Episode 3
村の側で。
セナとエンは、木陰に身を寄せて座っていた。
「んー、遅いですねぇ」
腕を組んで村を眺めながら、カインは体を左右に振っている。不安を和らげる行動だろうか。
「心配?」
エンが首を傾けながら訊くと、びくりと体の跳ねたカインはすぐさまに振り返った。
倍ほど歳は離れているが、王子であるエンに、ただの衛兵であるカインは緊張を隠せない。
「そ、そりゃあまぁ心配、ですとも!」
「それは、付き人さんのことが? それとも、カイン自身のことが?」
さらりと放たれたその発言に、姉であるセナが驚愕した。
カインは、ぽかんとしているが。
「エン、今失礼なことを言わなかった!?」
すぐさま、セナに髪の毛をもみくちゃにされるエン。
それでも、エンの言葉は続く。
「ねぇ、もし僕らに危険が迫ってきたら、迷わず逃げていいからね」
「えっ」
言葉の真意を、カインは計りかねていた。
「だって、僕とお姉さまじゃ、カインを守りきれないかもしれないから」
そこまで聞いて、ようやく理解が追いつく。
今度はセナの方が、ぽかんとしていた。
一方で、カインは打ちのめされる。
「王子」
守るのは、俺の役目。
なのに。
惨めに満たされたカインの口からは、言いたいことの断片しか出ない。
「それって、つまり」
俺が、足手まといだと、言うことですか――。
――その時。
カインは、自分と違うところにピントを合わせているエンの視線に気付き、ばっと振り返る。
金髪の少年が、こちらに向かって歩いてきていた。
「子供?」
見たところ、ククル王子と同じほど――十二歳ほどの少年。
にも関わらず、カインは腰の剣に手を添えた。
理由は明白。
金髪の少年は十中八九、傭兵少年とすれ違っている。そんな彼の服に、血がべっとりと付いていたから。
金髪の少年――テオルは、会話できる距離まで近づいて、足を止めた。
「こんにちは。ちょっと話があるんだけどさ」
笑顔になって、テオルが切り出してきた。
「君は、誰かな?」
険しい顔つきで、カインが問う。
「俺の名はテオル」と応えるも、カインには見向きもしていなかった。
「しかしなぁ。ククル王子がいるかと思ってたけど。その白髪、セナ王女とエン王子か」
その発言で、場の空気が一気に張りつめる。
「何故、そんなことを知っている!?」
動揺を体いっぱいで表現するカインと対照的に、エンは冷静に質問を投げかけた。
「大きな剣の男の子に会った?」
テオルは優しい笑顔になって、エンと視線を合わせる。
「会ったけど、村でお寝んね中だ」
セナの口から「えっ」と声が漏れた。
「本当? だとしたら、大変な目に合っちゃうかもよ」
「違いない。だから奴が起きる前に、用件を済ませたい」
テオルから笑顔が消える。
「セナ第一王女、エン第二王子。どちらかで良い。話をしたいから、俺と一緒に来てくれ」
「何だって!?」
血相を変えたカインが、余裕のない大声を張り上げる。
エンの目が、鋭く、細くなっていく。
「何言っとるんだ君は!? 子どもだからって、見逃せないですよ!」
何故か敬語になっているカインが、剣の柄をがっちり掴んだまま、じりじりとテオルに近づく。
しかし。
「ごめん。あんたと戦う気はない」
テオルが片手の掌を向けると、カインの動きが止まった。
いや、止めさせられた。
(な、何だ、これは?)
