第八話 「荒野」
廃墟の町を後にしたアインとリヴは荒野を当てもなく彷徨っていた。
互いに口を開くことはせずに重苦しい空気が流れている。
辺りがオレンジ色の光に見送られ始めたころ、今は機能していない検問所が見えてくる。
かつてはたくさんの人たちが利用したその検問所も、今はただの崩れた建造物に過ぎない。二百年前アインたちも通ったのだろうが、そのころの面影は一切ない。
「ここで野営する。いいな?」
「はい……」
数時間ぶりに会話を済ませた二人は検問所のわきに腰を下ろす。アインは何か食料がないかと探しに行き、リヴは魔術で木片に火をつけ暖を取る。
パチパチと燃えながら揺れる火を見つめながらリヴは魔王城を思い出す。
城を出る際、四天王に見つかったのは大きな誤算だった。
特に魔王軍総指揮であるバートンは絶対に出くわしてはならない人物だった。
(兄さま……)
リヴの腹違いの兄であるバートンは昔から私のことを快く思ってはいなかった。
人間とのハーフだからなのか、それとも私が魔王に気に入られていたからなのか、理由を語ってくれることは無かった。
きっと兄さまは私を罰しに来るだろう。
でも、それでもいいのかもしれない。アインは逃げられたのだから。
だからもしその時が来たら、私は……
「何をぶつぶつ言っている」
俯くリヴに獲得してきた獲物を投げ渡すアイン。
「いえ、なんでも……って、わああ!」
膝の上に飛び込んできたのは得体のしれない小型の生物だった。
見た目こそ四足歩行だが昆虫のようなかたい甲羅に覆われており、無数の目がリヴを睨んでいる。
全身に鳥肌が立ち、リヴはその生物を魔術で消し炭にしてしまう。
「……貴重な食料を」
「た、食べるですか!?あれを!?私はてっきり木の実か何かを……!」
「こんな荒野に木の実があるはずないだろう」
まだ手をバタバタと動かしているリヴの正面に、焚火を挟んで座るアイン。ポケットから数個の木の実を取り出してリヴに投げる。
「あるじゃないですか!」
「さっきの町で採取してきた。奴らには悪いが背に腹は変えられない」
リヴは渡された木の実を夢中でほおばる。
それはとても渋かったが、数時間ぶりの食事は彼女に力を与えてくれる。
すっかり食べ終えて指までしゃぶるリヴだったが、そこでアインが何も口にしていないことに気が付く。
「ご、ごめんなさい。私あなたの分まで」
「構わない。忘れたのか?俺は食べる必要がない。現に囚われていた間、まともに食ってないしな」
食事とは生命の維持のために必要な行為だ。死なない自分には必要ない。
不死の呪い。
リヴにとっての当たり前がアインには無い。
その現実をあらためて思い知る。
魔族が彼にしてきた仕打ちの数々。
かつての仲間と仲間の敵との娘である自分。
そんな自分と目の前の勇者は一体どんな気持ちで一緒にいるのだろう。
私はそんな彼に母の名を使って、無理やり連れだして……
「ありがとうございます」
リヴの口から出てきたのは単純な感謝の言葉だった。
「何がだ」
アインは火から目をそらさずに聞き返す。
口にするつもりの無かった言葉へのアインの問いかけに困るリヴ。
「あ、えっとその……廃墟の町の魔族の子供の事です。あの子を殺さないでくれて」
本心だった。
アインの目的は魔族の殲滅。それはあの子供も対象だ。
「お前に礼を言われる筋合いは無い」
また静寂が場を支配し、焚火の音だけが存在感を放っている。
この枝が燃え尽き、小さな音を立てた後アインが一人でに口を開く。
「俺は勇者だった」
アインは剣の柄に手をかける。
かつて何匹もの魔族を葬り、人々を救ってきた自慢の剣だ。
リヴはアインの言葉に黙って耳を傾ける。
「魔族を、魔王を倒せば世界は救われると信じていた」
「確かに俺たちは失敗した」
「だが、魔王を倒せていたとして世界は救われたのか?」
立て続けに言葉を発し、最後の問いかけと共に、まるで救いを求めるかのようにリヴをまっすぐと見つめるアイン。
「それは……」
リヴは答えを持ち合わせていない。アインの瞳から逃げるように俯くことしかできない。
父である魔王が殺されていれば自分はここには居ない。ハッキリとしているのはそれだけだった。
「……話過ぎたな。それに」
アインは立ち上がり、剣を抜く。
風も吹いていないのに焚火が揺れ始める。
リヴが顔をあげるといつの間にか何者かの気配がする。
暗くて目視できないが一つや二つでは無い。
「どうやら話している場合ではないようだな!」
アインの叫びと共に闇から飛び出してくる。
数は三つ。
姿かたちは人間に似ているが、鋭い牙と爪がそうではないと主張している。
「魔族か」
返答はなく、代わりに鋭い爪がアインに襲い掛かる。
リヴも立ち上がり、手のひらを魔族に向けて警告を始める。
「やめなさい、私が誰だかわからないのですか!」
しかしいくら問いかけても魔族はアインへの攻撃を止めない。それどころか他の魔族はリヴにまで襲い掛かってくる。
「や、やめ」
手のひらに炎を集めて反撃しようとするリヴだったが、一瞬脳裏にあの町の子供の魔族が浮かぶ。
(そうか、きっとこの人たちもあの子と一緒なんだ。魔族とか、人間とか、そんな事関係なく、世界を憎んでいるんだ)
リヴの魔術が消え、魔族の牙が迫る。
リヴはゆっくり目を閉じる。
「っ!」
生暖かい液体がリヴの顔にかかり思わず目を開けると、魔族の牙はリヴの前に突き出されたアインの腕に食い込んでいた。
「死にたいのか!」
アインは嚙みついた魔族を地面にたたきつけ、魔族が口を離した隙に一刀両断する。
新しい血が噴き出し、リヴの全身に降り注ぐ。
血は焚火も闇へと返し、視界は閉ざされ魔族の息遣いだけが聞こえる。
油断していた。
あの生物を消し炭にする力があるのだから、てっきり戦えるものとばかり思っていた。
だが、よくよく考えてみればリヴにとって奴ら魔族は同種だ。そもそもリヴは戦士じゃない。こんなに早く割り切ることなどできはしない。
リヴを頭数にしていたことを後悔するアインだったが、いまさら遅い。
牙が食い込んだ利き腕はもう使い物にならない。回復にはまだ時間がかかるだろう。
残る魔族は二体。
倒せない相手ではない。
仮にこれ以上の致命傷を受けたとしても死ぬわけじゃない。
だが、リヴは違う。
不死は無敵じゃない。
「助けが必要みたいだね」
さわやかな青年の声が暗闇を照らす一筋の光ように、アインたちの後方から聞こえてくる。
声の主はそのままアインたちを通り過ぎ、正確に魔族の首を撥ねて止まる。
青年は光る石を手にしながらアインの前に姿を現す。
「こんばんは。今夜は冷えるね。ところで……」
光る石を宙に投げ、青年はイヴに向かって剣を突き出す。
アインはその剣を受け止め、青年に鋭い眼光を飛ばす。
「何の真似だ?」
「何の真似だって?それはこちらのセリフさ。魔族は抹殺する」
青年はさわやかな笑顔でリヴの殺害を宣言する。




