第一話 始まりの朝
この作品は、グループ小説企画「砂漠の薔薇」のコラボ企画作品です。雨宮だりあ、春野天使の初コラボ作品です。
聖流学園高等学校は、街の中心地を南に下り、緩やかな坂道を上って行った先に存在する。創立百年の風格のあるこの高校の校庭の片隅には、まるで置き忘れられたかのように、ぽつんと小さなお堂が建っていた。
そのお堂は、学校が創立するずっと以前からそこにあり、土地の守り神のように静かに存在していた。そこにお堂があることさえ知らない生徒もいるくらい、それは小さなお堂で、忘れかけられた存在だった。
だが、その年の秋、その古びたお堂が脚光を浴びることとなる。
「アンドリュー君!」
校門を入った所でいきなり名前を呼ばれた、真田・アンドリュー・優輝は、ギクリとしてふりかえる。見ると、クラスメイトの日下部慶が猛ダッシュで近づいて来る姿が目に入った。優輝はもろに嫌な顔をしてみせて、ため息をついたが、慶は全く気にする様子もなく、満面の笑みで馴れ馴れしく肩を組んできた。
「今日も良い天気だなぁ~アンドリュー君!」
慶は声を立てて笑いながら、雲一つない青空を仰ぎ見る。確かに天気は良いが、9月になっても猛暑日が続き、朝からうだるように暑い。
「アンドリュー君って呼ぶのやめてくれない?」
慶が優輝のことをアンドリューと呼ぶ時は、ろくな事がない。特に今日は『君』までつけている。
「なんで? 良いじゃないか。せっかく格好いい名前があるんだから。良いよなハーフはもてて」
優輝は日本人の父とイギリス人の母の間に生まれたハーフなのだが、生まれた時から日本に住んでいてハーフという実感もない。どちらかと言えば英語は苦手な方だった。
「で、アンドリュー君。大事な話があるんだけど」
優輝の訴えはまるで無視し、慶は話しを続ける。
きたきた、嫌な予感を的中させた優輝は、突然慶が目の前に差し出した二枚の紙を凝視する。
「何、それ?」
「見りゃ分かるだろ、映画のチケット」
「俺、映画なんか興味ないし」
「誰がお前と二人で映画見に行くんだよ。さっしろよ。分かんだろ」
「分かんない」
あっさりと答える優輝に舌打ちしつつ、慶は顔を赤らめる。
「キャ、キャサリンさんとだよ!」
「優子と?」
真田・キャサリン・優子は、二つ年上の優輝の姉だ。空手道場を開いている真田家の跡取り娘と言われている、空手の達人。慶も真田道場に通い、かなりの腕前だが、まだまだ優子にはかなわない。ちなみに、優輝も幼い頃空手を習ったことがあるが、三日もたたぬうちに音を上げてやめてしまった。
慶が以前から優子に憧れ気があることは知っていたが、今のところ優子には相手にされていない。慶は優輝を通してなんとか仲を取りもってもらいたがっているが、日頃強気の慶も優子の前では、借りてきた猫のように大人しくなってしまう。唯一優子に関する話題では、優輝が慶の弱みを握り、強気に出られる瞬間だ。
「なら、さっさと優子に渡して誘えば?」
「そっ、それが出来れば、とっくに渡しているだろーが!」
ますます顔を赤くする慶を見て、優輝は面白がる。
「けど、優子、そんなアイドル女優の恋愛映画なんて興味ないかもなぁ?」
「そっ、そうなのか!? 超話題作なんだぜ……」
慶は掴んでいた優輝の肩から手を放し、まじまじとチケットを見つめた。
「キャーッ、琉星君だ」
「剣道着姿、マジいけてる!」
「朝練で一汗流した後って感じ、いいよねぇ~」
突然優輝と慶の側で、女子生徒達の甲高い声が響いてきた。彼女たちの視線の先には、及川琉星が、剣道着姿で姿勢を正し歩いている。女の子達の黄色い声援が聞こえるのか聞こえないのか分からないが、それに動じることなく前を向いて黙々と歩いていく。
彼も、優輝と慶と同じクラスメイトだ。
「オイ、琉星」
優輝と慶の横をそしらぬ顔で通り過ぎようとする琉星を、慶は呼びとめる。
「相変わらずモテるじゃねぇか。女の子達、ほったらかしで良いのかよ?」
遠巻きに琉星に熱い視線を送っている女子生徒達を見て、慶は舌打ちする。
「こっちは、映画に誘うことさえ出来ないってのに」
「あ、おはよ」
琉星は、初めてそこに優輝と慶がいることに気付いたらしく、軽く片手を上げる。
「考え事してて気付かなかった。今、何て言った?」
「いちいちムカツク奴」
「琉星は剣道一筋だもんな。女の子には興味ないよね」
優輝はニヤリと笑う。
「それより、知ってるか? 新しい校舎が建つこと」
「ああ、今の校舎を壊して別の場所に新しく建てるんだろ。なんせ、五十年以上経ってるからな」
「問題は建てる場所だよ」
「建てる場所? 運動場の方に建てるんだろ」
琉星は真剣な表情で、一呼吸置く。
「あのお堂を壊してしまうらしいんだ」
ストーリーは、学園ホラーコメディみたいな感じになりそうです。初コラボなので、楽しく書いていきたいと思います。