目に見えない圧力が、それ以上テオルに近づくことを許さなかった。
「どうする? 俺と来るのはどちらにする? 『マギリア』の王族さん」
次第に、テオルの瞳には冷たい光が宿っていった。
「あと五秒で、返答してほしい」
その瞳は、セナとエンを交互に映し出している。
そして。
「僕が行く」
そう言ったのは、エンだった。
「――セナ王女、エン王子!!」
数十分ほどが経過した頃。
ようやく、傭兵少年が矢のような速さで疾走してきた。
「付き人殿ー!」
木陰にて、抜いた剣を構え、へっぴり腰でセナを守っていたカイン。
悲痛な声をあげて、彼が傭兵少年の帰還を歓迎した。
「衛兵! 王子は!? エン王子がいない!」
エンの姿がないことを認識し、傭兵少年はカインに凄まじい剣幕で詰め寄った。
「ご、ごめんなさい、わ、私が情けないばかりに、お、王子が、王子が――」
「エンが連れ去られました!」
歯切れの悪いカインの説明を、セナが補う。
そして傭兵少年の両肩を、セナがこれ以上ないほどにぎゅっと握った。
セナは、涙を浮かべていた。自身の無力を痛感しているのだろうか。
「――テオルという、金髪の少年に!」
言葉の続きを聞いて、怒りに身を震わせる傭兵少年。その怒気に、辺りの空気が震えているようにさえ感じる。
「彼は去り際に、『南の峠で待つ』と言っていました! おそらく、あなたへのメッセージです!」
涙が、こぼれ落ちている。
テオルに対して「私が行きます」と強く言葉を挟んだセナだったが、有無を言わさず前へ出たエンが選ばれてしまった。
メッセージと共に、テオルは一瞬で姿を消してしまった。
エンの方を攫って、だ。
セナの感じた無念たるや、計り知れない。
「すみません、移動は危険だと判断して、あなたが戻るまで王女を無理に引きとめて――」
「分かってる、そんなことはいい」
カインの言葉を、傭兵少年が切った。
「奴は、約束を破らない。メッセージを信用するしかない。行こう、南の峠へ――」
――宣言どおり。
村から南に位置する峠に、テオルはエンを連れてきていた。
テオルは峠と呼ぶが、岩山という表現がより近い。
低山登山用のような螺旋状の道はあるが、一度その道を外れれば、剥き出しの鋭利な岩が「ここは違う」と拒絶する。
道に従い登っていけば、テオルたちのいる平たい頂に辿り着く。標高は六十メートルほどだろうか。
そんな場所だ。
「おーけー。それで、話って何?」
距離を置いて、エンとテオルが向かい合っている。
一方的に連れ去られたのに、エンからは恐怖や動揺が感じられない。
テオルの方も、ホームグラウンドに引き込んだからか、纏う雰囲気が少し柔らかくなったような気がする。
「悪かったな、いきなり連行しちゃって」
本気の謝罪をしている顔だ。
エンは首を横に振る。
「いいよ」
「じゃあ、ちゃんと自己紹介をしないとな」
そこで、テオルは一度、深呼吸をする。
何らかの覚悟を決めるかのように。
「――俺の名前は、テオル・オウカ」
名乗られたその響きで、エンの目が見開かれた。
「『オウカ』だって?」
その聞き返しに、少し悲しそうな笑みを浮かべ、テオルは頷く。
「ああ。俺は、あんたたち『マギリア』の敵国『盟』の、第一王子さ」
びゅう。
一陣の風が、二人の体を揺らした。
「『盟』の第一王子? 君が?」
既に沈みかけている夕陽が、二人を紅く照らしている。
そのせいで、テオルの顔半分を影が覆っていた。テオルから見て、エンもそうだろう。
「ああ。俺のこと知ってるか?」
「うーん、噂でね。『盟』にも、僕と同じようなやんちゃ王子がいるって」
「褒め言葉に変換しておく」
少し笑ったテオルだったが、笑顔は一瞬で消えた。
