梅雨の晴れ間に~掌の小説~
しぶく雨の向こうにぼんやりと天空之木が視えた。
私はベランダに坐り、眼の前の公園から零れ出る草木の匂いを感じていた。
夕暮れの大気の中を、露が濡らした樹木がしんなりとその揺れた葉先をたゆませ、
その香気が梅雨の到来を私に告げた。
息子が就職し、奈良へと去った春、私は遠ざけていた莨を再び嗜む様になった。
吐いた煙の向こうに深深と落ちて徃く雨の礫が視える。
この陋屋を包む静けさは、これから私達夫婦に取って永の友人となるのであろう。
日々、妻は近くに居を構えた娘夫婦の家に、孫の世話焼きに行く。
二十歳を前に、私達家族よりも鍾愛すべき存在を認め、高校卒業と共に家を出た娘。
大学生になった娘を夢想し、その後のレールすら深慮していた妻の嘆きと狼狽も、
遠い追憶の中に静かに留められている。
二歳を超えた孫と、近々生を享ける新しい命の為、忙しなく娘の家へと通う妻は、
嬉々として新たな生き甲斐を享受していた。
二人きりになった我が小さな陋屋も、私独り過ごす時間が増えていた。
娘の部屋から聞こえた音楽も、居間に置き去りにされたファッション雑誌、
だらし無く脱ぎ捨てられた洋服も、今となってはどれも懐かしく感じられた。
春、東京を後にした息子の部屋は、あれ程煩雑であった面影は何処にも無く、
置いて徃った本棚に残る数冊の本と、壁に掛けられた、月の土地所有主証明書と書かれた、
まだ稚気の残る過去の遺物が残されるばかりだ。
梅雨の雨粒が濃青に溶けて徃く様を、煙の先に視つめながら、私は轍を省みていた。
四十路後半にして、二人の子供達の巣立ちを見届けた私を、人は幸福な半生なのだと謂う。
あれは何年か前。
貴方は何でも持っている と私に食ってかかった女が居た。
私はその時、人が持つ悲哀の然らしむ逃れる事の出来ない業を感じた。
大空を飛翔する鳥の心は鳥にしか判らず、また大海を回遊する魚の心も魚だけが識っている。
人の笑顔の裡にある感情の襞は、女が私を罵る様に謂った台詞等では、
その薄皮一つ剥ぎ取る事は出来ないだろう。
痂になった傷口が、露出の無い服の下で我慢の出来ない疼きを感じさせても、
他者は何一つ気付かない侭、この現を懸命に生きるのだ。
愛すべき妻がいる。愛すべき子供達がいる。そして愛しい次の世代が生まれる。
愛した女がいた。去って徃く女がいた。想いの絃が編み込まれた女もいる。
縦糸と横糸が紡がれた世界に総てを修めた人等存在しないだろう。
濃青の空は、東京色だ。
東京の夜に青は良く似合う。
大昔、彼国の人々が、尊厳の象徴とした色彩は赤を基調としたものだと聞く。
この大和の国が草昧な時代を抜け出す頃、海を渡り伝来した神々の色彩は、
今もその色合いを高貴な建物に遺している。
歴史の爪痕が届かなかった極東の東、鄙の地は、その影響下に染まりきらなかった
のかもしれない。
雨に揺れる青い葉先と、天空之木に煌々と瞬く碧の柱を視ながら、私は私の裡に流れ、
漂う懶さを敷衍していた。
梅雨の晴れ間。
森閑とした陋屋が、俄かにその沈黙を破り、息を吹き返した様な
活気有る喧騒に包まれた。
日曜日、娘達がやって来た。
私達の子供達と同じ様に、孫は整った部屋の中を走り廻り、遠い昔のあの頃と変わらない、
秩序の無い装いにその空間を瞬く間に変えた。
夏の到来を予感させる様な、強い陽射しが部屋へと差し込み、久しく静寂を破られた陋屋に、
小さき者の賑やかな笑い声が零れた。
私は積木で遊び、車で遊び、抱き上げて飛行機遊びと、孫との時間を愉しんだ。
日一日と大きくなり、多くの言葉を操ってゆく、その小さき者は、まるで可憐な花の様に
愛くるしい程、直向きな命を感じさせ、現の柵等無い無垢な感情の爆発は、
命の力勁さをしっかりと伝えた。
暫くして、私は煖かな鍾愛すへき人達から離れ、サンダル履きでベランダへ出た。
天空之木の点滅する光が、白雲と藍色の間に拡散して消えた。
私はその場に曲まり、莨に火を点けた。
明日はまた雨だろう。
青い草木が、つかの間の陽ざしを摂り込む様に、その葉を棚引かせていた。
莨の煙の向こうに、突然小さな顔が視えた。
私は慌てて、揺蕩う煙を手で掻き消すと、その小さな顔に笑顔を向けた。
私と同じ様にして、隣に坐った幼い愛すべき者は、火の点いた莨と私の顔を
交互に見つめて囁いた。
じぃじ
ん?
気持ちいいね
風が
風が気持ちいいね
ね
大人びた口調でそう謂うと、私の視線の先を同じ様に見つめた。
うん。気持ちいいね
私は小さき者の言葉を繰り返して、柔らかな風を感じながら、公園の青い葉先を視ていた。