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第12話 爆弾


 沈黙の中、俺たちは塔の近くの森で野営を張った。


 風に揺れる木々の葉擦れ。

 遠くで鳴く虫の声。

 ぱちぱちと爆ぜる焚き火の音。


 リザリアはダンのそばで、モルディアスの物資にあったホットチョコレートを飲んでいる。


「……あ〜あ、あの天国みたいに柔らかいベッドを知った後だと、夜風が骨身に染みるなぁ」


 エルケが薪をくべながら、気の抜けた声で言った。


「たしかに、お風呂にも入れないしねぇ」


 ミーナも、焚き火に手をかざしながら肩を回す。ロイズは、周囲を警戒しながら地図を広げていた。


「贅沢いうなよ。俺たちの身の丈に合ってるのはこっちの生活なんだから」

「ハイハイ、真面目く〜ん」


 みんなが冗談まじりに笑うなか、ガスだけは、輪から少し離れた場所で、黙々と作業をしていた。


 地面に布を敷き。

 工具を並べ。

 小さな木の筒と火薬瓶を組み合わせている。


 ――爆弾作りだ。


「ギヒヒ、この作業が一番落ち着くぜ」


 誰にともなく呟いて、指先を器用に動かす。

 命と同じくらい大事な“宝物”。

 ガスは爆弾のことをそう呼んでる。


 ――その時。


「……なにか来る」


 ロイズが地図を畳む動きを止めて、短く声を上げた。


 焚き火の向こう。闇の奥に影が浮かぶ。


「やあ」


 場違いなほど軽い声。

 色の抜け落ちたボサボサの髪。細い体。やつれた顔に浮かべた穏やかな笑み。


 ――アタンシオン。

 

 驚きに声が掠れる。


「……テメェ!」


 俺が立ち上がるより早く、ダンが半歩前に出た。


「来やがったか」


 アタンシオンは、俺たちの殺気を気にする素振りすら見せない。

 視線はまっすぐ――焚き火から少し離れたガスの作業場に向いていた。


「……それ」


 アタンシオンが指をさす。

 ガスの手元。出来上がりかけの爆弾。


「それで、死ねる?」

「はぁ?」


 ガスが間の抜けた顔をする。

 変な質問のせいで、反応が遅れてしまった。


 アタンシオンは迷いなく近づき、ガスの手作った爆弾をひょいと持ち上げる。


「おいコラ!! それは俺様の――」


 静止するガスの声を無視して、アタンシオンは焚き火に近づき身を屈める。


 そして。

 躊躇いなく、導火線に火をつけた。


「……え?」


 その場にいた全員の時間が止まった。

 導火線が、チリチリと火花を散らして燃えていく。


「おいおいおいおいおい!!」


 ガスが慌てて悲鳴を上げる。


「やばいやばいやばい!!みんなにげ――!!」


 全部がスローモーションのように見えた。

 アタンシオンはまるで、愛しいぬいぐるみを抱きしめるみたいに、爆弾を胸に抱え込んだ。


「さあ」


 そして、俺を見た。


「見てて。僕が、どれくらい壊れるか」

「……ッ!!」


 駆け出そうとした俺をダンの腕が引っ掴み、リザリアとまとめて焚き火の横に押し倒す。


「伏せろ!!」


 ──ドンッ!!!


