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第二十八話:Draw to a end

第二十八話

 狼男の襲撃も俺が半ば忘れかけた二月十四日、志枝さんと一緒に出かけることになった。

 理由は何と言うか、バレンタインだ。

「義理ですけど、どうぞ」

「ありがとう」

 朝起きたら血を吸われる前に百々からチョコレートを渡された。

 それを見て志枝さんはぽんと手を叩いてこういってくれたのだ。

「よし、少年。放課後、私と一緒にチョコレートを買いに行こう」

「え? いいんですか?」

「何を遠慮しているのかわからないけど、そりゃあ、いいよ。少年とあたしの仲だからね」

 珍しい事があるもんだな。久しぶりに訪れた時間を過ごせると思ったのだった。

「少年とあたしの仲、かぁ……」

「あれ? 何だか冬治さん顔が赤くないですか?」

「気のせいだよ、気のせい」

「ふふ、わかってますよ。今日は頑張ってくださいね」

「な、何をだよっ」

 朝はこんな感じで時間が過ぎて行った。

 放課後、ちょっと色々あって約束の時間ぎりぎりに校門に行くと志枝さんが立っていた。

「一回目は許す」

「すみません」

「さ、行くわよ」

 街中を歩くのはカップルばかりで、俺達も周りからそう見られているんじゃないかな―と思いつつ、志枝さんを見る。

 最近おかしなもので、志枝さんが視界に入るとついつい目で追ってしまう。

「さーて、売れ残りを探しに行くかねー」

「え、今日が本番ですよね」

 志枝さんからチョコレートをもらえるなんて何だか凄くありがたーい気がしているし、いつも一緒にいるのに二人きりだと思うと心臓の鼓動が速くなる。

「そりゃあね……でも、こういうのは本番だともう殆ど売れないから安売りされてるよ」

 志枝さんの言う通り、バレンタインフェアと書かれているお店の殆どで既に安売りが行われていた。

「ところで、亜子からはどんなのもらった?」

「えーっと……まぁ、なんっていうか」

 四角いチョコを取り出して見せると志枝さんは苦笑していた。

「ありゃー、振られちゃったか」

「かもしんないです。でも、態度は普通でしたから」

「やれやれ、こりゃ姉として頑張ってあげないとね」

 何をがんばるのかはよくわからないが、とりあえず期待しておこう。

 志枝さんの苦笑する姿を横目に、俺は彼女に着き従って歩くのだった。

 何件かはしごしてもなお、志枝さんの眼鏡に敵うような代物は見つからなかったらしい。あーでもない、こーでもないと色々と呟いて最終的に辺りが暗くなって決まりそうだった。

