第5話 3415時間
俺たちは、アジトへ向かって歩いていた。
早朝の森は、鳥の鳴き声があちらこちらで騒がしい。
砂利だらけのでこぼこ道。
先頭を歩くのはダンと肩に担がれたリザリア。
その後ろを、俺と仲間たちがゾロゾロとついていく。
ついさっき、「俺の未来を奪い返す!」なんて大見得を切ったせいで、なんとなく気恥ずかしい。
「……ウギギ、腹が減ったぜ」
静寂を破ったのは、ガスの間の抜けた声だった。
「アジト帰ったら何たべる〜? 俺、干し肉はもう飽きちゃったかも」
「贅沢言うんじゃないよ」
エルケの我儘に、ミーナが呆れたように返す。
「バルガンズの屋敷から頂いた食材があるから、今日はシチューだね」
「マジ!? やった〜!」
「……まったく、能天気な連中だな」
2人のやりとりを見て、ロイズがフードを深く被り直しながら、小さく毒づく。
「ライオが死にそうだって時に飯の話ばっかり」
「はいはい、マジメくん! 腹が減っては戦はできないだろ〜?」
エルケがロイズの頭を小突く。
いつもの、くだらないやり取り。
でも、それが妙に心地よかった。
俺は、少し前を歩くダンに並んで、その肩に乗っているリザリアを見上げた。
「……なあ」
「……なに?」
リザリアが、とろんとした目でこっちを見る。
「まだよく分かってないんだけどさ」
「うん」
「リザリアって『ランプ』? なんだよな?」
「……そう、ランプ」
「声が聞こえるって言ってたけど、俺に死ねって言われてる以外に、何か聞こえてんの?」
我ながら、雑すぎる聞き方だった。
後ろでロイズが「無神経バカ」と呟くのが聞こえたが無視する。
リザリアは少しだけ考えて、自分のこめかみに手を添える。
「……えっとね、あとね」
「うん」
リザリアの顔から、スッと表情が抜け落ちて、目が虚空を見つめる。
ガラス玉みたいに綺麗だった青い瞳が、チカチカと不気味な『赤色』に染まる。
「3415時間」
チャンチュンと、鳥の鳴き声が森の中に響く。
「……は?」
3415時間。
何だ? その具体的な数字は。
俺は思わず立ち止まった。
後ろを歩いていたエルケが、俺の背中にぶつかる。
「ちょっと〜、急に止まるなよライオ」
「……なんだよ、今の数字」
俺はエルケを無視して、リザリアに問う。
「なにが?」
「……終わりまで」
「世界が……なくなるまでの時間」
一瞬、意味が分からなかった。
「……時間?」
「うん」
「たぶん……それくらい」
あまりにも淡々としている。
瞳の色も元の青色に戻っていて、まるで、明日の天気の話をしているみたいだ。
「……半年もないじゃないか」
ロイズが息を呑んで呟いた。
「……うん」
あと半年もない。
3415という数字が、ズンと肩にのしかかってくる。
3415時間。
それが、俺たちに残された猶予。
俺の命の期限。
「……短すぎだろ、クソが」
俺は悪態をついて、歩く速度を早めた。
「急ぐぞ。飯食ってる場合じゃねえ」
みんなの顔から、笑顔が消えていた。
足取りが重くなる。
だけど、それでも俺たちには帰る場所がある。
作戦を練るための、あの薄汚いアジトが。
――そう、思っていた。
◇
森を抜け、アジトが見える丘に出た時だった。
鼻をつく、焦げ臭い匂い。
「……あ?」
見上げると、空が濁っていた。
黒い煙が、木々の向こうから立ち上っている。
場所は――俺たちの家の方角。
「……嘘だろ」
何があったんだよ。
なんで煙!?
