二人の探偵 始まり
夕暮れ時の小学校は、特有の寂しさと静けさに満ちている。
「——よし、今日の宿題は漢字ドリル3ページ。週末だからって、ゲームばっかりするなよ」
教壇に立つリョウタロウは、仕立てのいいスーツの袖を軽くまくり、集まった児童たちに爽やかな笑みを向けた。179センチの長身と端正な顔立ち。廊下ですれ違う母親たちからのウケも抜群の、自他ともに認める「イケメン教師」の顔がそこにはあった。
下校のチャイムが鳴り響き、子供たちが嵐のように去っていく。リョウタロウはふう、と息を吐くと、胸ポケットから一本のメタルパーツを取り出した。
シャキィン。
鋭い金属音を立てて伸びたのは、授業で使う、ごく一般的な指し棒だ。
リョウタロウはそれを愛おしそうに眺め、ニヒルな笑みを浮かべて先端をパシッと手のひらに打ち付けた。
「さて……ここからは、大人の時間(授業)だ」
きっちりカッコをつけたところで、ポケットのスマートフォンが騒がしく震えた。画面には『コウキ』の文字。リョウタロウが通話ボタンを押すと、騒がしい重機の駆動音とともに、少し抜けたような弟の声が響いてきた。
『あ、兄ちゃん? 今日の夕方のローカルニュース、録画予約してくれた? ご当地キャラの特集あるねん』
「開口一番それか。仕事はどうした、コウキ」
『やってるよ。今、現場の足場チェック終わったとこ。それより兄ちゃん、例の件、クライアントから連絡あったわ。今夜、いつもの場所で』
コウキの声はのんびりしているが、建築現場の監督として鍛えられたその足腰から繰り出される蹴り技は、コンクリートブロックすら砕く。
「わかった。19時に現場だな。遅れるなよ」
『了解。あ、その前に一回テレビ局のホームページチェックしていい?』
「ダメだ、すぐ来い」
電話を切り、リョウタロウは胸ポケットに指し棒をスマートに収めた。
今夜の依頼人は、とある資産家の令嬢だ。昨夜、涙ながらに彼に縋ってきた彼女の顔を思い浮かべる。
「俺としたことが、また美しい女性を放っておけなくなるとはね……」
決まった。完璧なプロポーズのセリフより完璧だ。リョウタロウは満足げに微笑み、夜の街へと歩き出す。
【19:00 指定された古い雑居ビル・地下1階】
カツン、と革靴の音を響かせ、リョウタロウが薄暗い通路を進む。
待ち合わせ場所である古びた扉の前には、すでにヘルメットを小脇に抱え、安全靴を履いたコウキがしゃがみ込んでいた。スマホで熱心に地元のローカル番組のSNSをチェックしている。
「待たせたな、コウキ」
「あ、兄ちゃん。遅いニヤケ顔やな。また振られたん?」
「バカ言え、まだ付き合ってもいない。……それより、クライアントは?」
コウキはスマホをポケットにしまうと、掴みどころのない顔のまま、目の前の重い鉄扉を顎で指した。
「中。でも、ちょっとおかしいねん。このビルの構造上、この部屋の換気扇は裏路地に直結してるはずなんやけど……さっきから風の音が不自然に反響しとる。誰か先客がおるか、中で何かが動いてるな」
建築のプロならではのコウキの指摘に、リョウタロウの目がスッと探偵のそれに切り替わる。総合的な状況証拠が、脳内で一瞬にして組み上がっていく。
「……なるほど。令嬢の『秘密の逢瀬』にしては、少しばかり物騒な歓迎のようだな」
リョウタロウは胸ポケットから指し棒を抜き放ち、シャキィンと最大まで伸ばした。
「行くぞ、コウキ。授業開始だ」
「へいへい。兄ちゃん、その棒でつつくの、俺の足技より痛そうやから気ぃつけてや」
コウキが不敵に笑い、安全靴のつま先で思い切り鉄扉を蹴破った——!




