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第二十六話:迫る日

第二十六話

 今日も今日とて千鶴たんの機嫌が悪い。

「ちっ、まさか冬治がロリコン趣味のマニアック野郎だとは思わなかったぜ」

 いや、超悪い。

 隣からねちねちそう言われるのには当然ながら理由があるわけで、今日の朝、四季先生の頼まれごとを終わらせた後、頭をなでなでしてもらったのだ。

 多少、恥ずかしい物のこれはこれでいい事だった。その後、なかなかいい気分になってへらへらしていたら千鶴たんが何故だかシャーペンを握ったまま折ったのだ。

「やれやれ……」

「はーい、ではテストを開始しまーす。二十分で終わらせてくださいね」

 四季先生の言葉でみんながテストを開始する。

 テスト中はテストの事を考えないとな。このテストは結構重要だからやっておかないと四季先生に呼び出しをくらっちまう。

 普通だったら開始ぎりぎりまで千鶴たんと話すんだが今日はそれもない。俺は別に千鶴たんと話してもいい。

「ふんっ」

 ま、今の状態の千鶴たんには無視されるのが関の山ってところだ。

「そういや……今日の放課後大仁さんが来るって言ってたっけ」

 テストを終わらせたところで志枝さんが屋根に放置して言った日の事を思い出す。あの時は確かに赤い瞳をしていたが、あれから真っ黒だ。

 たまに盗み見ているが、変化はない。

「お」

「あ……」

 また千鶴たんを盗み見てたら目があってしまった。

 別にテスト中目が会うのは不自然な事じゃあない。

 千鶴たんはよく俺のテスト用紙を見ている事がある。さりげなく見ているつもりだろうが、がっつり見られていたら逆に気付いてあげないと馬鹿にしているようで可哀想だ。

 しかし、今日はテスト用紙を続けて見ることもなく顔を伏せてしまった。

 もしかして千鶴たんもようやく人のテスト用紙を見るのが悪い事だと気付いたのだろうか。それは実にいいことだ……でも、娘が成長したようで少しだけ悲しくなった。

「はい、それでは後ろの人は回収してください」

 四季先生の言葉を合図にテスト用紙が回収されて行く。

「それでは残り時間は自習です。先生はこれから採点しますから大人しくしていてくださいね」

 千鶴たんがいつも通りだったら率先して騒いでいただろう。そして、それに便乗して男子が騒ぎ、女子が騒ぎだす。

「……」

 男子が騒ぐ準備をし始めたようだが、動きを止めた。千鶴たんが好き勝手せずにぼーっと、机を眺めているからだ。

 結局、本当に自習を各自行い、四季先生が再び教壇に立つまで誰ひとりとして騒ぎ始める者はいなかった。

 これはこれで快挙である為、四季先生が何か言うんじゃないかと思った。そうだなぁ、普段はもう少し静かに騒いでくださいとか言うんだよ。

 どうやら今日はテストの成績が良かったのか、真っ青な顔をしている。たまに千鶴たんはぽかをやらかして零点を採るがあんな表情、見た事がない。そう言う時の四季先生の顔は苦笑している感じだし。