俺たちは、無言で走った。
枝が顔に当たっても、息が切れても、止まらなかった。
嫌な予感だけが、頭の中でガンガンと音を鳴らし続けている。
そして、たどり着いた場所には。
何も、残っていなかった。
崩れ落ちた岩盤。
焼け焦げた資材。
俺たちが集めたガラクタも、寝床も、思い出も。
全部、灰になっていた。
「……俺様の、爆弾コレクションが……」
「私の服も……全部……」
ガスとミーナが呆然と立ち尽くす。
ダンも、言葉を失っていた。
「やあ」
その声は、場違いなほど軽かった。
瓦礫の一番高い場所。
そこに、青年が立っていた。
色素の薄いボサボサの髪。
細い体。
やつれた顔に浮かべた穏やかな笑顔。
「初めまして」
「僕の名前は、アタンシオン」
そいつは、まるで舞台を披露するみたいに、両手を広げて言った。
「みてよ。これ」
「全部、僕がやったんだ」
空気が、凍りつく。
「……テメェ、何者だ」
ダンが低く唸る。
「君たちがさ、ちょっと邪魔で」
「僕は世界に滅んで欲しいから、死んで欲しいんだ」
アタンシオンは、俺たちが大事にしていたボロボロの旗を、足で踏みつけた。
「家なんて、いらないでしょ?」
「生きる理由をひとつ、捨ててあげたんだよ」
善意だった。
こいつは本気で、俺たちのためを思って『いらないものを処分』したつもりなんだ。
プツン、と。
俺の中で、何かが切れる音がした。
――殺す
思考より先に、身体が動いていた。
地面を蹴る。
剣を抜く。
ダンは止めない。
止めるわけがない。俺たちの家を焼いた野郎だ。
「死ね!!」
肉薄する。
アタンシオンは、動かない。
避けない。
防御すらしない。
ただ、薄ら笑いを浮かべて俺を見ている。
(ナメやがって!)
がら空きの首筋。
俺は迷わず、刃を振り抜いた。
「――ダメっ!!」
悲鳴のような声。
リザリアだ。
その声に、ほんの一瞬、俺の指先が強張った。
軌道が、わずかに逸れる。
ザシュッ。
剣先が、青年の白い首筋を浅く切り裂いた。
「……!」
鮮血が舞う。
アタンシオンがよろめき、自分の首を押さえる。
指の間から、赤い血が溢れ出す。
死ぬような傷じゃない。ただの切り傷だ。
だが。
「……あ」
アタンシオンは、自分の指についた血を見て、固まっていた。
その瞳が、小刻みに震え始める。
「……痛い」
彼は、信じられないものを見るように呟いた。
「なに、これ……?」
「治ら、ない?」
さっきまでの余裕が消し飛ぶ。
貼り付けたような笑顔が崩れ、見たこともない形相で俺を見た。
「なんで……」
「なんで治らないんだ……!?」
ただのかすり傷だ。
なのに、アタンシオンはまるで致命傷を負ったかのように取り乱した。
「どうしてだ……! 僕は何をしても、元通りになるのに……!」
「君は……何をしたんだ!?」
アタンシオンが、血塗れの手を俺に伸ばしてくる。
その目は、傷つけられたことへの驚きと、理解できない現象への動揺で見開かれていた。
俺が短剣を構え直したその時、森の闇から、黒い影が飛び出した。
黒いローブがはためいて、俺に迫ってくるアタンシオンを取り押さえる。
バルガンズの屋敷で見たのと同じ紋章――黒典の民だ。
「……いけません、アタンシオン様!」
「下がってください! 聖なる器が!」
影たちが、パニックになる青年を取り囲み、羽交い締めにする。
「離せ! あいつは……僕を傷つけた……!」
「なりません! 恩寵を失ってしまう!」
「ありえない……なぜ再生しない!?」
「回収しろ! 急げ! ここで壊されたら全てが終わる!」
奴らは俺たちを攻撃する素振りも見せず、ただ血を流すアタンシオンを強引に抱え上げる。
まるで、壊れかけた美術品を扱うように。
「おい! 待ちやがれ…!!」
追いかけようとしたが、奴らはアタンシオンを連れて、あっという間に闇の中に消えてしまった。
◇
俺は、血のついた剣を握ったまま立ち尽くしていた。
荒い息だけが響く。
「……なんなんだよ、あいつ」
ダンが、斧を構えたまま固まっていた。
ミーナたちも、言葉を失っている。
燃やされたアジトが、虚しく煙を上げている。
「ちくしょう……」
やるせなさに唇を噛む。
「…………たて」
「なんだと?」
リザリアのポツリとした呟きに、驚いたのはダンだった。
リザリアは青ざめた顔で、自分の肩を抱いて震えている。
「あのひとが……いまの時代の」
「あたらしい、『盾』」
「……は?」
俺の言葉は、乾いた空気の中に虚しく消えた。
家は焼かれた。
日常は壊された。
そして敵の正体は、世界を救うはずの『英雄』だった。




