第九話 「青年」
青年が放り投げた発光石は空中で停止し、半径数メートルが闇から隔離される。
金髪、碧眼、胸につけられたいくつかの勲章。
次々に情報がアインの目に飛び込んでくる。
だがアインが感じた最初の印象は彼の剣筋の鋭さだった。
全身の細胞が沸き立ち、剣を握る手が強くなる。
アインは青年を力任せに跳ね除け、青年は逆らわずに半歩引く。
少し驚いた表情を見せるが、その青い瞳は一瞬たりともリヴから目を離さない。
「わ、私も戦います!」
「足手まといだ、下がってろ」
リヴの発言を負傷した手で払いのけるアイン。リヴは自分のせいで付けてしまったその傷を見ると、これ以上前に進めない。
「なぜ魔族を庇うんだい?もしかして魔族だと気が付いていないのか、それともまさか君も魔族なのかい?」
青年の視線をリヴから遠ざけるようにアインは間に割って入る。
そこでようやく目が合う。
「俺が魔族に見えるのか?間抜けが」
「答えてほしいのはそこじゃない」
砂埃が舞い上がり、青年の姿がアインの前から消える。リヴが瞬きをする間もなく剣は眼前まで迫り、アインは負傷した腕をとっさに出してリヴを突き飛ばす。
「ち、血が……もうやめてください!」
「何度も言わせるな、下がれ」
涙で目がかすむリヴ。
自分が躊躇しなければ、ちゃんと戦えていれば。
城からアインを逃がした時からいつかはこうなるとわかっていたはずだ。
だが、覚悟が足りなかった。
(私が助けるつもりだったのに、これじゃまるで……)
こんなに近くにいるというのに、その背中はとても遠く見える。
肉を突き刺す嫌な感覚に青年は顔を歪ませ、アインから距離をとる。
「驚いた。それじゃもうその腕は使い物にならないんじゃないか?」
「いや、これが正しい使い方だ」
「何を言って……」
青年は目を疑う。
確かに致命傷だった目の前の男の腕が見る見るうちに回復していく。魔族に噛みつかれた傷は完全に消え去り、自分が刺した穴もどんどん塞がっていく。
「それは……加護か?」
「加護だと?笑わせるな。これは呪いだ」
言葉と共にアインは砂を蹴り上げる。
青年は咄嗟に目を覆い、アインはその隙を見逃さない。
「うっ!」
鋭い前蹴りが青年のみぞおちに直撃し、初めて膝をつく。
息ができない。
目がかすむ。
しかしなぜかこの男は追撃をしてこない。
「なぜ黙って見ているんだ?いや、そもそもなぜ首を狙わなかったんだい?」
よろめきながらも青年は立ち上がり、剣を支えにしながら目の前の男に質問を浴びせる。 もうその視線はリヴには向いていない。
「質問の多い奴だ。そろそろ俺から質問させてもらう。お前は何者だ?」
アインからの問いかけに青年は一瞬きょとんとし、咳ばらいをすると制服の埃を掃いながら答える。
「まさかその質問が来るとは思わなかった。すまない、少々自分を買い被りすぎていたらしい。僕はジーク。帝国軍大佐、ジーク・ヴァルキリアだ」
ジークは剣を目の前に構えながら少し誇らしげに自己紹介をするが、アインから反応が返ってこないと露骨にテンションが下がる。
「な、まさか名乗っても反応がないとは思わなかったよ。さすがに傷つくな」
「ならその帝国とやらにさっさと帰ってお仲間に慰めてもらうんだな」
間の抜けたジークの態度に思わず軽口をたたくアインだったが、戦闘中だったということをすぐに思い知らされる。
発光石の光がより一層強くなる。
ジークの足元の砂が、まるで彼の闘気が具現化したように震えだす。
「そうはいかない。僕は軍人だ。帝国に脅威をもたらす敵を排除するのが使命だ」
「私たちは敵ではありません!」
その悲痛な叫び声はジークには届かない。
全神経がその剣先に注がれている。
パキッ
不思議な光る石が粉々に砕け散り、流れ星のように降り注ぐ。
それが合図となり、二人の男は互いの意志を剣に乗せてぶつけ合う。
力は互角。
静まり返る荒野に金属音がなり続ける。
剣を交わすたび、心なしかジークの表情が次第に楽しげなものに変わっていく。
「やるじゃないか。軍に入る気はないかい?無論彼女は渡してもらうけどね」
「断る。もう誰かの下につく気はない」
星のかけらがすべて散り、再び闇が支配する。するとジークの後方からいくつかの光が見えてきた。
「大佐!そこにおられるのですかぁ!」
甲高い女性の声と共に足音が近づいてくる。
「ん、おーいこっちだ!」
暗闇の中で声のするほうに手を振るジーク。
片手になったことでアインとの力の均衡が一気に崩れる。
「お前、馬鹿か?」
「あ」
剣を弾き飛ばされ、ジークは尻もちをつく。
見えはしないが冷たい刃先が眼前に突きつけらているのがわかる。
「大佐、探しましたよ……貴様、そこで何をしている!」
ようやくたどり着いたジークの部下がこの異常な状況に気が付き、一斉に剣を抜く。
先頭にいるのは小柄な女性。赤い髪をおさげにしている。その後ろには五、六人の兵士がおり、ジークが倒されていることに驚愕の表情を浮かべている。
「……参ったね、どうしようか」
「どうしようか、じゃないですよ!」
おさげの女性は後ろの兵士に指示を出し、情けない大佐と彼に剣を突きつける不審な男、そしてその後ろにいる謎の女性を取り囲むように陣をとる。彼女の指示一つでいつでも斬りかかる準備ができている。
誰も殺さずに逃げるのは不可能か。
あたりを観察しながらどこを攻めるか考えていると、ふとリヴと目が合う。
彼女の顔は流した涙で腫れており、青白い肌が僅かに火照る。
「アインはどうして勇者になったの?」
二百と少し前。
旅立ちの日にヨミに聞かれた言葉。
あの時は恥ずかしさから適当にはぐらかしてしまい、結局最後まで答えられなかった。
人を救いたい。
言えなかったが、忘れたわけじゃない。
「なあ、提案なんだが、おとなしく捕まってくれないか?そうすれば少なくとも今ここで魔族を殺すようなことはしないと約束するよ」
剣を握りしめるアインの手が緩んだのを見逃さなかったジークが優しく問いかける。
魔族という言葉を聞いて部下たちはざわめきだすが、気にせずジークは続ける。
「このまま戦い続ければ何人かは死ぬかもしれない。僕は無闇に部下を死なせるわけにはいかない。君も彼女を殺させたくない。悪くはないと思うけどね」
「大佐!私たちなら覚悟の上です!」
まあまあとおさげの少女をなだめるジーク。真剣なまなざしでアインを見つめている。
「……連れていけ」
「ああ喜んで。念のため拘束はさせてもらうけどね。僕たちの帝国に招待するよ」
さわやかな笑顔を浮かべた帝国軍大佐は満足した様子でそのまま大地に仰向けになる。
そして突然の出会いを星々に感謝した。
第一章完結です。
次回から帝国編が始まります。アインたちの行く末を見守っていただけると幸いです。




