第6話 第3の選択肢
焼け跡は、日の光を浴びてもなお、どす黒く濁っていた。
崩れ落ちた岩盤。
炭になった木材。
ぐちゃぐちゃに溶けた、俺たちの荷物。
昨日まで、ここは俺たちの家だった。
クソみたいな世界で、俺たちがやっと手に入れた、唯一の居場所。
寝て、食って、笑って、くだらないことで喧嘩して。
そんな当たり前が、全部燃えて灰になった。
「……俺の、たからもの……」
ガスが瓦礫の隙間に指を突っ込み、爆弾のバネや火薬瓶の口金を拾い集めては、虚しく声を漏らす。
ミーナは焼け焦げた布切れを握りしめて震え、エルケは感情の消えた目で空を見上げていた。
そしてダンは、焼け跡の中心でじっと動かず灰を見つめていた。あの巨体が、今日ばかりはやけに小さく見える。
ぐぅぅ……。
重苦しい沈黙を破ったのは、小さく、けれどはっきりとした音だった。
見下ろすと、リザリアが顔を真っ青にして立っていた。
「……あ」
リザリアは自分の腹を両手で必死に押さえつけ、後ずさった。見開いた目に涙が滲んで、真っ白になった唇が震えている。
「ち、ちがうの……わたし、おなかすいてない……っ!」
異常なほどの怯え方だった。
ガタガタと震えながら、小さな頭を必死に振る。
「なんにも、たべないから……だから、いらないって、言わないで……っ! すてないで……!」
――『パパとママね、ごはんばっかりたべるからいらないって言ったの』
昨日の言葉が脳裏をよぎる。こいつにとって、「お腹が減る」ことは「親に捨てられる」ってことなんだ。
いや、そんなことをする親なら、殴られだってしてたかもしれねえ。
「馬鹿野郎、捨てたりしねえよ。ちょっと待ってろ」
俺は震えるリザリアをロイズに預けて、まだ熱を持っているアジトの焼け跡に足を踏み入れた。
「ライオ、そっちは危ないよ!」
ロイズの制止を無視して、台所があった辺りの灰を、その辺に落ちていた木の枝で乱暴に掘り返す。
「……あった」
灰の中から転がり出たのは、真っ黒に焦げた丸い塊――貯蔵庫に転がっていた芋だ。外側は黒焦げだけど、皮肉なことに、家を焼いた炎のせいで中までホクホクに焼け上がっていた。
俺は煤だらけの芋を拾い上げ、真っ二つに割った。湯気と一緒に、甘い匂いが立ち上る。
それを持ってリザリアの前に戻り、半分を突きつけた。
「食え」
「え……?」
リザリアが戸惑っているので、強引に手に握らせる。
「お前はもうダン盗賊団の一員だ。盗賊はな、腹が減ったら奪ってでも飯を食うんだ」
リザリアは戸惑っていた。でも、空腹と、手の中にある芋の誘惑に負けて、恐る恐るそれに齧り付いた。
「……あつくて、おいしい」
「だろ」
俺も残りの半分を口に放り込む。
リザリアの瞳から大粒の涙がこぼれる。ぐすぐすと泣きながら、それでも小さな口を一生懸命動かして芋を咀嚼した。
「ふふっ、ライオのやつ、すっかりお兄ちゃんだねぇ」
ミーナが呆れたように、でも少しだけ嬉しそうに笑う。
「まあ、今まではあいつが最年少だったからな。下に手のかかる妹ができりゃ、少しは兄貴ぶるだろ」
エルケが肩をすくめ、ロイズも小さく鼻で笑った。
うるせえ、ほっとけ。
どんよりとした空気が、少しだけ和らいだ。
「……いつまでもしけたツラしてらんねえな」
ダンが重い腰を上げ、静かに戦斧を肩に担ぎ直した。
「こんなボロ小屋の一つや二つ、惜しくもなんともねえ。家なんざ、またみんなで、もっとでっけえのをぶっ建てりゃいいだけの話だ」
ダンは、真っ直ぐにリザリアを振り返った。
「リザリア。時間は、あとどれくらいだ」
リザリアは芋を飲み込み、俺たちには聞こえない何か遠い音を聞き続けるような、虚ろな目になった。
一瞬だけ、青い瞳が赤色に変わる。
「……いまは」
「……3412時間」
「……は?」
俺は思わず眉をひそめた。
