第三十五話「全部あの人のもの」
睨み合うアインとリヴ。
今のリヴにはジークもルルも、近くに倒れているオルドも目に入らない。必ず救うと母と自分に誓った青年だけをまっすぐに視界に入れている。
「なるほど、君も老いぼれの体ではなくこの男のように若い肉体が好みか」
「黙りなさい。それに私もその人もあなたの何倍も年上です」
憎しみのこもったリヴの視線を全身に受けながら、アインは大声で笑い始める。
「ククク、魔族というのは実に面白い。早く私も魔族になりたいものだ」
「私の体も奪うつもりですか」
初めて見るアインの満面の笑み。
その顔に対してこんなにも怒りがこみ上げるのかとリヴは顔を歪める。
「何度も同じ事を言わせるな。私は君になりたいのではない。君の子供になりたいんだ」
恍惚とした表情で語るアインに、リヴは悪寒が止まらない。吐き気すら催す。
「君にまず私の子を産んでもらう。私はその子供に精神を移す。血を分けた存在だ、きっと完ぺきに馴染むだろう」
「……」
聞くにたえないと、リヴはアインから視線を下に逸らし、代わりに炎が大きくなっていく。
「ん?どうした?怒ったか?嘆いたか?絶望したか?」
「その顔で……その声で……」
怒りも嘆きも絶望も全部ある。
きっとアインが自分に会った時も同じだったのだろうと、リヴは地下通路での出来事を思い出す。
「あの人を侮辱するな!!」
炎が渦巻き、リヴの怒りを表すかのように広がっていく。あっという間にアインの四方を取り囲み、逃げ場をなくす。
「これはこれは」
アインは構えても意味のない剣を構えるしかない。迫りくる炎に対抗するすべはなく、その体を焼かれる以外の未来はない。
「ぐわぁぁぁあ!」
聞きたくもない悲鳴を聞きながら、リヴはその隙にオルドを救出する。息は絶え絶えで出血も酷いが、心臓は絶え間なく彼女の命を動かしている。
「さすがですね」
リヴはそう言ってオルドの胸に手を当て、治癒の魔術を発動する。アインの回復力ほどではないが、オルドの血はすぐに止まり、呼吸も落ち着いてくる。
呼吸はだんだんと寝息に代わり、リヴは安堵して肉が焼ける匂いの方に顔を向ける。
黒煙が晴れ、全身が焼けただれたアインが姿を見せる。その腕では剣を握ることもできず、溶け落ちた皮膚が鱗のように体中にこびりついている。
とても直視できない光景だが、リヴは視線をそらさない。
「痛い、なんて言葉では言い表せんな。常人ならここにたどり着く前に死んでいる」
丸焦げの目でリヴを睨みつけるアイン。
体は徐々に回復を始めているが、その間も死に値する痛みが全身を駆け巡る。
「あなたがその人から出ていくまで何度でも焼きます」
ここで引いたら二度と立ち向かえないと、ズキズキと痛む胸を必死に押さえながらリヴは容赦しないと宣言する。
「うっ、なんだこれは。どうして俺を攻撃するんだ。助けてくれ」
なんとか時間を稼ごうとアインの真似をしてみるも、リヴには何の効果もない。むしろ逆効果だ。
「あの人は私に助けを求めませんよ」
「ちっ!」
表面上は回復した体で剣を握りしめ、アインはリヴに掴みかかる。
「先ずはその手足を切り落としてやる!生殖機能さえ残っていればそれでいい!」
興奮するアインの腹を冷静に蹴り上げるリヴ。彼女の細い足では大したダメージも与えられないかと思いきや、アインはリヴから手を離してもがき苦しむ。
「ぐぁぁ!なんだ!」
オルドに斬られた傷が再び痛み出す。腹を見るも傷痕は無いが、それでも確かに痛みはそこにある。
燃やされた痛みも今だに消えず、一度苦しみだしたらもう立ち上がることができないほどの痛みが何度も繰り返される。
「まずいまずいまずい!このままでは……!」
アインは歯を食いしばりながら、頭に手を当てる。
意識を集中させアインのより深くに入り込み、この痛みに対抗するすべを掘り起こそうとする。
が、それが大きな間違いだった。
「ぁ……」
痛みに耐える方法は導き出せず、代わりに二百年分の痛み、苦しみ、絶望、後悔が一気に押し寄せてくる。
許容量をはるかに超えたそれは、カーターの精神を意図も容易く粉々に砕く。
「その痛みも苦しみも、全部あの人のものです。あなたはそこにいてはいけない」
もはやただの抜け殻となったそれを見おろしながら、リヴは涙を流しながらそう言った。
「終わった……のかい?」
ジークがルルに支えられながら近づいてくる。
オルドも意識を取り戻したのか頭を押さえながら起き上がる。
「リヴ、君が倒したのか」
「アインさんは……」
オルドとルルがアインを覗き込む。
アインは小刻みに痙攣し、焦点の合わない目で呪文のように言葉を漏らしている。
「なんでみんなしんだんだ。わたしはなんでいきているんだ。どうしてわたしだけ。わたしをひとりにしないで。しにたくないしにたくないしにたくないしなないでしなな……」
やがてその言葉は意味をなさないものになり、ただ口をパクパク動かすだけになる。
誰もがアインを諦めて目を背けるが、リヴだけは前を向き続ける。
「下がってください」
そう言うとリヴは真紅の炎でアインの全身を包み込む。
アインは一瞬で炭になり、やがて回復する。だが状況は何も変わらない。
「大丈夫。あなたが戻るまで何度でも殺します」
日が完全に落ち、星たちが町を照らす。その星たちを照らしていたリヴの炎に導かれるように、アインがゆっくりと目を開ける。
雨も降っていないのにアインの顔には大粒の水がいくつも垂れている。
「……うまくやったな」
「はい……」
リヴはアインの体に抱きつき、大声で泣く。
ジークら三人は温かな笑顔で二人を包み込んだ。




