

 何らかの覚悟を決めるかのように。


「――俺の名前は、テオル・オウカ」


 名乗られたその響きで、エンの目が見開かれた。


「『オウカ』だって?」


 その聞き返しに、少し悲しそうな笑みを浮かべ、テオルは頷く。


「ああ。俺は、あんたたち『マギリア』の敵国『盟』の、第一王子さ」


 びゅう。

 一陣の風が、二人の体を揺らした。


「『盟』の第一王子? 君が?」


 既に沈みかけている夕陽が、二人を紅く照らしている。

 そのせいで、テオルの顔半分を影が覆っていた。テオルから見て、エンもそうだろう。


「ああ。俺のこと知ってるか?」


「うーん、噂でね。『盟』にも、僕と同じようなやんちゃ王子がいるって」


「褒め言葉に変換しておく」


 少し笑ったテオルだったが、笑顔は一瞬で消えた。


 数秒の間が空く。


「僕が、憎いかい?」


 エンが問いかけると、テオルは真っ直ぐエンを見つめる。


「あぁ、憎いよ。『マギリア』の第二王子さんよ」


 テオルの瞳に冷たい光が宿り、同時にすさまじい圧力がエンを襲う。

 だが、エンは全く動じる素振りを見せない。


「僕だって、同じ気持ちだよ」


 対抗して、エンも視線でテオルを威圧する。

 強靭、そして冷徹。――「誰か」との血の繋がりを思わせるような、そんな視線。


 しかし、エンはすぐに空気を緩ませる。


「うそだよ」


 挑発するように舌を出して、そう伝えた。

 一瞬だけ呆然としたテオルだが、その内に大声で笑い始めた。


「面白いなぁ、俺だって嘘だよ。分かってただろうけどな。別にお前には恨みねぇよ」


「鎌をかけたんだ?」


「先手はそっちだろ」


「そうだったね」


 テオルは、気を許すようにどかっと座った。

 合わせてエンも、同じようにして腰を下ろす。


 話は続く。


「で、次は、俺の目的についてだが」


「うん」


「簡潔に言うと、手を組みたいと思ってる」


「うん?」


 首を傾げるエン。


「詳しく話すよ」


「うん。他の脅威があるんだね?」


「ああ。少し長話になるが、いいか?」


 頬杖をついてラフに訊いてきたので、エンは頷きを返す。

 テオルは、ゆっくりと語り始めた。


「四年くらい前、俺が八つの時だ。見知らぬ女が城にやってきた。『外海げかい』から来た、と言ったそいつは、城の様子を変えていった。良くない方にな」


「外海」


 エンがその言葉を繰り返す。


「『盟』の内部には、一部だけ妙な集団がある。女はその集団と癒着ゆちゃくして、影響力を増していった。続けて、一番下の弟――第四王子の派閥までも手中にして、国政にも干渉しだした」


 テオルは、そこで言葉を切って、大きく息を吐いた。


「そんで、ある日の夜に、いつもみたいに城を散歩してたときだ」


「夜に散歩できるんだ? いいなー」


「まぁ、脱走したとも言える」


「あら、本当に僕と同じだね」


 エンが微笑みに釣られて、テオルも困ったように笑う。


「城の外まで抜け出る俺にしては、おとなしめの脱走だったはずだぜ。――まぁそれで、城の地下ですごい光景を見たんだ」


 テオルの顔が、苦悶に歪む。


「何の光景?」


「言語化が難しいんだが、ざっくり言えば、人体実験の現場かな」


 その言葉を聞いて、伝染してエンの表情も歪む。

 「人体実験」と、また復唱する。


「ああ。心底ひびったよ。かつて人だった異形たちが、横たわったり液体に浮かんでたり。叫び声も響いてた。何より――俺は鼻が利くんだ。あそこの臭いにはホント参った。しばらく飯が喉を通らなかった」


「うげぇ。……じゃあ、話の流れとしては、その人体実験の主犯が『外海』の女の人だったんだね」


「そうだ。奴の匂いもしたし、暗がりの中で姿も見た。幸い俺の方は見つからなかったが、 俺には何のアクションも起こせなかった。――静観してる内、城に見知らぬ連中が増えて、一画からは腐臭がしてきた。気づいた時には、城は別物になってたんだ。俺が生まれ育った場所とは違う別物に。――だから、非力な俺は城を出た。いつもの脱走じゃなく、女から城を取り戻すために」