数秒の間が空く。
「僕が、憎いかい?」
エンが問いかけると、テオルは真っ直ぐエンを見つめる。
「あぁ、憎いよ。『マギリア』の第二王子さんよ」
テオルの瞳に冷たい光が宿り、同時にすさまじい圧力がエンを襲う。
だが、エンは全く動じる素振りを見せない。
「僕だって、同じ気持ちだよ」
対抗して、エンも視線でテオルを威圧する。
強靭、そして冷徹。――「誰か」との血の繋がりを思わせるような、そんな視線。
しかし、エンはすぐに空気を緩ませる。
「うそだよ」
挑発するように舌を出して、そう伝えた。
一瞬だけ呆然としたテオルだが、その内に大声で笑い始めた。
「面白いなぁ、俺だって嘘だよ。分かってただろうけどな。別にお前には恨みねぇよ」
「鎌をかけたんだ?」
「先手はそっちだろ」
「そうだったね」
テオルは、気を許すようにどかっと座った。
合わせてエンも、同じようにして腰を下ろす。
話は続く。
「で、次は、俺の目的についてだが」
「うん」
「簡潔に言うと、手を組みたいと思ってる」
「うん?」
首を傾げるエン。
「詳しく話すよ」
「うん。他の脅威があるんだね?」
「ああ。少し長話になるが、いいか?」
頬杖をついてラフに訊いてきたので、エンは頷きを返す。
テオルは、ゆっくりと語り始めた。
「四年くらい前、俺が八つの時だ。見知らぬ女が城にやってきた。『外海』から来た、と言ったそいつは、城の様子を変えていった。良くない方にな」
「外海」
エンがその言葉を繰り返す。
「『盟』の内部には、一部だけ妙な集団がある。女はその集団と癒着して、影響力を増していった。続けて、一番下の弟――第四王子の派閥までも手中にして、国政にも干渉しだした」
テオルは、そこで言葉を切って、大きく息を吐いた。
「そんで、ある日の夜に、いつもみたいに城を散歩してたときだ」
「夜に散歩できるんだ? いいなー」
「まぁ、脱走したとも言える」
「あら、本当に僕と同じだね」
エンが微笑みに釣られて、テオルも困ったように笑う。
「城の外まで抜け出る俺にしては、おとなしめの脱走だったはずだぜ。――まぁそれで、城の地下ですごい光景を見たんだ」
テオルの顔が、苦悶に歪む。
「何の光景?」
「言語化が難しいんだが、ざっくり言えば、人体実験の現場かな」
その言葉を聞いて、伝染してエンの表情も歪む。
「人体実験」と、また復唱する。
「ああ。心底ひびったよ。かつて人だった異形たちが、横たわったり液体に浮かんでたり。叫び声も響いてた。何より――俺は鼻が利くんだ。あそこの臭いにはホント参った。しばらく飯が喉を通らなかった」
「うげぇ。……じゃあ、話の流れとしては、その人体実験の主犯が『外海』の女の人だったんだね」
「そうだ。奴の匂いもしたし、暗がりの中で姿も見た。幸い俺の方は見つからなかったが、 俺には何のアクションも起こせなかった。――静観してる内、城に見知らぬ連中が増えて、一画からは腐臭がしてきた。気づいた時には、城は別物になってたんだ。俺が生まれ育った場所とは違う別物に。――だから、非力な俺は城を出た。いつもの脱走じゃなく、女から城を取り戻すために」
「なるほどねぇ」
既に陽は落ちかけ、冷えた風が、峠に吹きつける。
話を聞いて、顎に片手を添えて考え込んでいたエンだったが――やがておもむろに口を開いた。
「一つ、質問いい?」
「ああ」
真剣な表情で、テオルは頷く。
「女の人が元凶だって証拠は、他にはある? 人体実験の部屋にいたってだけじゃあ、理由として弱いと思っちゃう」
「あぁ……主観でしか語れないが、さっき『鼻が利く』って言ったのを、もっと広義に取ってほしい。あの女からは、悪事に繋がる嫌な臭いがする。他の色んな事柄は、絶対に偶然じゃねぇ」
