2
自室へと戻ったぼくは、ギルドから貰った板を注意深く見てみた。すると、縦と横四マスずつ穴が開いていて、そこへさっき手に入れた駒をはめ込んで作っていくようだ。ぱらぱらと図鑑をめくりながら駒に描かれているキャラクターの能力や、力を確認しながら一枚ずつ板へとはめ込んでいく。どうやら特定の駒を十枚入れることでそのデッキの型が決まるらしい。防御や連携が得意な黄色い縁の駒─神属性の駒を十枚入れると神デッキ、毒や妨害が得意な紫色の縁の駒─魔属性の駒を十枚入れると魔デッキ。強力な攻撃が得意な赤色の縁の駒─竜属性の駒を十枚入れると竜デッキにといった具合だった。ぼくはまず自分の好きなように駒を板に組み込んでみることにした。まずはさっき手に入った大きな鎌を持った女の子……確かアズリエルって言っていたっけ。その駒を探し出し、一番最初の穴に埋め込んだ。続けて色々な駒を組み込んでいくと、あっという間に一つのデッキが完成した。まだどんな効果が発揮されるかははっきりとわからないけど、まずはこれで課題はクリア。早速、この板を持ってさっき案内をしてくれたところまで戻ろう。
「あ、もうデッキが完成したのですね。さすがです。では、そのデッキを使ってこれから模擬戦闘を行ってもらいます!」
模擬戦闘。その言葉を聞いただけでぼくの足は急に緊張感に包まれ、小刻みに震えだした。まさかこんな早くに実践をすることになるなんて……ぼくは板をぎゅっと抱いて下を向いてしまった。
「大丈夫ですよ! そんなに緊張しないでください。ひとつひとつ、駒に描かれているみんなを信じてあげてください!」
信じる……。そうか……ぼくは一人じゃないんだ。ぼくはこの板に組み込んだ駒たちと一緒に戦場へと行くんだ。そう考え方を変えたら、さっきまでの足のすくみは消えて真っ直ぐ前を向くことができた。大丈夫……だよね。ぼくは大きく伸びをして、準備ができたことを伝えると模擬戦闘を行う会場までに道を教えてもらった。ここには闘技場という施設があり、そこで日夜ぼくたち以外の冒険者が戦いを繰り広げているという。これからぼくもそこへ行くとなると、いよいよ冒険者なんだなという実感が少しずつ湧いてきた。
「大丈夫です! きっと素敵な戦いになると思いますよ! いってらっしゃい!」
担当者に見送られ、ぼくは闘技場へと向かった。跳ねる胸の鼓動は緊張か興奮か、口の中が乾くのは期待か不安か……様々な思いがぐるぐると渦巻きながら到着した闘技場入り口。
「では、あなたのデッキを確認させていただきます」
闘技場の入り口で受付を済ませ、すぐに準備を整え闘技場の選手入り口へと案内された。薄暗い道を等間隔で壁に掛けられた松明がちろちろと揺れながら足元を照らす。胸の鼓動が激しくなり、今からでも逃げ出したという気持ちになるのを必死に抑え、ぼくは闘技場へと続く扉を力いっぱい開け放った。
「では、本日デビューの冒険者の模擬戦闘を開始したいと思います! 皆様、盛大な拍手でお迎えください!!!」
がんばれー!!
期待してるわよー!!
負けんじゃねーぞーー!!
そこは音の洪水だった。指笛の音、歓声、拍手。熱気に包まれた会場から溢れる音の濁流に飲み込まれないよう、ぼくは板をぎゅっと抱き一歩ずつ司会者に招かれた場所へと歩いた。
「ようこそ! 闘技場へ。さっそくではありますが、模擬戦を開始するよ。準備はいい?」
ぼくはごくりと喉を鳴らしながら、小さく頷いた。司会者は思い切り行ってみようと耳元で囁くと、ぼくの背中をぽんと押した。……よし、やってみよう!!
「では、対戦相手の入場です! こちらも盛大な拍手でお迎えください!!」
思い切り戦えーー!!
判断を誤るんじゃねーぞー!
焦るな焦るなー!!
