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第三十九話:働きたいでござる

第三十九話

 羽津学園を卒業した俺は完全に主夫になっていたりする。

「今後の事を考えるとあれだなー……やっぱり、俺も働くべきか」

 何か求人でいいのは無いだろうか? 若いんだし、男だし、何かあるはずである。

 進学ではなく就職の道を選ぼうとした俺に立ちはだかったのは小春さんだ。

 あろうことか、三者面談の時に外国にいた俺の両親を呼び出して宣言したのだ。

「息子さんを、わたしにくださいっ」

 あの時の両親の顔が未だに忘れられない。

 話を戻すが、俺が就職すると言ったら彼女は首を振った。


「わたしが一生懸命働くから、冬治君は家に居てわたしが帰ってきたらお帰りっていってほしいな」


 卒業から半年、俺は家事に従事することとなったわけだ。

 毎月のお小遣いは小春さんからもらっているわけで、少し、いや、かなり心苦しい。

 父ちゃん母ちゃんは『お前が選んだ道だから』って言っているから頼るわけにもいかないのだ。

「どうすっかなー……っと、とりあえず」

 今晩のおかずであるハンバーグを皿にのせ、湯呑みを準備し、お茶を注ぐ。

 俺と小春さんのマンションだ。

 他に邪魔するものは誰もいない。

「ただいまー」

「あ、お帰りなさい」

 小春さんが帰ってきたようでリビングから玄関へと迎えに行く。

「今日は早かったですね」

「こほん、冬治君……」

「はい?」

「……」

 無言でこっちを見てくる。はて、何だろう?

 お疲れというわけではなさそうだし、もしかして、機嫌が悪いのだろうか?

「ぶっぷー、時間切れっ。答えは……お帰りなさい、小春さん。お風呂にする? ご飯にする? それとも……オ・レ?」

「発音がカフェオレみたいに成ってますけど」

「細かい突っ込みはいいのっ。やってくれなきゃ、だだこねるっ」

 既にだだこねてますよという突っ込みは無しにして、俺はこほんと咳払いをする。

「お帰りなさい、小春さん。お風呂にします? ご飯にします? それとも、俺にしますか?」

「当然、冬治君で!」

 ちょっと照れた様子がまた可愛い。

「帰って早速ですか……」

「ちなみに、今日の晩御飯は何かな」

「ハンバーグですよ」

「じゃあ、ハンバーグで」

 俺の魅力なんて、ミンチにパン粉とか卵で作られたハンバーグにも劣るもんさ。

 二人で早速夕飯を食べ始める。

 仕事の話を小春さんにしてみることにした。

「あの、小春さん。俺、仕事を……」

「わたしは反対だからね」

 目を合わせることなく、一生懸命ハンバーグを味わっている。

「でも、もし、その……子どもが出来たら」

「その時はその時。別に出来ちゃった結婚じゃないんだから大丈夫だよ。わたしの両親とも話は終わってるんだし」

「そうですけど」

 驚くほどスムーズに事が進んだのだ。

 普通、反対されると思いきや学園の卒業式の日に小春さんの両親がやってきて娘を頼むと言われただけだった。

 孫が出来たら教えてくれとお義父さんから今日もメールが来ていた。お義父さん、絵文字使うのめっちゃうまいんだよなぁ……。

「やっぱり、お金ってあったほうがいいじゃないですか」

「大丈夫だって。もしかして、お小遣いに不満があるの?」

「一切、無いです。小春さんが働いているのに、俺は家事だけだなんて……」

「冬治君」

 箸を置いて、小春さんがこっちを見た。その表情は凛々しいもので引きこまれてしまう。

「わたしは、家事が出来ませんっ」

「……はい」

「冬治君が働きだしたらどうなると思うの?」

「……部屋が汚くなります」

「わたしのご飯は、誰が作ってくれるの?」

「俺です。でも、早く帰って来れるように……」

「帰り、遅くなったらどうするの?」

「待っていただくか、コンビニ弁当で……」

「あんなの、食べたくないっ」

 うっわ、今全国のコンビニチェーン店、敵にまわしたよ。

 こうして今日も俺の働いたほうがいいんじゃないかという気持ちは圧倒的戦力の前に叩きのめされたのだった。

 一つの布団に二人で寝る……は、さすがに狭いので並べて寝ている。

 それでも、小春さんは俺の布団に入りこんできているが。

「ねぇ、冬治君」

「はい」

「まだ、わたしのわがままに付き合ってほしいんだ。わたしが帰ってきたら、冬治君がいておかえりって言ってくれる。凄く、重要な事なんだよ? 多分、冬治君と一緒に住み始めてから初めて言われたんだ」

 小春さんの言葉に俺は驚いた。

「え? 両親は家にいなかったんですか?」

「仕事が忙しかったんだって。だから、わたしはそうならないように頑張ってきたけれど……やっぱり、あの二人の血が流れているから仕事、大好きなんだ」

 寂しそうに小春さんが言って俺の腕を抱きしめてくる。

「このままだと絶対に子ども生まれちゃったら寂しい思いをさせちゃう。……だから、だからさ、家を守るのお願い出来ないかな?」

 俺の肩に頬ずりをし、目いっぱい顔を近づけて小春さんは言った。

 その目には涙を溜めている。

「……わかりました。其処まで言うのなら、俺、全力で主夫、目指します」

「うん、お願いっ。じゃあさ、明日から子どもの名前、考えようよ」

「え、もうですか?」

 幸せな時間はあっという間に過ぎて行く。そして、いつだかきつい現実がやってくる事もある。

 でもまぁ、小春さんと一緒なら……彼女が勝手に何とかしてくれそうだ。

 俺の仕事はどうにかしてくれた小春さんを癒してあげることなのだろう。


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