第1話 ダン盗賊団
世界を救う勇者様?
正しき者が報われる?
そんな御伽噺を信じてるのは、よちよち歩きのガキだけだ。
十六年生きてきて実感したのは、
正義ほど不確かなものはねえってこと。
欲しいのは、名誉じゃねえ。
自分の幸せと、ありったけの金。
それなのに。
強奪した宝の山。
デカい屋敷に繋がれた鎖
暗闇の中、奴隷の少女は感情のない赤い瞳で俺を見つめる。
ガリガリに痩せた腕が、俺を指差した。
「……つるぎのひと」
「世界のために、しんでくれる?」
………………は?
◇
⸻数時間前。
「おい、ライオ。いつまで呆けてやがる」
低い声が頭上から降ってくる。
現実に引き戻されて顔を上げると、闇夜にも隠しきれないほどの巨体が立っていた。
鍛えられた身体に、傷痕だらけのスキンヘッド。丸太みたいな腕には、厳つい刺青がびっしりと刻まれている。
俺の育ての親であり、この薄汚い盗賊団の頭――ダンだ。
『ライオ』ってのはダンが付けた『俺』の名前。
本当の名前は、あったのかどうかも知らない。
「ビビってんのか? ションベンなら今のうちに漏らしとけ」
「あ? ふざけんな。武者震いだよ」
軽口を叩き返しながら、俺は無意識に胸元を握りしめていた。
「とか言って、また触ってるじゃないか。その御守り」
小声で茶化してきたのは、参謀役のハーフエルフ、ロイズだ。
「は? 触ってたらなんだよ」
「襲撃前に毎回触ってるだろ、それ」
「うるせぇ。癖だ」
指先に触れる、冷たい金属の感触。
手のひらに納まるほどの大きさで、剣の模様が入った六角形の紋章だ。
物心ついたときから、ずっと俺の首にある“御守り”。
一度だけ、盗まれたことがある。
でも、翌日には手元に戻っていた不思議な御守り。
赤ん坊の頃、捨てられていた俺が唯一持っていたものらしい。
……まあ、金にもならねえガラクタだけどな。
俺たち《ダン盗賊団》は六人構成の盗賊団だ。
団長のダン、俺こと拾われっ子のライオに、ハーフエルフの幼馴染ロイズ。爆弾魔のガス、ナイフ投げのエルケ、鞭使いの紅一点・ミーナ。
世間からはみ出した人間の寄せ集め。
それが俺たち。
「……行くぞ。屋敷はすぐそこだ」
「任せろ。尻の毛までむしり取ってやる」
眼下には、領主バルガンズの豪邸が見える。
人買い、詐欺、怪しげな宗教との繋がり――黒い噂しか聞かねえクソ野郎の城。
人から奪ったもんは、奪われても文句言えねえよな?
「行くぞ、野郎ども!」
ダンの号令で、俺たちは獣のように吠え、獲物目掛けて断崖を駆け下りた。
◇
俺の短剣が警備兵の喉を掻き切り、生温かい血飛沫が頬にかかる。
……悪いな。
こんな仕事に就いたのが運の尽きだと思ってくれ。
――ズドンッ!!
突然、屋敷の奥で爆音が響き、床が揺れた。
「……ガスの野郎」
思わず舌打ちが出る。
「またわざと火薬の量を間違えやがったな。あのチビオヤジ」
「おい! お宝まで吹っ飛ばしてないだろうな!?」
同じ方角から、ロイズの悲鳴みたいな声が飛んできた。
毎度この調子だ。
(にしても……警備、薄すぎねえか?)
違和感があった。
屋敷は無駄に広いくせに、人が少ねえ。屋敷の豪華さに不釣り合いな警備の数。
まあ、俺たちにとっちゃ好都合だけど。
「おい、銀食器はかさばるから捨てろ! 宝石と金だけ狙え!」
「いちいち細けえな! 全部売りゃいいだろ!」
騒ぎに乗じて、俺たちは階段を駆け上がり、迷わずバルガンズがいるだろう最上階を目指した。
最上階に辿り着き、扉を蹴破る。
そして――息を呑んだ。
むせ返るような血の臭い。
肌にまとわりつくような、重く淀んだ熱気。
部屋のど真ん中には、即席の祭壇があった。
床や壁には、黒い煤と乾いた血で描かれた、見たこともない幾何学模様。
その周囲に積み上げられた警備兵たちの死体。
……なるほど。
だから警備が少なかったのか。
全員、ここに“捧げられて”いたわけだ。
その奥。
血に濡れた絨毯の上で、肥満体の男がうずくまっていた。
たぶん、こいつがバルガンズだ。
様子がおかしい。
両腕には、黒ずんだ文字のような傷跡がびっしりと刻まれている。
何度も、何度も、血で書き直したような痕跡。
「……足りない……まだ、血が……」
震える声で、男はブツブツと呟いている。
「黒の物語よ……偉大なる叡智よ……もっと捧げねば……命を……器を……私に力を……祝福を……!」
……正気じゃねえ。
何を言ってるのかさっぱりだが、ヤバいことだけは分かる。
「おい」
ダンが低い声で遮った。
いつもの軽口はない。戦斧を構える手が、ギリギリと音を立てた。
「今、『黒の物語』と言ったか?」
「……あ?」
バルガンズが、ゆらりと振り返る。
白目のない、真っ黒な眼球。
口の端から、鮮やかな緑の粘液をダラダラと垂らして。
「……あァ……見つけたゾ……新たな、供物……」
「ッ、お頭! そいつの腕!」
背後でロイズが鋭く叫んだ。
「その自傷痕……『黒典の民』だ! 頭のおかしい宗教の!」
「……チッ」
ダンは短く舌打ちをした。
問答無用。
剛腕から繰り出される戦斧の一撃が、風を切り裂いた。
ドゴォッ!!
生々しい音が響き、バルガンズの身体から大量の血が噴き出す。
刃は鎖骨を砕き、パックリと割れた傷口から男の内臓がみえた。
常人なら即死の一撃。
「……へ、あっけねえな」
俺がそう呟いた、次の瞬間だった。
「グハハハハ!! 効かぬ! 人の刃など届かぬゥ!!」
噴き出した血が、逆再生するように傷口へ戻っていく。
パックリと開いた傷口から見えた肉が、緑色に発光し、瞬く間に塞がっていく。
「うそだろ、おい……!」
「見たか! これが恩寵だ! 黒き奇跡だァ!!」
バルガンズは、自分の胸を爪で引き裂いた。
噴き出した血をすくい、額に塗りつける。
「……黒の物語よ……我に力を……!」
その体が、グニャリと歪む。
積み上げられた死体たちが、ドロドロと溶けてバルガンズに吸い込まれていく。
皮膚が波打ち、肉が盛り上がり――
そこにいたのは、もう人間じゃなかった。
ブヨブヨと肥大した肉の塊。
全身に緑色の光の筋を走らせた、出来損ないの巨人。
御伽話に出てくる、悪魔みたいだ。
キィィィィィン……。
その瞬間。
俺の耳の奥で、甲高い耳鳴りが響いた。
同時に、首元の御守りが、焼け付くような熱を帯びる。
(――熱っ……!? なんだ……!?)
反射的に胸を押さえる。
御守りが震えている。
まるで、目の前の怪物に――いや、その奥にある“何か”に反応するように。
頭の中で誰かの声が聞こえる。
『……剣の選定……』
『……確認……開始……』
幻聴か?
いや、今はそんなことどうでもいい。
怪物が、俺たちを見て笑い、腕を振り上げた。




