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第2話 つるぎのひと


「グハハハハ!!」


 耳をつんざくような笑い声が、部屋中に響き渡る。

 怪物と化したバルガンズが、ギョロリとこちらを睨みつけた。


 膨れ上がった肉体。歪んだ関節。

 裂けた皮膚の隙間から、ドロドロとした緑色の光が覗いている。


 ……最悪だ。夢に出てきそうなツラしてやがる。


「おい、来るぞ!!」


 ダンの怒号と同時だった。


 ――ズンッ!!

 床が爆ぜた。

 巨体が砲弾のように跳び、こちらへ突っ込んでくる。


「うおっ!?」


 俺はとっさに横へ転がった。

 鼻先をすごい風が通り過ぎて、さっきまで俺が立っていた場所が、粉々に砕け散っていた。


「ゲハハハハッァ!! 進化、進化だ!!!」


 歪んだ口が、不気味にパクパクと開閉する。


「黒き神よ……!! 我に祝福を……!!」


 バルガンズは瓦礫を振り落とし、笑いながらこっちへ向かってくる。


「ガス!」

「ギヒヒッ! 任せなぁ!!」


 ガスの手から、小さな鉄球が放たれる。

 バルガンズの顔面で、強烈な閃光が弾けた。


 ――ドンッ!!

 爆炎と黒煙が怪物を包む。目潰しには十分な威力だ。

 

「やったか!?」


 誰かが叫んだ。

 けれど。


「……嘘だろ」


 煙を切り裂いて、巨腕が薙ぎ払われる。

 顔面の皮膚は焼け焦げ、肉が半ば吹き飛んでいた。


 なのに――止まらない。


 焼けた肉が、粘土のように蠢き、緑色に光りながら勝手に塞がっていく。


「再生能力……厄介だな」


 ロイズが苦々しく呟く。


「エルケ!」

「了解!!」


 エルケの投げナイフが空を切り、次々と怪物の関節を貫く。

 確かに刺さった。深々と突き刺さったはずだ。


 傷ついた肉がすぐに盛り上がり、ナイフを「不要な異物」として体外へ押し出した。カラン、カランと甲高い音が立て続けに床を叩いた。

 傷口は、もう跡形もない。


「クソッ、キリがねえ!」

「私が抑える! その隙にやりな!」


 ミーナが叫び、鞭を振るう。

 鋭い風切り音と共に、鞭がバルガンズの腕に絡みついた。

 

 グギッ。

 

 腕を取られ、巨体の動きが一瞬だけ止まる。


「今だ、ライオ!」


 ダンの声に弾かれたように、俺は床を蹴った。

 怪物が怯んだ、わずか数秒の隙。

 一気に懐へ潜り込む。

 

 狙うのは心臓だ。

 不死身の怪物だろうと、ここを潰せば、いくらなんでも死ぬはずだ。

 一瞬、短剣が熱を持って青白く光ったような気がしたが、気にせず全体重を乗せて突き立てる。


 ザシュッ。

 肉を裂く、確かな手応え。

 肉の中にズブズブと埋め込まれた刀身が心臓を捉えた感触。


 ……どうだ!?


 息を呑んで見上げる。

 頼む。死んでくれ。

 再生するな。止まってくれ。


 願いも虚しく、バルガンズの胸元が、また緑色に光りはじめた。


「……ッ、ふざけんな! これでもダメなのかよ!?」


 勘弁してくれ。

 奥歯を噛み締めた次の瞬間だった。


 ジュワッ、バチバチッ!!

 俺が斬った傷口から、青白い火花のようなものが散った。


「ギャ……ガ、アアアアッ!?」


 バルガンズが絶叫する。

 再生……しない。


 いや、再生しようと集まった肉が、俺のつけた傷口に触れた瞬間、焼け焦げるように溶け落ちていく。


「な、なんだ……貴様、何をした……!?」

「……は?」


 俺は自分の短剣を見た。

 どこにでもある、ただの安物だ。刃こぼれだってしてる。


 なのに、なぜ俺の攻撃だけ?