「なるほどねぇ」


 既に陽は落ちかけ、冷えた風が、峠に吹きつける。


 話を聞いて、顎に片手を添えて考え込んでいたエンだったが――やがておもむろに口を開いた。


「一つ、質問いい?」


「ああ」


 真剣な表情で、テオルは頷く。


「女の人が元凶だって証拠は、他にはある? 人体実験の部屋にいたってだけじゃあ、理由として弱いと思っちゃう」


「あぁ……主観でしか語れないが、さっき『鼻が利く』って言ったのを、もっと広義に取ってほしい。あの女からは、悪事に繋がる嫌な臭いがする。他の色んな事柄は、絶対に偶然じゃねぇ」


「それって、勘みたいな感じのもの?」


「まぁそうなる。こんな理由しか話せないな」


「わかった」


「ってとこだな。これで話したいことは話せた。一応、『盟』の内情まで明けっ広げに話したのは、信頼の証だと思ってほしい。信頼を返してくれると嬉しいな」


「上手いねぇ。じゃ、もう一つ質問。手を組みたいって言ってたけど、具体的にどうするの?」


 少しだけ、テオルは間を開けて答えた。


「……エン王子、セナ王女。詳しくは知らないが、あんたたちも窮地に立たされてるんだろ? さっき言ったように俺は鼻が効くから、それくらいは分かる」


 エンは、無言を返事にした。


「ギブアンドテイクってヤツだ。まずは、そっちの力を貸りたい。あの女を倒すために戦力がいるんだ。そして『盟』を取り戻せたら、次はこっちが手を貸す。――敵国の王子同士で、簡単な話じゃないことは承知してる。でも、だからこそ国を超えて協力ができるって信じてる」


 両手を地につけ、テオルは続ける。


「悪意とか打算とかはない! 心から、協力したいと思ってる。必ず力になる! 約束する! だから、俺にも力を貸してくれ」


 そして、テオルは頭を下げた。


 エンは表情を変えずに、テオルを見つめる。

 数秒の沈黙の後、答えた。


「じゃあ、最後の質問をさせて」


 顔を上げたテオルは、静かに頷いた。


「まだ会ったばかりの僕を、しきりに信用しようとするのは何で?」


 なおも表情を変えず、そう訊いた。

 手を貸すかどうかの判断に、強く影響しそうな質問だ。


 テオルはまた、エンの目を真っ直ぐに見る。


「あんたたちの仲間に、昔の友人がいた。『大きな剣の男の子』と言ってた奴だ」


「へー、昔の友だちだったんだ。付き人さんのことだね」


 エンの顔が、少しほころぶ。


「あいつ、今でも名無しか? 俺はヨーヘイって呼んでる。――さっきの村で、俺はヨーヘイを不意打ちしたんだ。その時、記憶に残ってた『マギリア』王族の匂いがしたから、色々と推察できた。『マギリア』の王族が、王都を追われて近くにいるんだろうって」


 質問の答えにはなっていないが――エンは相槌を返しながら、話を聞いていた。


「ぶっちゃけるとな。最初はあんたたちの首を手土産に国へ戻る、って選択肢がよぎった。『マギリア』王族の首があれば、影響力であの女に対抗できるかもって具合だ」


「それはぶっちゃけすぎ」


 流石のエンも、苦笑いを返す。


「それくらい、『マギリア』王族にマイナスイメージを持ってた。でも、実際にあんたたちと会って、匂いを感じて、そうじゃないと思った。何よりヨーヘイが、単なる仕事じゃなく信頼関係で――自分の意思でそこにいるんだろうと思った。だから、あんたたちと協力したいって思ったんだ」


「また理由が弱いよ。付き人さんの自分の意思っていうのも、テオルの勘?」


 エンが笑ってそう言うと、テオルも自虐的な笑みを浮かべ、頷いた。


「ヨーヘイが信頼してるあんたたちなら、俺も信頼できる。――それが、質問の答えだ」


 良くも悪くも、テオルの目には穢れがない。

 だからこそ、テオルへの協力が良い結果をもたらすのか、悪い結果をもたらすのか――エンには判断がつかなかった。


 それでもエンは、テオルに一つの決心を告げる。


「ごめん、無理!」


「……何だと?」




 同刻。


 二人の王子が交渉している峠から、数里は離れた平野にて。


「見っけ」


 指で作った輪の中から、片目で、峠を覗く青年がいた。

 その七色に輝くサイボーグの瞳は、遠方からでもエンを映し出している。


「エン王子は生け捕り。もう一人は排除」


 邪悪な笑みで、呟く。


 ジョーカーの追手、ジャックが、峠へと向かっていった。

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