第7話 剣と盾
旅を始めて三日目。
俺たちは早速、重大な壁にぶち当たっていた。
「……目立つ」
ロイズが木陰から街道を覗き込み、心底うんざりした声で言った。
「どう見ても、堅気の集団に見えないよ」
俺たちは今、西へ向かう関所の近く、森の中の獣道に潜んでいる。
街道には厳重な検問が敷かれていた。
張り出された手配書には、ご丁寧に俺たちの似顔絵が誇張された悪人ヅラで描かれている。
「ウギギ。俺様のハンサムさが微塵も描けてねえな」
ガスが不満げに鼻を鳴らした。
小さい背丈と曲がった猫背。天を衝くような茶髪のモヒカン。そして顔の半分を覆う、巨大レンズの変なゴーグル。
どこからどう見ても不審者だ。
「ガス、そのゴーグル外せよ。髪も寝かせりゃ、ただの小汚いおっさんとして通れるだろ」
俺が提案すると、ガスは親の敵でも見るような目で俺を睨んだ。
「バカ言え! これは俺様の魂だ! これを外したら、俺様はただの目が小さいショボくれた中年になっちまうだろ!」
「自覚あるなら外せよ!」
「あ〜あ、最悪。こんな雑巾みたいな服、私の美貌が台無しなんだけど」
隣では、ミーナが不満げに服の裾を引っ張っている。
アジトで衣装が燃えたから、途中の農家からくすねた野暮ったい麻の服を着ているんだけど、なんていうか逆効果って感じだ。
安っぽい麻の服の胸元からデカい胸の谷間が今にもこぼれ落ちそうだし、くびれた腰や大きな尻のラインの布が突っ張って、歩くたびにパツパツと窮屈そうに波打っている。
それに、この燃えるような赤髪と、健康的な褐色の肌。地味な服を着れば着るほど、かえって浮き上がって見えてしまう。
「ミーナちゃん、そっち行ったら見つかっちゃうよ、ダメダメ、ただでさえ目立つんだから〜」
エルケが茂みの外に出ようとするミーナを慌てて止めている。
エルケは短く刈り上げた金髪に特徴のない顔立ち。一見平凡だけどダンの次に背が高いし、挙動がいちいち軽くて存在がうるさい。「へへっ、俺はモデル歩きで誤魔化せる自信あるぜ〜い」とか言ってクネクネしてる時点でダメだ。絶対に関所で止められる。
極め付けは、大木並みにデッカイ身体に、さらに巨大な戦斧を背負ったお頭、ダン。
堂々と仁王立ちしている姿は、はなから隠れる気など無さそうに見える。
今は疲れ切って寝ているリザリアを抱いているけど、どこからどう見ても立派な人攫いだ。
「……前途多難だ」
ロイズが深々とフードを被り直し、ため息をついた。
こいつはこいつで、ハーフエルフという最大の特徴がある。フードの下に隠した「尖った耳」と、やけに綺麗な顔立ちを見られたら終わりだ。
俺たちは、歩く指名手配書の展覧会みたいな集団だった。
◇
結局、俺たちは街道を避け、道なき道を進むことになった。
泥にまみれ、虫に刺されながらの行軍だ。
日が暮れ、焚き火を囲んだ時、俺はずっと気になっていたことを口にした。
「なあ、リザリア」
俺は焚き火のそばで小さく丸まっているリザリアに声をかけた。
リザリアはスープの器を持ったまま、ゆっくりと顔を上げる。
「あの時……アジトで、お前俺を止めたよな」
アタンシオンにトドメを刺そうとした瞬間のことだ。
あの時、リザリアは悲鳴のような声で俺を制止した。
「それと、あいつが『盾』っていうのは本当なのか?」
俺の問いに、リザリアは小さく首を縦に振った。
「……そう。たて」
「でもよ、不死身には見えなかったぞ」
俺がつけた奴の傷はお頭の腕みたいには治らず、血が滲んでいた。
「それは、お前が剣だからだ」
俺の質問に答えたのは、リザリアではなくお頭だった。
「剣だから? なんで」
「なんでなのかまでは俺も知らねえ。だが、昔からそういう仕組みになってる。あの屋敷で、お前の短剣だけがバルガンズの再生を止めたようにな」
「剣だけは、不死身の盾を唯一殺せるんだ……ただし、今代の盾に限ってだがな」
──なら、対になる剣を失ったダンは、一生死ねないってことなんだろうか。
とんでもない呪いじゃないか。
目の前の1000年生きたという男は、焚き火を睨みつけるようにそう言った。
「ダンの、いうとおり」
リザリアも、ダンの言葉に頷いた。
「なら、止めなくたってよかったろ。最悪俺がいれば黒の物語は封印できるんだろ? 敵なら殺した方が良かったんじゃねえのか」
「……それはだめ」
「なんで?」