 爆炎が夜を裂いた。

 耳が潰れるような轟音。


 熱風。土砂。そして、生温かい液体の飛沫。

 俺の視界が白く弾け、全身が地面に叩きつけられた。


「……ッ、ぐ……!!」


 息ができない。

 ダンの腕が、鉄の檻みたいに俺とリザリアを押さえつけている。


 どんな衝撃も通さない、完璧な防御。

 ――その外側では。


「……ッあ゛ぁぁ!!」


 ガスの叫び声。


「…………っ、ぅ」


 ロイズの、短い呻き。


 ダンに下敷きにされたまま、首だけを起こす。

 確認すると焚き火の周囲が抉れていた。

 燃え散った木片。焦げた草。

 そして。


 爆風に薙ぎ払われて倒れている仲間たち。


 ガスは爆風を真正面から食らったのか、腕と肩がひどく焼けている。

 目元のゴーグルが割れ、煤で真っ黒な顔が歪んでいた。


「……ッ、俺様の……宝物……」


 ミーナとエルケは吹き飛ばされ、木にぶつかってうずくまっている。


 ロイズは――焚き火の反対側で、頭から血を流して倒れたまま動かない。


「――ロイズ!」


 立ち上がろうとしたが、膝が笑って力が入らない。

 爆音で耳がやられて眩暈がする。


 黒煙の向こうで、ぬるりと何かが立ち上がった。


 肉が裂け、骨が見え、内臓が半分こぼれ落ちた影。


 それが――

 ぐにゃり、と。

 あり得ない速度で形を戻していく。


 裂けた皮膚が勝手に閉じ。

 砕けた肉が盛り上がり。

 飛び散ったはずの指が、指先からニョキニョキと生えてくる。


 アタンシオンだ。

 さっき自爆して半壊したはずの体が、数秒で“元通り”になっていく。


「……っ」


 喉が冷える。

 吐き気がした。

 奴が不死だということを、改めて目の当たりにした。


 アタンシオンは、煙の中から歩き出してきた。

 無傷の笑顔で。服だけがボロボロに焦げている。


「ほらね」


 嬉しそうに言う。


「僕、壊れても戻るんだ」


 そして、首を傾げる。


「でも、君の傷は戻らない」


 こいつは――。

 わざとやった。


 爆弾で俺たちを殺すためじゃない。

 俺に“やれ”と言っている。怒りで俺を動かそうとしている。

 俺は歯を食いしばり、ダンを押し退けて立ち上がった。


「……殺す」


 震える手で短剣を抜いた。

 許せねえ。細切れにしてブチ殺してやる。


「だめ!!」


 リザリアの声が、背中に刺さった。

 同時に、ダンの手が俺の肩を掴む。


「ライオ、待て!!」

「離せ!!」


 俺は振り払おうとするけど、ダンの腕はびくともしない。

 リザリアが泣きそうな顔で俺の袖を掴んでいる。


「……だめ、だめ……たてがしんだら、せかいが……!」


 その一瞬の隙を、アタンシオンは見逃さなかった。

 ゆっくり歩き、倒れているロイズの横に立つ。


 そして。

 ロイズの腹を、靴で踏んだ。


「ぐっ……」


 ロイズが苦しげに身をよじる。


「……やめろ!!」


 俺が叫ぶ。

 アタンシオンは、嬉しそうに笑った。


「君、優しいね」


 踏みつける足に力を込める。


「だったら切ってよ」


「君の剣で、僕を」


 もう駄目だ。

 目の前のコイツを八つ裂きにしないと気が済まねえ。


「だめぇ!!」


 リザリアが俺の腕にしがみつく。

 ダンがさらに一歩前に出て、俺の進路を塞ぐ。


「ライオ!! 今は――」

「今はって何だよ!!」


 俺の声が裏返った。


「ロイズが!! ガスが!!」

「みろよ!!」


 ダンは黙って俺を押さえつける。


 さっきの爆発の時。

 ダンは、俺とリザリアだけを庇った。


 ミーナもエルケも、ロイズも、ガスも。

 他の仲間は、爆風の中に放置された。


 守られたのは、「剣」と「ランプ」だけだ。


 胸の奥が、ぐちゃぐちゃに潰れる。

 

「……お頭」


 俺の声が、笑ってるみたいに掠れる。


「……なんで」


 なんで、俺だけなんだ。

 言葉にできない。


 その時だった。


「――動くな!!」


 森の闇から、複数の声。

 松明の光が揺れ、甲冑の影がなだれ込んでくる。


 統一された銀の鎧。

 訓練された隊列。

 モルディアスの私兵団だ。


「見つけたぞ! 脱走者を確保する!」


 兵士たちが一斉にアタンシオンへ突っ込む。

 投げ縄、鎖、槍の柄。


 殺すためではない、捕獲するための動きだ。

 アタンシオンは笑ったまま、抵抗しない。

 残念そうに、俺を見た。


「……あーあ、邪魔が入っちゃった」


 兵士が鎖を巻きつける。

 腕を押さえられる。足を絡め取られる。

 隊長格が叫ぶ。


「対象を拘束した! 連行しろ!」


 アタンシオンは、されるがままになりながら、俺に向けて笑った。


「また来るよ」

「君が、僕を壊してくれるまで」


 闇に消える。

 残ったのは、焼けた匂いと、血と、呻き声だけだった。



 ◇


 俺は立ち尽くしていた。

 短剣を握った手が、汗で滑る。


 倒れた仲間を、モルディアスの兵士たちが馬車へ運び込んでいく。それをただ眺めることしかできなかった。


 俺は生きている。無傷で。

 リザリアも無事だ。


 ダンに守られたから。


「……お頭」


 俺はダンを見上げた。

 焚き火の光に照らされた顔は、無言で一点を睨みつけている。


 俺の胸の奥で、冷たいものが増えていく。

 あの幻影の言葉。監視。処理。命令。

 そして、今夜のこれ。


 全部、繋がってる気がした。

 俺は、言葉にならないまま、短剣を強く握りしめた。


 ……今にもぶっ壊れそうなのは、世界だけじゃない。

 俺たちの絆もだ。


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