「さっき、3415って言ってなかったか?」
「……うん」
「……3時間、へった」
胃の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
俺はもう一度、惨めな焼け跡を見回す。
呆然としてる間に、世界は3時間分も終わりに近づいてたってわけかよ。
◇
「……なあ、ランプってさ」
俺はリザリアの横に並び、雑に問いかけた。
「声を聞く以外に何ができんだ?」
リザリアは相変わらず感情のない顔で、ただ前を見据えて答える。
「ばしょ……わかる」
「黒の物語の?」
「……うん。あっち」
リザリアが細い指で、北の方角を指差した。
その先には、険しい山脈と、常に黒い雲がかかっている不毛の大地がある。
「あそこは……」
ロイズが顔を強張らせた。
「禁域じゃないかな」
「……近づいただけで体が腐って死ぬって言われてる、呪われた土地だよ。まさか、あの中に?」
リザリアが頷く。
「……あっちが、いちばん、声がおおきい」
「本体があるってことか」
俺は短剣の柄を握りしめた。場所が分かってるなら話は早い。
「じゃあ、そこに行ってぶっ壊せばいいんだな?」
「……だめ」
リザリアが俺の服の裾を掴んで遮った。
「……なんでだよ」
「いったら、おわる」
「は?」
「いったら……ライオ、しんじゃう」
リザリアの言葉に、俺は動きを止めた。
ダンが、静かに俺の前に立つ。
「……今の俺たちじゃ、禁域に行っても選べる道は一つしかねえ。『封印』だ」
「剣であるお前が、自ら生贄になって黒の物語を止める。……それが、一番確実で、手っ取り早い解決法だからな」
ダンは俺の目を真っ直ぐに見た。
「お前、死ぬ気はあるか?」
俺は即答した。
「あるわけねえだろ」
「だろうな。……俺も、お前を殺す気はねえ」
「だから、北には向かわん」
ダンは北の方角から視線を外し、別の方向――西の空を見た。
「探すぞ、ライオ」
「お前が死なずに、あのクソったれな悪魔を止める方法だ」
滅びでも、封印でもない。――第3の選択肢を、探す。
「そんなもん、あるのかよ」
「分からん。……だが、1000年前の記録……『失われた知識』の中に、ヒントがあるかもしれねえ」
ダンはリザリアを見た。
「リザリア。北以外から……声はしねえか?」
リザリアは目を閉じ、耳を澄ませる。長い沈黙のあと、小さく西を指差した。
「……ちいさいけど、きこえる」
「むかしの……こえ」
「よし」
ダンが力強く頷いた。
「まずはそこだ。禁域に乗り込むのは、ネタが揃ってからでいい」
「……西の方角なら、塔の形をした古代遺跡があるって聞いたことがあるよ」
ロイズが、フードを被り直して立ち上がる。
「行き場も無くなっちゃったし。全部解決したら、新しいアジトを造らなきゃね」
ミーナも笑って立ち上がった。
「ミーナちゃん、復讐も忘れちゃダメだよ。黒典の民とかいうの潰してやろうぜ〜?」
「……キヒヒ、俺様の爆弾をぶちかましてやる」
エルケとガスもそれに続く。
俺は最後に、一度だけ焼け跡を振り返った。
ここに、俺たちの過去があった。でも、ここでおしまいじゃない。
剣と、盾と、ランプ。決められた役割なんて知るか。
俺は胸元の御守りを握りしめた。じわり、と確かな熱が伝わる。
そして、歩き出そうとして足をもつれさせたリザリアの前に、背中を向けてしゃがみ込んだ。
「……ライオ?」
「乗れ。ここから先、足場が悪いから」
リザリアは少し躊躇った後、俺の背中に小さな体を預けてきた。細い腕が、俺の首に回される。
「……おもくない?」
「すっげえ軽い! これから西まで長旅だ、もっといっぱい食って重くなれよな」
背中から、確かな温もりが伝わってくる。
俺はリザリアを背負ったまま、西へ向かって一歩を踏み出した。




