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第三十八話:吸血鬼の部屋

第三十八話

 学年末テストがやってきて、百々は何だか知らないが用事があるとか無いとかでいない。亜子に一緒に勉強をしようと言えば、断られた。

 場所は珍しく千鶴の部屋で、教科書とか箪笥以外はない。机すら、なかった。

「……まさか千鶴の勉強を俺が見なくちゃいけないとは」

「あぁ? 彼女の世話をするのが彼氏の務めだろう?」

「自分の尻は自分で拭くもんだ」

「何スケベな事、言ってんだよっ」

 尻という単語に反応し、顔を真っ赤にした千鶴にやれやれと冬治は心の中でため息をつく。

「お、お前まさか二人きりだからってえっちな事、するつもりか」

「あー、はいはい。話を逸らさない。ただでさえ危ないんだ。ここは踏ん張って千鶴には三年になってもらわないといちゃいちゃ出来ん……そもそも、俺だってこの前まで病院に居たんだぜ?」

 その話をすると千鶴はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向くのであった。全く、素直じゃないな。

「悪いとは思ってる」

「別に責めているわけじゃない。まさか、自分が吸血鬼だなんて普通は思わないよ」

 シャーペンを左手で回し、俺は笑ってしまう。

「……なぁ」

「何だ」

「おれのいいところ、言ってくれよ。どうして冬治、おまえはおれのことが好きなんだ。いいところなんて、殆ど無いのに」

「んー……」

 しばらく考えさせてもらおうかな。

「……」

「んー」

「……」

「んふー」

「おい、無いんなら無理してあげんなよ。こっちは辛いから」

「ああ、いや。お前のいいところがありすぎてどれにするか迷ってんだよ」

 俺の言葉に千鶴は胡散臭そうな視線を投げかけてくる。

「本当かよ」

「本当だよ。姿、声、胸の大きさ、性格、アホなところ、尻の大きさ、意外とやさしい所、すぐ照れるところ、パンチラ多いし、寝顔が可愛いときた。あとは……」

「も、もういいっ。何だよっ、いくつか変なの入って無かったかよ?」

「え? 入って無かったよ?」

「そ、そうかぁ? 入ってた気がするぜ?」

「気のせいだ」

「そう、かな」

 うん、そうやってあっさり騙されるところも好きです。

 じーっと見つめていると千鶴が俺の視線に気がついた。

「な、何だよ」

「いや、キスしようかと思って」

「き、キス……ほんきかよ」

「目、閉じてくれよ」

「……ん」

 俺の言葉に素直に従ってくれる千鶴。

 目を閉じ、俺の口づけを待ってくれている。

 拒もうと思えば人知を超えた力で俺が凄い事になってしまうだろう。

 だから、俺はそんな千鶴にいいたい。

「おい、目をつぶって無いで、練習問題を解いてくれよ。俺が一生懸命勉強しても千鶴の成績は上がらないんだぜ?」

 目をぱちくりとさせ、一秒。

 眉毛が危険な角度につり上がるまで二秒。

「うっがああああああっ」

「ふむ、やっぱりこうなるか」

 結構、本気で投げられるまで約五秒……こういう事が起こるだろうと最近始めた受け身、役に立ってるぜ

 特に怪我することなく廊下に放り投げられ、襖が乱暴に閉められた。

「あらあら」

「あ、おばさんお邪魔してます」

「いいのよ」

 壁に激突して倒れ込む俺を上から見下ろす感じで希恵さんが見ていた。俺も希恵さんを見上げる形になっているが、スカートの中の黒い下着が丸見えだ。

 すぐさま正座になって愛想笑いをしてみた。

「千鶴に捨てられたの?」

「はい、軽く投げられました」

「じゃあ、わたしの部屋に来ない? 下着、よく見せてあげるわよ?」

「……冬治、勉強しろよ」

 背後からいきなり掴まれて引きずられる。

「また今度ね、冬治君」

「あはは……はい」

 話がホラーだったら、俺は犠牲者になっていた事だろう。

 部屋に戻って練習問題をお互いに解き始める。

 千鶴にしては珍しく、四十五分間真面目に問題を解き終えた。

「なぁ、冬治」

「ん?」

「キスしてくれ」

「千鶴から言うの、初めてじゃないか」

「そうだな。でも、今のままじゃ、冬治を誰かにとられちまう」

「とられるって一体だれがとるんだよ。お前意外に俺とキスしたいとか言う奴はいないよ」

「百々とか、亜子のねーちゃんとか、四季先生、亜子、他にも色々といる気がする」

 心配し過ぎだなぁ。千鶴は意外と母親になったら過保護になりそうだ。

「……子どもかぁ」

「なっ……そ、其処までやるとはいってねぇっ」

「参考までに聞くけどさ、子どもは何人ほしい?」

「二人、だな」

 千鶴はVサインを俺に見せる。

「理由とかあるか?」

「んー……特にない。おれは一人で少しさみしかったからそう思っただけだよ」

「そっか」

「な、なぁ、それよりキス、してくれねぇのかよ」

「子どもが出来るかもしれないぜ?」

 冗談でそう言うと千鶴の顔が真っ赤になった。

「だ、だったら今頃大家族になってるじゃねぇかよっ」

「はは、それもそうだな」

 千鶴が顔を近づけてきて、目をつぶった。俺はそのまま軽く口づけを行う。

「冬治……」

 凄く、幸せな時間なのだが……襖に穴が開いてそこから希恵さんが見てるんだが……やれやれ、今後もこんな事が続きそうだな。

 ついでに言うなら、窓に百々が張り付いてビデオまで撮ってやがる。

「見せつけてやろうぜ、冬治」

「何だ、気付いてたのか?」

「当然だろ? 今のおれは吸血鬼だから敏感なんだ」

「感じやすいってことか」

「そうだな。凄いだろ?」

 どうだと胸を張る千鶴に俺はため息をつくのであった。

 俺の彼女に突っ込みは期待できない。

 え? 女に突っ込まれるのが趣味なんですか……と、これ以上はやばそうなのでここまでにしておく。


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