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第七話 嵐の夜に

 窓を打つ雨音が次第に強くなってきた。風も吹き初めてきたようだ。天気予報では、台風は二十三時頃上陸するとか言っていたような……。

「六時間後って言ったら、午後九時だよな」

 優輝は思わず口に出して呟いていた。沙良の家の庭で見た水鏡。それに映し出されていた琉星の姿。あの通りの事が起きるなら、午後九時に琉星は学校裏の森に行っていることになる。台風が上陸するようなこんな嵐の夜に、あの恐がりの琉星が一人で森に出かけるなど考えがたい。

 しかし、琉星の母親の話だと、琉星はまだ部活から帰っていないらしい。

──全く、ケータイくらい持っとけよ。

 琉星のことが気になって家に電話をしたのは、一時間ほど前だった。もうすぐ午後八時になろうとしている。

──もう、帰ってるよな。天気予報を毎日チェックするような琉星が、台風のこと知らないはずないし。わざわざ森に行く理由なんかない。

 そう自分に言い聞かせる優輝だが、さっきから胸騒ぎがして何度も窓の外に目をやっていた。もう一度、琉星の家に電話をしようかと思ったが、優輝はケータイを手にすると別の番号を押した。

『優輝! チケット代返せー!』

 即、慶の馬鹿でかい声が耳に響いてくる。

「分かってるよ。二枚分買えば良いんだろ」

『で、どうだったんだ? 栗原沙良とのデート! オレの目の前であんな簡単に誘いやがって! オレがどんだけ苦労してキャサリンさんを誘おうとしてるか分かってんのかよ!?』

「分かってる、分かってるって。それより、今から栗原さんの家に行くからお前も来いよ」

『は? 栗原の家? 今から?』

「琉星が大変なんだよ。彼奴を助けに行くんだ」

『意味わかんねぇ? 栗原の家と琉星とどう関係あんの? それに、もうすぐ台風が上陸するの知ってる?』

「説明は後。琉星が森の沼で溺れ死ぬかもしれないだ。とにかく直ぐ出発、いいな!」

『沼ってどこにあるんだよ?』

「それは……行けば分かるだろ」

 優輝はケータイを持ったまま急いで部屋を出る。

「あの森に沼なんてあったっけ?」

 電話を切った後で、優輝はふと森を思い浮かべる。学校の横、ちょうどあのお堂に続くように広がる小さな森。遠目にしか見たこともなく、行ったこともない。森と言うほど木が茂っている訳でもないが、なんとなく薄暗くて琉星じゃなくても近寄りたくない雰囲気のする場所だ。その森の向こう側に沙良の家が続いている。

「ま、行けば分かるか」

 優輝はドアを開けて外に出る。出ると同時に激しい雨と風にみまわれた。

──午後九時って、台風上陸前の一番危険な時間じゃ……。

 優輝は風雨に倒されそうになりながら、家を出ていった。




 部活に熱中していた琉星は、気付くと広い道場に一人残されていることに気付いた。既に午後七時を過ぎ、外は真っ暗になっている。雨も降ってきたようだ。

──ヤバイ……台風が上陸するって言ってたよな。

 琉星は急いで帰り支度をはじめ、道場を出ようと扉の方へ向かう。すると、まるで自動ドアのように扉がスッと開き、誰かが入って来た。琉星はビクッと身震いし、その場に固まる。

「及川君、まだいたのね。早く帰った方がいいわ」

 目の前を黒髪が横切り、その場に沙良が立っていた。琉星は既に硬直状態になり、声を出そうにも、口はパクパク動くだけで声にならない。

「驚かせてごめんなさい。さ、ここを出ましょう」

 沙良は琉星の手を掴む。その手の異常な冷たさと、黒々とした艶やかな長い髪を目にして、琉星の恐怖はますますつのっていく。沙良の黒髪が今にも首に巻き付いてきて、前みたいに首を締め付けられるんじゃないだろうかと。あの時の恐怖がよみがえり、琉星は沙良の手を振り払った。

「及川君、私は貴方を助けに来たのよ。貴方には何の罪もないこと。だけど、これは宿命なの。及川琉馬おいかわりゅうまという書家のことを知っているかしら?」

 沙良は黒い眼で、じっと琉星を見つめる。

「……なっ、何のこと? 僕にはさっぱり」

 ようやく声を出せた琉星は、沙良から逃れようと慌てて道場を飛び出して行く。

「あっ、待って。これを」

 沙良は琉星に手を差し伸べたが、琉星は降りしきる雨の中を走って行った。

「彼は、運命を変えることが出来るかしら……」

 手の中に握ったお札を沙良は見つめる。

「後は白蛇様と、彼らに任せるしかないわ」

 暗闇を走る琉星の背が次第に小さくなって行く。ひたすら走る彼は、真っ直ぐに森へと向かっていた。











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