「あの、山野さん。これが終わったら職員室へ来てくださいね」

「……」

「山野さん?」

「千鶴たん」

「ひゃっ」

 肩を揺すると変な声を出し、俺を凄い顔で見ていた。そして、目があうとすぐさま逸らすのだった。

「山野さん、もう一度言います。終わったら職員室へ来てください」

「……わかった」

 男子生徒がこれは様子がおかしいぞと騒ぎ出し、女子も普段とは違って少しうるさかった。

「一体、何なんだ?」

 そして俺も、とぼとぼ歩く千鶴たんの背中を見て少し不安な気持ちになってしまった。

 最近、どこかおかしいのは知っていたがまさか、吸血鬼関係であるのではないだろうか。

 結局、千鶴たんが戻ってくる事はなく俺は亜子と一緒に帰る気も起きない。かといって百々と帰路につくわけでもなかった。

「やっほ、少年」

「お久しぶりですね、冬治君」

「志枝さん……大仁さんも」

 校門を出てすぐに、俺は吸血鬼二人組を見つけた。黒のスーツに赤のシャツ、NKKのバッチをつけている。

「今日はマントじゃないんですね」

「ああ、ちょっと研究部門のある二人がマントはダサすぎるっと騒動を起こしたんですよ」

「そうそう、片方は痴女みたいな格好しているのにね。着物のくせにさ」

「志枝さんっ」

「口が滑ったってやつよ」

 こほんと大仁さんが咳払いをする。この話題にはあまり触れないほうがよさそうだ。

「えーと、それで二人はどうしたんですか? 百々に用事なら後から来ると思いますが」

「今回は千鶴の事についてです。彼女は私の親戚でして……志枝から報告を受けて飛んできました」

「この前のことね。目が、赤く光ったやつ」

「あれの事ですか」

「ここでは人がいますから」

 二人に挟まれるような形で場所を変えるのだった。

 場所を変えたと言っても、俺の部屋に変わっただけだがな。

「それで、一体千鶴はどうしたんですか」

「簡単に言うのなら吸血鬼になりつつあります」

 これを志枝さんが言ったのなら、俺は冗談言っている場合なんですかと切り捨てただろう。

「ちょっとぉ、何だか失礼な事を考えてない?」

「えーと、大仁さん、どうして千鶴が吸血鬼に?」

 無視すんなーという志枝さんの言葉を聞き流して大仁さんを見る。

「そうですね……吸血鬼は子を成す事が出来るんですよ。一人目が基本的に吸血鬼になるのです。でも、四分の一が普通の人間として生まれてくる。この人たちは何の変哲もない人間です。多少、普通の人間より何かしら優れているかもしれませんがね」

 千鶴たんがそうだとしても、一体何が優れているのだろうか。

「ただ、何かしらの要素が含まれると人間だった者が吸血鬼になるそうです。研究部門は周りに吸血鬼が多いとそうなると言ってますがなかなか実験できるわけもありませんから確定して言えることではないんですよ」

「あたしはそうだと思うけどね」

 志枝さんが真面目な顔でそんなことを呟いた。

「要素はともかくとして、このまま進んでしまえば千鶴は吸血鬼に成ります」

「本当……ですか」

「はい。性格が急に変わると言うわけではありません。しかし、完全に吸血鬼になって何もせずに外に出れば灰になってしまいます」

「え?」

 耳を疑ってしまった。千鶴が灰になる?

「説明がややこしくなるので何故灰になるのかは省きます。原因より、対策です。灰にならないようにわたしたち吸血鬼はこの特別な日焼け止めを塗っています。長年塗布することである程度までは塗らなくても大丈夫なんですがね」

「それを塗れば千鶴も……」

「ええ、大丈夫だと思います。冬治さんは彼女がたとえ吸血鬼に成ったとしてもそれまでと同じ付き合いをしてくれるのでしょう?」

「はい、それは間違いないです」

 千鶴は千鶴のままだろう。そりゃあ、いきなり襲いかかってきたから十字架やニンニクを投げつけてやるが。

「問題は当人なのよ」

 ため息をついて志枝さんは天井を見ている。

「千鶴本人が問題になるんですか」

「わたしたちは最初から吸血鬼ですが、彼女はそうではない。血をいきなり欲するなんて大変な事だと思います。冬治さんだってそうなのではないでしょうか」

「まぁ、そうですね」

 何故だか無性に血が飲みたくなったら……それはおかしなことなのだろう。

「夜中に徘徊が始まったら大変ですね。犬とか猫とか襲われて、次に人間です」

「あの、一ついいですか? この事はおばさん……いえ、希恵さんは知っているんですよね」

「もう話していますよ。やっぱりと言ってました」

「そして少年が何とかしてくれるだろうって。頑張れ、少年」

「え、俺ですか」

 希恵さんのご指名にかなり驚いてしまう。俺に何が出来るんだろう。

「ま、吸血鬼に成るとかそういう専門的な事はわたし達に任せておいてください。冬治さんは心の支えになっておいてください」

「絶対に怒らせては駄目だから」

 この二人に言うべき事だろうか……今日も千鶴の機嫌は悪かった。


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