第二十四話:お醤油を買いに行こう!
第二十四話
狼男の襲撃でびくびくしているのも馬鹿らしい。
だからといって勝手な行動は百々と志枝先生に迷惑がかかるしなぁ……と、もやもやしはじめた二月一週目の終わりの事だ。
「冬治さん、お醤油が切れたので買いに行きませんか?」
「駄目よ」
俺より先に雑誌を読んでいた志枝さんが横やりを入れる。
病院からこっち、志枝さんは俺の家に入り浸るようになった。亜子や家族には『仕事が見つかった』と言っているらしい。
「えーっと、でも、お醤油が切れているんですよ?」
「駄目よ。もう八時を超えているもの。夜間に出歩くのは危険だわ」
「考えすぎじゃないんですか」
「あのね、狼男を舐めんじゃないわよ。何のために二人で組んでいるのか、わかってるの?」
「……さぁ?」
間抜けな表情で百々が言うと志枝さんはため息をついた。
「一人が時間を稼いでいる間に上司に報告、連絡、相談を行うためよ」
「ああ、サラリーマンに大切な要素ですね」
嬉しそうに手を叩いて百々はにこにこ笑っている。
「とりあえず緊急連絡先に電話入れておけば最悪、追いつかれても増援が来るからね」
「でも、あれからこっち襲ってなんか来てませんよ?」
「隙を狙ってるんでしょ」
「そんなものですかね」
「そう言うものなの」
いまいち納得したようには見えない百々の表情に志枝さんは諦めた表情で雑誌に目を落とした。
「今日の晩御飯は?」
「肉じゃがです」
「……何で帰りにお醤油買って来なかったのよ」
「あるかなーと思ってました」
頭を掻いて、志枝さんは立ち上がった。
「あたしか、百々のどっちかが買いに行きましょう」
「俺は?」
「あのね、少年……一人で外に出たらどうなるかわかってるの? 冗談抜きでひき肉にされるわよ?」
「……すみません」
ジト目で睨まれて俺は苦笑するしかない。
「それならいっそのこと、三人で買いに行くのはどうでしょうか」
「そうね、それが一番いいわ」
志枝さんが立ちあがり、百々も立ち上がる。俺は寒い中、外に出たいわけではないのだが……しょうがない。
狼男の怖さは十分知っているので志枝さんから渡してもらったコートを纏う。何でも中々の防刃処理がされているそうで期待できるとのことだ。
百々が志枝さんに内緒で包丁を突き立てたところ、あっさりと貫通してしまったのは内緒だ。
「その名も、気休めコート」
「冬治さん、行きますよ?」
「はーい」
刃は防いでくれるかもしれない……でも、冬の風を防ぐには少しばかり厚みが足りない。
「うう、さぶっ」
そんな俺を見て志枝さんは呆れていた。
「少年……命狙われているんだからそんな緊張感のない事を言うと危ないわよ」
「それはそうなんですけど、寒いもんは」
「寒いんですっ」
百々も少し震えていたりする。
「百々……あんた、好きな男の子が命の危機にさらされているのよ?」
俺の時より呆れた表情でため息までついた。俺はぽかんと志枝さんを見続けている。
「え? 冬治さんの事ですか? 好きですけどそういう好きではないですねぇ」
「俺も百々の事は変な話だけれど本当の兄妹みたいな感じになってきたなぁ……最近特にさ」
「あ、冬治さんもですか? 私もです」
「そうそう、同い年の……天然系妹みたいな?」
「私は手のかかる弟って感覚ですかね」
そこでお互い、相手を見やる。
「ほぉ、百々……俺の事を手のかかる弟だと思ってたのか?」
「実際にそうでしょう。狼男に命を狙われているなんて手がかかりますよ。本当は命じゃなくてお尻を狙われているんじゃないんですか?」
「言ったな百々……たとえ女の子相手でも容赦しないぜ?」
「私を誰だと思っているんですか? 吸血鬼ですよ?」
「だるいからそう言うの辞めなさい」
志枝さんの言葉にあっさりと俺と百々は鉾を収める。
なんだかんだいいながら気付けばスーパーまで辿り着く事が出来た。まぁ、家の中に居ても絶対的に安心というわけではない。入口を何かで押さえつけられている間に窓側から入りこまれれば逃げ道はなくなるのだ。狼男にとって壁とかあってないものだと志枝さんから聞いたことがある。
醤油を買った帰り道、百々が志枝さんに話を振った。
「志枝さんは冬治さんの事をどう思っているんですか?」
「どうって……」
まじまじと俺の顔を見つめて呟く。
「手のかかる弟かな」
「あ、そうなんですか」
「むっ、なんで私の時と反応が違うんですかっ」
「ほら、志枝さんは年上だろ? 百々は同年齢だし……何と言うかなぁ、志枝さんに言われる事ってはいはい聞いてしまいそうなんだよなぁ」
俺の言葉に若干引いた感じで百々が笑っていた。
「あ、あのー、冬治さんって命令されるのが好きなタイプですか?」
「いや、そうじゃないと思うんだが」
「ま、いいんじゃない? 人にはそれぞれあるからね。今は狼男のことだけを考えなさいよ」
「はい」
ぽんぽんと頭を叩いてくる志枝さんの手の感触を楽しみながら俺たち三人は仲良く家へと帰ったのだった。
変な話だが、こんな風に三人で暮らすのも悪くないなと思ってしまった。




