第九話 取り壊し阻止計画
翌日は、昨夜の悪天候がウソのように晴れ渡り、高く澄んだ空は真っ青で雲一つない。
「結局、台風は上陸しなかったんだよな」
琉星は空を見上げながら呟く。それにしては、もの凄い風雨だった。それとも、あれほど激しい嵐だったのは、もしかしたら沼の周りだけだったのかもしれない。家に帰った後、家族は台風のことなど話題にしてなかったし、ずぶ濡れの琉星を特に心配してもなかった。
剣道の朝練の後、琉星は自然とお堂の方へ足を伸ばしていた。昨日までは、お堂の側を通るだけでビクついて、何か得体の知れない物の気配を感じていたのだが、何故か今は全く怪しい気配を感じなかった。白蛇と沙良のお陰で、邪悪な悪霊達が退散したからなのだろうか?
琉星は、空から沙良の家へと続く森へと視線を移した。
沙良は一体何者なのだろうか? 白蛇を奉る巫女の末裔? 琉星の祖先らしい及川琉馬とも何らかの繋がりがあるのだろうか? 考えてみれば疑問だらけだ。自分自身が『お堂』にまつわる人物と関係があったことも驚きだった。しかし、琉星がこの土地に生まれ、この学校に入学してきたのは、何かの導きがあったからなのだろう。沙良と出会ったのも、単なる偶然ではない気がした。
沙良に対して恋愛感情があるわけではないが、沙良に手を握られた時、言葉では表現出来ない温もりと愛おしさを感じていた。
「よっ、剣道おタク! 何ボーッと突っ立ってんだよ!」
考えをめぐらせていた琉星の耳に、突然脳天気な声が響いてきて、思考は中断させられた。いつの間にか登校時間になったらしく、慶と優輝が連んで側まで来ていた。
「琉星、何か哀愁漂ってたぜ。そんなとこも女の子狙い?」
優輝が笑って言う。いつもの琉星の取り巻きの女子達の姿も遠目に見える。
「そんなんじゃないよ。考え事してた」
タオルで汗を拭いながら琉星は言う。
「マジに返すとこも琉星らしい」
いつものように、彼は冗談を冗談で返すようなことはなくて、優輝は笑う。
「ま、琉星が沼の底に飲み込まれずに良かったよ。そう言えば琉星、『お堂』まで一人で来て平気なのか?」
「あぁ、何か全然邪悪な空気を感じないんだ。不思議なくらい空気が澄んでるっていうか」
怖いどころか、琉星はここにいるだけで癒されるような気もした。
「やっぱ、昨日のお払いが効いたんだな。悪霊退散っ! てな」
慶は大げさに手を振りかざし十字を切る。
「十字は切らないだろ、キリスト教じゃないし。結局、俺達、栗原さんに助けてもらったんだよな。彼女、一体何者?」
「その事考えてた。僕と彼女がどういう繋がりがあるのか」
「どういう繋がり~って、運命の人とか? 白蛇とあの琉星の先祖みたいなラブラブカップルだったりしてな!」
慶は面白そうに笑う。
「それはないと思う」
慶の意見は、あっさり却下。
「けど、『お堂』の取り壊しが始まったら、また、ここは荒れて邪悪な霊がはびこってくるかもしれないな」
今は平和そのものに見える森の茂みを、琉星は見る。
「栗原さんは、悪霊が『お堂』の取り壊しを阻止してたって言ってたよな」
優輝は沙良の言葉を思い出す。邪悪なはずの悪霊達の存在が、結果的に『お堂』を守っていたことになる。
「はぁ? そんじゃ、悪霊がいた方が良いってことかよ?」
「そんな訳ないさ。悪霊は所詮邪悪な存在、この土地に良い影響は与えない。『お堂』は別の方法で守らないと」
『お堂』を奉ったのが琉星の祖先だと知り、琉星も『お堂』に対して愛着がわきつつある。
「明日からまた取り壊し工事は再開されるみたいだ。俺達でなんとかしないとな」
琉星同様、優輝も、『お堂』を守りたいと思う気持ちが強くなっていた。
「どうやって?」
腕組みしてしばらく考えていた優輝は、慶の顔を見るとポンと手を打った。
「慶の顔もたまには役に立つな」
「何それ?」
「優子の力を借りよう!」
「キャ、キャサリンさん!?」
ぽかんとした表情で優輝と琉星の話を聞いていた慶は、思いがけず憧れの人の名前が出てきて慌てる。
「優子の友達にモデルやってる子がいるんだ。彼女のマネジャー、他にも受け持ってるタレントがいて、テレビ局にも顔が効くらしい。『お堂』のこと、テレビ取材してもらったらどうだろ?」
優輝はニンマリと笑って、慶と琉星を見る。
「普通の学校の小さな『お堂』のことなんかを取り上げてくれるかな?」
「そこは、尾ひれを付けて、由緒あるお堂が取り壊されそうになり、在校生達がいたたまれなくなって、取り壊し阻止をするため立ち上がるとか。白蛇様と書家の悲恋話のことも織り交ぜたりして」
「おぉっ! いいじゃん! オレ達一気に有名人になるかもな!」
「だろ!」
「白蛇様も及川琉馬も実在してるんだ。そんな、面白半分なこと……」
心配顔の琉星をよそに、優輝と慶は大いに盛り上がる。