 その間に百々へ電話をかけようとしたがどうにも繋がらない。

「ケータイ、壊れたか?」

 そう思っていたら近くの女子高生が『電話繋がらないんだけど、ありえねー』と話していた。どうやら、電波が不調らしいな。

「これだ、これ。よし、決まった」

「え、どれですか」

 こっち見んなと俺に言うと、志枝さんは走ってレジに向かっていった。

 そんな志枝さんを見て可愛いなーと感じてしまう。

「……頼りになるけど、可愛いところもあるんだなー」

 感じてしまうだけでは何だか勿体ない気がしたので一応、口でも言っておいた。

「お待たせ。とりあえず……うん、あれだ。夕日の見える公園で渡さないと」

「既に夜です」

「……じゃあ、雪が降ってきたところで渡すとか」

「あ、志枝さん……星が綺麗ですよ」

「ふいー、全く、少年って言うのは情緒がないねぇ」

 無い物ねだりはよくないですよ、志枝さん。

 志枝さんの希望が全く通らなかったというわけでもないだろう。

 人気のない公園にやってきて志枝さんからチョコを渡された。

「ハッピーバレンタインっ!」

「何だかノリが……」

「え~? どうしろって?」

「何でもないです。ありがとうございます」

 ぐいっと押しつけられたチョコレートを受け取り、俺は苦笑するしかない。

「じゃ、青春もやったし、帰ろうか」

「……あの、志枝さん」

「ん? もうチョコレート食べたの? 百々から怒られるわよー」

「違います。えっと、俺……志枝さんの事が多分、好きです」

「え?」

 志枝さんの驚く表情もなかなか見る事は出来ないだろう。凄くレアな光景だと思いつつ、言葉を続ける。

「志枝さんを目で追ってしまうんです。今日、チョコレートをもらえるって聞いてすごく嬉しかったんですよ。だから、俺、志枝さんの事が好きみたいです」

「断定じゃないのね」

「えーっと、恥ずかしながらこれまでこんな感情に成った事がなくて」

 後頭部を掻くと志枝さんはいつも見せる少し苦笑したような表情を見せてくれた。

「あのー、さ、あたしの妹の……」

「亜子は、関係ないですよ。えっと、俺と付き合ってくれますか?」

「わかった。オーケー、いいよ。どうせすぐ幻滅するだろうから付き合ってあげる……って、言っても……その、悪いけど、少年の事を男だと見てなかったり……」

「今はそれでいいんです。俺、頑張りますから」

「そっか、うん。都合のいい時だけ前向きなところは好きかな」

「それ、褒めてるんですかね」

「褒めてる褒めてる」

 あっさりとした感じで俺の手を掴み、上下に動かした。今はこれだけでいい。これから頑張って見せるさ。

 その時、公園の茂みの方から声がしてきた。

「やっぱり、そうなのかい。わしの目に狂いはなかった」

 デバガメかと思ったら違った。

 狼男の声だった。

「ちっ、デバガメとは趣味が悪い」

「公園は公共の場所じゃろう」

「変質者はお断りよ。最近の公園はママセンサーが凄いの知らないの?」

 いつも持ち歩いている(その割にはどこから取り出しているのかわからない)刀を抜いて、俺をかばうように前に出た。

「何でこれまで出てこなかった? 何度か視線を感じる事があったし、気配もあった。百々だってあんたを見かけてるわ」

 俺に教えてくれなかっただけで、この人たちはちゃんと守ってくれていたんだな。二人とずっと一緒に居たことに対して何となく不満を感じていた自分が情けなくなってきた。

「ああ、その事か。そりゃあ、あれじゃな。そっちの少年が最初に俺は志枝さんの彼氏ではないと言っていたのを思い出した。その通りかもしれないと思っていたんだよ。今日でおっかけるのをやめようかとね」

 そう言われて俺は何故、明日に告白しなかったのだろうと考えてしまいそうになる。でも、そうなったら成功しそうにはなかった。

「あんたがそういうの、珍しいじゃない」

 志枝さんが小馬鹿にしたように言ったところでようやく狼男はライトの下へとその姿を現した。

 右肩には布のようなものが掛けられており、以前見た太い腕が無いような気がした。

「色々とあるんじゃよ。この前はしくじったしのう。わしも年じゃから時間がないどの道、群れにはもう戻れん。わしも一人身は寂しくなったから道連れが欲しくなった」

 残酷な顔で俺を見て笑った。

「……はっ、よく言う。少年、百々に連絡して迎えに来てもらって」

「あ、はい……って、まだ電波の不調が続いてるみたいで」

「電波塔なら折らせてもらったよ。少々、骨が折れたがね」

「なっ……」

 俺が絶句していると志枝さんが相手に近づいて行った。

「少年……いいや、冬治君。あたしが時間を稼ぐから行きなさいよ」

「え? でも……」

「彼女の言うことぐらい、聞きなさい。言う事聞けないのなら捨てるわよっ」

「は、はいっ」

 こうなったら仕方がない。百々に助けを求めに行こう。

 すぐさま狼男が追ってくる気配を感じたが、志枝さんがそれを止めに入る音が聞こえてくる。

 俺は自分と、志枝さんの為に走り始めたのだった。


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