第十話:気になるあの子は1/4
第十話
一月半ばになって屋上とか中庭でお昼ごはんを食べようなんて酔狂な奴は中々いない。ただ、今日は比較的暖かく外が大好きな人間は少し寒くても構いはしないらしい。
「……少し寒いな」
「なーに、身体を動かせば暖かくなるぜ」
千鶴たんのその言葉には納得するけれども、あいにく、これからお昼ごはんを食べるんだ。お昼ごはんを食べる前に準備体操が必要だなんて聞いた事がない。
「千鶴たん」
「なんだよ。昼ごはんならあげないぞ」
俺から隠すようにして弁当箱を隠す。
「そんなわけないだろう。不格好な弁当の中身だから千鶴たんが作ったのかって聞こうと思っただけだよ」
「へぇ、よくわかったな」
これまで千鶴たんはパンを買うか、もしくは結構綺麗なお弁当の中身を惜しげもなく披露していた。
口調が男っぽいけれどもお弁当は女子が持ってそうな弁当箱だ。可愛らしいクマが描かれていて千鶴たんのお気に入りである。
「そのクマのお弁当箱、長く使ってるんだな」
「しらねぇのかよ、テデェベアって言うんだぜ」
「……ああ、テデェベアね」
テデェベアだったかな……しっくりこないが、千鶴たんがそういうのならそうなのだろう。
「中学の頃に自分で初めて買ったんだよ」
「へぇ」
「道具は大切に使わないとな。母さんが今日からいないんでおれが料理を任されたんだ」
どうだ、凄いだろうと胸を張られる。しかし、お弁当の中身を察するにそこまでうまく料理が出来ていないようだ。調理実習とかも包丁の使い方はうまいだけに残念だとクラスの男子に茶化され、包丁を振り回していたっけ。
「なぁ、この卵焼きもらってもいいか?」
「ん? 一個だけならな」
「サンキュー」
お弁当でつまんで一口食べてみる。
「……まずい」
「何だと? 人のおかず食っておいてまずいとかお前、どういう神経してるんだよっ」
激昂した千鶴たんに俺は素直に謝った。
「悪かったよ。でも、まずいもんはちゃんとまずいって言わないとそれはそれで失礼だろう?」
何となく卵焼きと言うのはわかる。でも、味はしょっぱいし、どろっとした感じが最悪である。再現してみたい人は卵二つに塩を三杯、塩麹適当、砂糖少々、マヨネーズを入れたらいいかもしれないな。
「とろっとした美味しい奴を作ったつもりなんだけどな」
「冷えて裏目に出ちゃってるなぁ……ああいうのはやっぱり出来たてじゃないと」
口の中に未だに居座っている卵焼きの匂いを消すため、お茶を飲もうとする。
「あっ」
「へへーん、まずいって言った罰だよ。おれが全部飲んでやる」
「いやーっ、べろで舐めちゃだめぇーっ。間接キスになっちゃうーっ」
「べろべろべろべろべろっ」
そんな俺たちをカップル達が見て歩いて行く。
「うっわ、何あれ」
「ただの馬鹿二人組だろ」
「おらーっ、見せもんじゃねぇーぞっ」
両手を振り回しながら走っていく千鶴たんに俺はため息をつく。相変わらず血の気が多い奴だ。
ハンカチを水道で洗って待っていると案の定、ボロボロになった千鶴たんが戻ってきた。
「くっそーっ、あの糞男、マジで殴りやがって……」
「やれやれ」
千鶴たんの頬に出来るだけ痛くならないようにハンカチを押し当てる。
「ありがと……」
「気にすんな。しっかし、相変わらず喧嘩強いなぁ」
遠慮のない蹴り、遠慮のない鳩尾……千鶴たんは男子からも女子からもいまいちいい評判は聞かない。
馬鹿にすると必ず殴ると言うのもあるし、大人数で行動するのが嫌いな為友達が少ないのだ。
B組は男子が千鶴たんのことを神様のいたずらと思っており、女子の方は少し変わった子が多い為受け入れている。彼女にとってはベストな教室なのだろう。
「ありがと、収まったよ。このままハンカチ借りとくぜ」
こういう時に見せる表情、言葉づかいはドキッとするような柔らかさだ。だから俺は少しごまかすように茶化している。
「そうか、でも大事をとって保健室に付き添ってやろうか? 腕組んでスキップしながら」
「なんで頬をぶたれたぐらいで保健室に一緒に行かないといけないんだよ」
「ま、それだけ元気なら大丈夫だろ。なぁ、料理はやっぱり誰かに習ったほうがいいよ。今度はおいしい卵焼きを食べさせてくれよ」
「はぁ、なんでおれが冬治の為に卵焼きを食べさせてやらないといけないんだ」
さっさとお弁当箱を畳んで千鶴たんは教室へと向かってしまう。
彼女ならそうなのだろう。
「……彼女の競争心をあおってみたら作ってくれるだろうか」
百々辺りに頼んで美味しい卵焼きを食べさせてみよう。
俺はからかいつつ、どうやったら千鶴たんが卵焼きを作ってくれるか考えるのであった。