「う、けいれ……ない……!?」

「なぜ……だ……“神”が……拒んで……!?」


 バルガンズの身体が、風船みたいに不規則に膨らみ始めた。

 傷口から溢れる青白い光が、緑色の光を侵食していく。

 

 キィィィィン……。

 

 何かが決定的に壊れるような、高い音が響く。


「力が暴走してる! 全員伏せろ!!」


 ダンの叫びに、俺は慌てて地面に突っ伏した。


「器が……満ち……あふ、れる……!!」

「昇華だ! 神の……御業ヲ、!!」


 バルガンズは、必死に祈るように両手を組む。

 完全に狂っていた。

 そして。


「黒キ神ヨ……モット……モ──!!」


 カッ、と視界が白く染まった。


 ――ズドォォォンッ!!

 爆発。

 肉と血、そして硬い金属片が弾け飛ぶ。


 背中を熱風が通り過ぎる。

 両手で耳を塞いで、爆音をなんとかやり過ごした。


「……ッ、うぅ……」


 やがて訪れた静寂。

 顔を上げると、そこに残っていたのは、焼け焦げて抉れた地面と、原型を失った肉塊だけだった。


「……なんだよ、急に自爆しやがった」


 俺は呆気にとられて呟く。


「いや、違うな」


 低い声。

 振り返ると、ダンがいつもより真剣な顔でこっちを見ていた。

 その目は、何だか悲しそうで。


「お前が殺したんだ、ライオ」

「……え?」


 ダンは俺の手元に鋭い視線を落とした。


「お前の斬撃だから、やつに効いた」

「は……?」


 俺の手を見る。

 至って普通の手のひらと、安物の短剣。

 

 ……お頭、何言ってんだ?



 ◇


「……おい、生きてるか? クソガキども」


 ダンの野太い声が、瓦礫の山に響く。

 粉塵まみれの仲間たちが、咳き込みながら顔を出した。


「ケホッ……お頭、人聞き悪いこと言わないでよ」


 ロイズが砂まみれになって瓦礫から這い出してきた。

 ミーナも、同じように這い出して、呆れたように赤髪を払う。


「ガキって歳じゃないわよ。私、今年でもう三十路なんだけど」

「俺も二十八っすよぉ〜、お頭」

「ギヒヒ、すげえ爆発だったな」


 エルケやガスも苦笑いしながら立ち上がる。


「……はっ。俺からすりゃ、どいつもこいつもガキなんだよ」


 ダンは鼻を鳴らし、巨大な瓦礫を軽々とどかして道を作る。


 その姿を見て、ふと、違和感を覚える。

 考えてみれば、俺が物心ついた時から、ミーナたちは大人だった。


 俺とロイズはまだガキかもだけど、ミーナの目尻には、昔なかった皺もある。

 エルケだって、どこか落ち着いた顔つきになった。


 ガスは……まあでかいゴーグルで顔が見えねえけど、白髪は増えてる。


 ……みんな、ちゃんと歳をとってる。

 当たり前のことだ。


 けど、ダンだけは。

 俺がオムツをしていた頃から、何一つ変わっていない気がする。


 あの岩みたいな巨体も、傷痕だらけのスキンヘッドも。

 一年前も、五年前も、十年前も、ずっとこの姿のままだ。


 この人は一体、何歳なんだ?


「おいライオ、行くぞ。生存者と、残ったお宝の確認だ」

「……あ、ああ。分かった」


 思考を打ち切り、俺はダンの背中を追った。

 今は詮索している場合じゃない。


 俺とロイズは、屋敷の奥へ向かう。

 通路の突き当たりに、やけに厳重な扉があった。


「よっぽど大事な物があるのかもね」


 ロイズが慣れた手つきで鍵を開けて、重い扉が軋んだ音を立てて開く。


 中には。

 檻。

 鎖。

 床一面に描かれた、不気味な魔法陣。


 そして。


 部屋の隅に、小さな少女がうずくまっていた。


「……子供?」


 俺が近づく。

 少女は、ゆっくり顔を上げる。


 虚ろな目。

 色素の薄い、真っ白な髪。

 死人のように感情のない表情。


 だけど──

 俺を見た瞬間、その赤い瞳に、ぼんやりとした光が宿る。

 ガリガリに痩せた細い腕が、俺へ向かってゆっくりと伸びる。


「……みつけた」


 少女の唇が動く。鈴を転がすような、けれどひどく無機質な声。


「つるぎの、ひと」

「……え?」


 その指先は迷いなく俺をとらえ、そして告げた。


「世界のために……死んでくれる?」


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