「それって、勘みたいな感じのもの?」
「まぁそうなる。こんな理由しか話せないな」
「わかった」
「ってとこだな。これで話したいことは話せた。一応、『盟』の内情まで明けっ広げに話したのは、信頼の証だと思ってほしい。信頼を返してくれると嬉しいな」
「上手いねぇ。じゃ、もう一つ質問。手を組みたいって言ってたけど、具体的にどうするの?」
少しだけ、テオルは間を開けて答えた。
「……エン王子、セナ王女。詳しくは知らないが、あんたたちも窮地に立たされてるんだろ? さっき言ったように俺は鼻が効くから、それくらいは分かる」
エンは、無言を返事にした。
「ギブアンドテイクってヤツだ。まずは、そっちの力を貸りたい。あの女を倒すために戦力がいるんだ。そして『盟』を取り戻せたら、次はこっちが手を貸す。――敵国の王子同士で、簡単な話じゃないことは承知してる。でも、だからこそ国を超えて協力ができるって信じてる」
両手を地につけ、テオルは続ける。
「悪意とか打算とかはない! 心から、協力したいと思ってる。必ず力になる! 約束する! だから、俺にも力を貸してくれ」
そして、テオルは頭を下げた。
エンは表情を変えずに、テオルを見つめる。
数秒の沈黙の後、答えた。
「じゃあ、最後の質問をさせて」
顔を上げたテオルは、静かに頷いた。
「まだ会ったばかりの僕を、しきりに信用しようとするのは何で?」
なおも表情を変えず、そう訊いた。
手を貸すかどうかの判断に、強く影響しそうな質問だ。
テオルはまた、エンの目を真っ直ぐに見る。
「あんたたちの仲間に、昔の友人がいた。『大きな剣の男の子』と言ってた奴だ」
「へー、昔の友だちだったんだ。付き人さんのことだね」
エンの顔が、少しほころぶ。
「あいつ、今でも名無しか? 俺はヨーヘイって呼んでる。――さっきの村で、俺はヨーヘイを不意打ちしたんだ。その時、記憶に残ってた『マギリア』王族の匂いがしたから、色々と推察できた。『マギリア』の王族が、王都を追われて近くにいるんだろうって」
質問の答えにはなっていないが――エンは相槌を返しながら、話を聞いていた。
「ぶっちゃけるとな。最初はあんたたちの首を手土産に国へ戻る、って選択肢が過った。『マギリア』王族の首があれば、影響力であの女に対抗できるかもって具合だ」
「それはぶっちゃけすぎ」
流石のエンも、苦笑いを返す。
「それくらい、『マギリア』王族にマイナスイメージを持ってた。でも、実際にあんたたちと会って、匂いを感じて、そうじゃないと思った。何よりヨーヘイが、単なる仕事じゃなく信頼関係で――自分の意思でそこにいるんだろうと思った。だから、あんたたちと協力したいって思ったんだ」
「また理由が弱いよ。付き人さんの自分の意思っていうのも、テオルの勘?」
エンが笑ってそう言うと、テオルも自虐的な笑みを浮かべ、頷いた。
「ヨーヘイが信頼してるあんたたちなら、俺も信頼できる。――それが、質問の答えだ」
良くも悪くも、テオルの目には穢れがない。
だからこそ、テオルへの協力が良い結果をもたらすのか、悪い結果をもたらすのか――エンには判断がつかなかった。
それでもエンは、テオルに一つの決心を告げる。
「ごめん、無理!」
「……何だと?」
同刻。
二人の王子が交渉している峠から、数里は離れた平野にて。
「見っけ」
指で作った輪の中から、片目で、峠を覗く青年がいた。
その七色に輝くサイボーグの瞳は、遠方からでもエンを映し出している。
「エン王子は生け捕り。もう一人は排除」
邪悪な笑みで、呟く。
ジョーカーの追手、ジャックが、峠へと向かっていった。