入口が開き、そこに現れたのは……さっき、顔を合わせたばかりの人物─ナギールだった。ナギールもぼくの顔を見るとぎょっとした様子でこちらへ近付いてきた。遠くてよく聞き取れなかったけど、たぶん「お前かよ!」って言っていた……気がする。
「では、ここに新米冒険者が二人揃いました。それでは、まずは握手から」
「まさかお前とやるとは……思わなかったぜ。よろしくな」
ぼくもそれに頷き応え、ナギールの手をぎゅっと握った。それから司会者から立つ場所を指定されぼくとナギールは対面するような形となった。そして司会者がコイントスをしてどちらが先に攻撃するかを決めた。
「先攻はナギール選手! では……バトルスターーット!!」
司会者の合図と共に、ナギールが一枚駒を選び、場へと投げた。そこから現れたのは金色の髪が美しいまるで貴族騎士のような人物だった。
「容赦はしませんよ」
その騎士の周りを幾本の剣が舞い、輝きだした。そしてぼくの手番。一番最初に出てきたのはアズリエルと……なんだっけ。と、とにかく一枚選んで攻撃しなきゃ。適当に選んで場に投げようとしたとき、アズリエルの背後にいる骨三郎が怒鳴った。
「あ! ちょいまっち! それよりか、こいつを出せ!!」
器用に板を揺らし特定の駒ががくがくと動いた。理由は……いいや。とにかく、ぼくはその揺れた駒を取り出し場に投げた。すると、金色の髪にどこか野性味を感じる女性が現れた。その女性は騎士の放つ光に一瞬、膝をついていたけどすぐに立ち直り炎を纏った投擲を騎士に向かって投げた。
「む……無念です」
「よっし! いっちょあがりぃ!!」
騎士が投擲を受け、再起不能となると女性は嬉しそうに拳を握った。女性はナギールに余裕の表情を見せつけた。
「くっ……強い。でも、まだまだこれからだ! いけぇ!」
ナギールが投げた駒からは妖精が現れた。しかし、普通の妖精ではなく、細剣を持った美しい妖精だった。
「あたちの剣からは逃げられないですよ! えぇい!」
小柄な体を利用した機動力から放たれる鮮やかな剣技に、さっき貴族をやっつけた野性味ある女性はなす術もなく膝をつき再起不能になってしまった。
「ち……ちっくしょう……すまねぇ……」
「えっへん! どうでちゅか!!」
あぁ……やられてしまった。やられてしまったショックを感じながら今度はぼくの番。さっき野性味のある女性があった個所には新しい駒が補充されており、そこにはさっきパートナーに選んだ防御に優れた天使─ザフキエルが現れた。
「好機のようだ」
ぼくはザフキエルに手を伸ばし、場に思い切り投げた。すると大きな翼をはためかせながら現れたザフキエル。神々しくも猛々しいその姿に会場からはどよめきが起こった。
「私が盾になろう!」
体をすっぽりと隠れてしまう程の大きな盾を持ち、味方を守るその姿はとても美しかった。ぼくはザフキエルにお願いしますと声をかけると、ザフキエルは大きく頷き吼えた。
「私の防御を超えてみるがいい!」
その咆哮に驚いたナギールは、慌てながら場に駒を投げるとそこには弓矢を持った小鬼族─ゴブリンが現れた。そのゴブリンは腰につけていたトラばさみをぽいと投げると、けけけと笑いこちらを挑発してきた。どうやらあのトラばさみに挟まれると痛手を受けてしまうという力を持っているようだ。なるべくトラばさみの周囲に近づかないようにして戦わないと……。
そして、今度はぼくの番。ザフキエルがいたところにはこちらも弓を持った少年が現れた。直感でその駒を選び場に投げると、その少年はへへんと笑い弓を構えた。
「さぁ、狩りの時間だ!」
少年が弓を放つと細剣を持った妖精と、トラばさみを仕掛けたゴブリン二人同時に攻撃をした。目にも止まらぬ速さで放たれた弓は機動力に優れる妖精をも仕留め、ゴブリンに関しては耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげながら消えていきナギール側には誰も残っていなかった。
「くそっ! あいつ、なかなかやるな……今度はこいつでどうだ!」
ナギールが場に投げてきたのは竪琴を持った可愛らしい少女だった。スカイブルーの髪に金色のサークレット、そしてなにより背中から生えた美しい羽がザフキエルとは違った神々しさを感じた。
「お役に立ってみせます!」
竪琴を持った少女が意気込む中、ぼくは手駒の中で何を出そうか考えていた。この駒を出そうかいやそれとも……悩んでいると骨三郎がひと際大きな声で怒鳴った。
「あぁあ! じれったい! こうなったら俺たちの出番だ! アズ、行くぞ!」
