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第三十七話:消えてなお彼女に残すは想い出を

第三十七話

 冬が終わり、また、新しい春がやってくる。

 珍しい事に今年は長く、桜が咲いていた。

「んー……私も今日から三年生ですね。桜がまるで私の進級を祝福してくれているかのようです」

 夢川百々は背伸びをしてため息をつく。

「桜、綺麗だなー」

「おーい、百々―」

「おっはよー」

「あ、千鶴さんと亜子さん」

 友達である千鶴と亜子が近づいてきた事に百々は気付き、手を振る。

 二人と合流して向かう先は当然、彼女達が通っている羽津学園だ。

「なぁ、百々」

「はい、何でしょう」

「冬治は……」

「冬治?」

「あ、あのさ、百々ちゃん。今度三人で遊びに行かない?」

 百々は首をかしげ、亜子は焦ったように割りこんで話を変えようとする。

「……冬治って、誰ですか? もしかして昔話でもするつもりだったんですかね」

「え?」

「当時……という始まり方で」

「……いや、ちげぇよ。気にしないでくれ。おれが適当に言った事だから」

 少しだけ元気を失ったように千鶴は百々に笑いかける。

「冬治、ですか……何だか、とても大切な名前のような気もします」

「え?」

 千鶴と亜子が驚いた顔で百々を見た。二人に対し、百々は困った表情で笑っている。

「誰の事だか、わかりませんけどね。二年の三学期、何だかとても幸せな時間を送っていた気がするんです。今も楽しいですけれど、誰か、欠けている気がするんです」

「……そーだよ、百々ちゃんはっ……」

 亜子が何かを言う前に、千鶴が手で制した。

「千鶴さん?」

「なぁ、そいつの事を思いだしたらおれと亜子に話してくれよ。四季先生や、亜子のねーちゃん、大仁さんとかあと、2-Bの男子連中にさ……どんな奴だったかって」

「はい」

「……お願いだよ?」

「わかりました」

 千鶴と亜子の話を聞いて百々は軽く息を吐く。

「んじゃ、今日は三人でどこかに遊びに行くかー」

「そうだね。どこがいいんだろ」

 騒ぐ二人に百々は春の空気を吸い込んだ。

「冬治、さん……か」

 一体、どんな人なのだろうか。

「何だか、その冬治さんって人の血を飲みたいって思っちゃいました」

「まっさかー、吸血鬼じゃあるまいし」

「そうですよね。私、ただの人間ですよねぇ」

 自分が吸血鬼である事を忘れてしまった百々はいつもの日常を再開させるのであった。

 その日の放課後、彼女がぼろいアパートの自分の部屋に戻ってくると手紙が入っていた。

「ん? 誰からでしょう?」

 小首をかしげ、宛名を確認する。そこにはT.Yと記載されていた。消印すら押されていない。

「……もしかしてストーカーからですかねぇ。普通だったら名前、書きますもんね」

 春先はそういう人が多いから気をつけないといけない……百々は手紙をゴミ箱へと捨てたのだった。


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