俺の質問に、リザリアはうんうん唸り出した。説明したくても、言葉が出て来ないって感じだった。
見かねたお頭がリザリアの頭をポンと撫でて、俺の方を向く。
「まず、封印ってのはライオ、お前一人じゃできねえのさ」
「……え?」
「黒の物語の封印は、剣と盾、二人がかりでするんだ。内側と外側の両方から」
そう言うダンの瞳は、何かを思い出すみたいに暗く沈んでいる。
「内側って……どういう意味……」
「きゅうしゅう……される」
「黒の物語に?」
「……うん」
じゃあつまり、生贄って。
「それが、剣の役割だ。黒の物語に取り込まれて、内側から封印する。そして盾が、外側から封印する。1000年生き続けることでな」
「つまり盾は、生きてるだけで黒の物語を半分封印してるってことになる」
「半分……?」
俺は眉をひそめた。
「意味がわからねえ。そもそも封印、封印って、具体的に何がどうなれば封印になるんだ?」
ダンは薪を放り込み、燃え上がる炎を見つめながら言った。
「いいかライオ。黒の物語ってのは、常に内側から『開こう』としている扉みたいなもんだ。放っておけば勝手に開いて、災厄が溢れ出す」
ダンは、自分の大きな掌をグッと握りしめた。
「その扉を、外側から必死で押さえつけてるのが『盾』だ。不死身の体ってのは、その反動に耐え続けるためのつっかえ棒なんだよ」
「押さえつけてる……?」
「ああ。今の『盾』であるアタンシオンは、本人が知ってるかどうかは別として、ただそこで息をして生きてるだけで、既に災厄を抑え込んでるんだ」
そこで、ずっと黙っていたリザリアが小さく口を開いた。
「……きしんでる」
「え?」
「扉の、おと。……ギギギって、ずっと」
少女は不快な音を遮断するように、両手で耳を塞いだ。
「あの人が生きているから……いまは、その音だけで、すんでる」
俺は息を呑んだ。
「つまり……あいつの命そのものが、扉のつっかえ棒になってるってことか?」
「そうだ。だからこそ、今あいつを殺すわけにはいかねえ」
ダンは重く、低い声で告げた。
「もし今、お前があいつを殺して『つっかえ棒』を外してみろ。内側から押す力に耐えきれず、扉が一気に弾け飛ぶかもしれねえ」
「……ッ」
「俺たちが封印を拒否しようが関係ねえんだよ。第3の選択肢を探すための『時間』……あと3340時間を稼ぐためには、今のつっかえ棒には頑張ってもらわなきゃならねえ」
俺は奥歯を噛み締めた。
ふざけるにも程がある。
俺たちのアジトを焼き、俺たちを殺そうとしたあのクソ野郎が、皮肉にも今この瞬間、世界の崩壊を食い止めてるってわけかよ。
「……だったら、お頭が代わりになればいいだろ」
俺は食い下がった。
「あんただって『盾』だろ? あんな奴より、あんたが扉を押さえてくれた方がよっぽど安心だ」
俺の問いかけに答えたのは、ダンじゃなかった。
「……だめ」
リザリアが、ふるふると首を横に振った。
「ダンじゃ、はまらない」
「はまらない?」
「かたちが、ちがう。……むりやり押さえても、ずれる」
「……そういうことだ」
ダンは自嘲気味に笑い、左腕の紋章をさすった。
「俺は1000年前の扉に合わせて削り出された『つっかえ棒』だ。今の時代の扉とは、棒を受ける『窪み』の形が合わねえんだよ」
ダンは握り拳を作って、反対の手のひらに押し当て、わざとグリッと滑らせてみせた。
「サイズ違いの棒じゃ、どんなに力を込めても滑って外れる。……代わりにはなれねえんだ」
ロイズが深くため息をつき、頭を抱えた。
「……ものすごく厄介だね」
「ああ、厄介だ」
ダンは重く頷いた。
「俺たちは、アジトを焼いたあのクソ野郎を殺すどころか、万が一にも死なないように守らなきゃならねえってことだ。……少なくとも、俺たちが世界を救う別の方法を見つけるまではな」
パチ、と焚き火が爆ぜた。
最悪の条件だ。
敵を殺すこともできず、かといって放っておくこともできない。
「ま、安心しろ。少なくとも、さっき言った通り、盾を殺せるのは剣であるライオ、お前だけだからよ」
「……は、上等じゃねえか」
俺は膝についた土を払い、立ち上がった。
イライラを通り越して、逆に笑えてきた。
「あんなイカれた野郎に守られなきゃいけない世界の仕組みなんて、なおさらぶっ壊すしかねえよな」
俺はニヤリと笑って、胸元の御守りを握りしめた。




