第三十七話「ずっと」
大事を取ってもう一日町に滞在すると、ジークの怪我はすっかり良くなる。その証拠に大きないびきを立て、アインの目覚まし代わりとなる。
「……」
アインの不快感はそれだけではない。
明らかにサイズの合わないリヴのローブは体に密着し、今にも破れてしまいそうだ。
仕方なくアインは空き家に衣服を探しに行く。
「……背に腹は代えられないか」
この町は魔族とカーターしか住んでいない。魔族の衣服に袖を通すのは抵抗感が拭えないが、かといってカーターの服を着る気にもなれない。
空き巣を終えて宿屋に戻ると、リヴが朝食の準備を始めていた。
アインは軽めに畳んだリヴのローブを机の上に置く。
「助かった」
「はい」
短い会話を交わし、アインは席につく。
少しよれてる気もするが、リヴはアインの体温によって温められたローブを抱きしめる。
「そう言えばあの二人はどうした」
ジークはまだ寝ているようだが、ルルとオルドの姿がない。リヴと二人きりの空間に少し違和感を感じながらアインが尋ねる。
「ルルたちなら近くの小川に洗濯を兼ねて水浴びに行ってます」
簡易的な宿屋のため風呂は存在しない。カーターの居た軍の駐屯所にはあるかもしれないが、ルルもオルドもそこには近づこうとせず、朝早く川へと向かった。
「はぁ、気持ちいいですね」
「そうだな。馬たちも連れてくればよかった」
汚れが目立つ軍服を脱ぎ、キャミソール姿で体を布で拭くルル。服は簡単に濯いで木に引っ掛けて干している。
オルドも足を川につけながら長い髪を櫛でとかす。
「准将って髪綺麗ですよね」
太陽に照らされてキラキラ輝くオルドの黄金の髪を羨ましそうに見つめるルル。
「なんだ唐突に」
「だって私の髪、すぐボサボサになってしまうんです。リヴもそうですが、まっすぐな髪って憧れちゃいます」
普段は丁寧に編み込まれたルルのおさげも、今は重力に逆らうように好き勝手にはねている。
毛先を指でくるくるしながらうつむくルル。
「そう落ち込むな。それにジークは髪型で女を決めるような男ではないぞ?」
「べ、別にそんな事思ってませんよ!」
水を叩きながら否定するルルを見て楽しそうに笑うオルド。
「はは。こっちに来い、私が編んでやる」
ふてくされながらもオルドの側に行き、背を向けるルル。オルドは丁寧に髪をとかしながらいつも通り編んでいく。
その手際の良さにルルはすっかり機嫌を直す。
「昔、妹によくやっていたんだ」
「へぇ、そうなんですね。妹さんがいたなんて知らなかったです」
ルルの言葉に一瞬手が止まるオルド。
「……ああ。さあできたぞ」
オルドは完ぺきにルルの髪を仕上げ、満足げに笑顔を見せる。もう二度と会うことのできない妹とルルを重ねながら。
体も清め、服も乾き、髪も整えたルルはオルドとの距離も縮まった気がして晴れ晴れとした気分で帰路につく。オルドは少しノスタルジックな気分で、ルルの隣を歩く。
すっかりお腹をすかせた二人は宿屋の扉に手をかけようとするが、ふとルルが立ち止まる。
「どうした?」
「きっとまだ大佐は寝てます。ということは今は中にはアインさんとリヴだけ……気になりませんか?」
「……裏に回るぞ」
二人は胸を躍らせながら宿の裏手に回る。
思えばルルもオルドもアインとリヴの関係性をよく知らなかった。
なぜ人間と魔族が共に行動しているのか。
いつから一緒にいるのか。
そもそもアインとは何者なのか。
しばらく一緒にいるが、考えれば考えるほど知らないことが多すぎる。
聞いたところでアインは答えないだろうし、リヴには聞いてはいけない気がして今まで我慢してきたルルだが、このチャンスを逃すまいと聞き耳を立てる。
件の室内では二人の期待とは裏腹に、アインとリヴの出す食器の音だけが響いていた。
だが決して気まずい雰囲気というわけではない。会話はなくとも互いの息づかいや僅かな仕草に心地よさすら感じている。
「付き合ってるんですかね」
「そう言えばアインはいつもリヴを気にしていた気がするな。まさかそんな関係だったとは」
外野の二人が勝手に盛り上がっている中、ふとアインが口を開く。
「……悪かった」
「え?」
沈黙を切り裂いたのは謝罪の言葉だった。
言われたリヴも発したアイン自身もその言葉に驚き、またわずかな沈黙が訪れる。
「その、なんだ。今まで何度もお前に辛く当たってきただろ」
こんな事を言うつもりではなかったと、言いにくそうに補足説明をするアイン。リヴは泣き出しそうなのを必死でこらえながらアインの言葉に耳を傾ける。
「初めからお前は何も悪くない。ただの八つ当たりだ」
「そんなことないです。あなたの気持ちも考えずに私は……」
スープに映る自分の顔を睨みつけながら謝罪するアイン。リヴはカップを握る手に力を込める。
「いや、気持ちを考えていなかったのは俺の方だ。お前は全部を捨ててヨミとの約束だけを守ろうとした」
「……それが母の望みでしたから」
目を閉じるリヴ。
まぶたの裏に記憶がよみがえる。
母の優しい笑顔が目に浮かぶ。
僅かに聞こえてくる情報を聞き逃すまいと窓に張り付くルルとオルド。二人が期待するような色恋沙汰ではないと感じ始め、急に罪悪感が押し寄せてくる。
「なんかこれいけないことしてませんか?」
「……ああ。秩序に反するな」
二人は自らの行いを恥じながら窓から離れる。
アインは頭を下げ続ける。
いくらリヴが頭を上げるように言っても頑なに動かない。
「俺はこれしか詫びる方法を知らない」
「……それでは、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」
ずっと思っていたこと。
ずっとして欲しかったこと。
それでもずっと言えずに心の内に押し込めていたこと。
勇気を出して、口にする。
「私の名前を……呼んでもらえませんか?」