「おー!」
ぼくの静止を振り切ってアズリエルと骨三郎が描かれた駒が勝手に動き出し、場で展開されると機械から出てきたときと同じ格好のまま現れた。フードを被った少女─アズリエルの手には大きな鎌、そしてその周りを笑いながら浮遊している頭蓋骨─骨三郎が登場した途端、ナギールの顔が蒼白になりしばらく口を開けたままの状態だった。
「必殺!」
「やー」
アズリエルが鎌を振り下ろすと、そこから紫色の霧が現れナギールを覆った。するとナギールは大きく咳込みながら苦しそうに胸を抑えていた。立つのも辛いのかナギールは膝をつきながら次の駒を選択し、場に放り投げた。現れたのは真っ赤な鎧に身を包んだ竜族の少女だった。その少女は戦いの咆哮をあげながら大剣を構えると、ぼくではなく竪琴を持つ少女へと向けて斬撃を放った。
「斬られるだけではすまんぞ」
「浄化の光よ。響いて」
竜族の少女と竪琴を持った少女の連携が完成し、物理攻撃と魔法攻撃が一気に押し寄せてきた。ぼくはとっさに自分を守ろうと低く屈んだけど、それよりも早くザフキエルが駆けつけてくれ強力な物理攻撃を防いでくれた。その強い衝撃で吹っ飛び、弓を持った少年は後頭部を強く打ったようで戦闘不能に。しばらくして光の粒子となった。ザフキエルは抱えていた巨大な盾にヒビが入りそこから粉々に砕け、防ぎきれなかった力の奔流がザフキエルを襲った。
「む……無念だ」
ザフキエルの体が光の粒子になり、風に乗って消えていく中ザフキエルが防ぎきれなかった物理攻撃と魔法攻撃がぼくに襲い掛かる。まさか……そんな戦い方があるなんて……。ナギールのピンチは好機となり形成が逆転してしまった。このままでは……ぼくは負けてしまう。いやだ……負けたくない!!
ぼくは強く念じた。勝ちたい。この勝負に勝ちたいと。お願い! この場をひっくり返すことができる駒……きて!
「わたしの鱗はよく切れるぞ」
さっきナギールが出した真っ赤な鎧の少女が、今度はぼくの手駒に現れてくれた。でも、この少女だけの力では難しい……どうしたものか。ぼくは決められた時間の中でさっきナギールはどうしていたのかを思い出していた。確か、竪琴の少女の反対側にこの少女がいて……条件が満たされてさっきの強力な攻撃になったんだ。ぼくの場合は……もしかしたら!!
「おい! ぼさっとしてんな! 時間ねぇぞ!!」
「こっちこっちぃ」
アズリエルがぼくに向かって手を振っているのが見えた。もうこの一手しかない。ぼくはアズリエルの直線状にいる竪琴の少女と竜族の少女を挟むように、ぼくの手駒から今引いた竜族の少女を場に放り投げた。
「覚悟しろ。わたしを怒らせたらどうなるか……思い知れ!」
「大丈夫だよ。痛くないから」
竜族の少女の強力な攻撃がアズリエルと連携を生み、物理攻撃と魔法攻撃を発動させる。これできっと勝てる、そう信じていた。
「守ってみせます!!」
竪琴を持った少女が弦をつま弾くと、薄い透明な膜が現れ竜族の少女が放った物理攻撃の衝撃を放射状に分散していく。やがて耐え切れなくなった竪琴の少女が光の粒子となり、消えていく。
「ごめんなさい……」
「くっ……やったな」
竪琴の少女とナギール側の竜族の少女が消え去り、残ったのはナギールのみとなり竪琴の少女が防ぎきれなかった物理攻撃の衝撃と魔法攻撃が同時にぶつかり、ナギールの体は吹き飛ばされ床に何度か叩きつけられてようやく止まった。
「おぉーっと! アルンとアズリエルとのコンボ攻撃を受けてナギール選手ダウン! これで決着となるのかぁ!?」
がんばれー!
まだ戦えるだろー
よく頑張った! いい試合だったぞ!
もし、これでナギールがダウンから復帰して攻撃をされたらぼくの負けは確実。もうこれ以上戦う気力が残されていない状況の中、司会者がカウントダウンをしていく。
「5・4・3・2・1……ナギール選手の敗北が決定しました!」
あぁー
おつかれさま!
いい勝負だったよ!
熱い戦いだったよ! またみせておくれ!!
ぼくが……勝った。あのギリギリの中、竜族の少女とアズリエルを信じて……勝てた。もうどうなるかわからなかったけど……思い切って出したことが勝利へ繋がった……のかな。震える足に力を入れて司会者から祝福の言葉を受け取り、だけどぼくの頭はなぜかぼんやり……よろよろと歩いた先でぼくの意識はまるで誰かに持っていかれたかのように遠のいていった。
誰かが何か言っているような気がしたけど……もうその言葉さえぼくの耳には届いていなかった。




