第三十四話「資格」
オルドになだめられてようやく落ち着き始めたリヴが目の当たりにした人物は、間違いなくアインの姿をしている。
だが、目だけはあの男と同じだった。
「ふう」
アインに触れていたカーターの肉体は地面に崩れ落ち、粉々に砕ける。それを眺めていた魔族たちの視線はアインに集まっており、依然として恐怖は消えない。
「オルド、アインは勝ったのかい?」
「……リヴを頼む」
ジークとルルにリヴを預け、オルドが確認のためカーターの死体に近づいていく。
そこにあったのは紛れもなくカーター本人であり、オルドは安堵と共に喪失感を味わう。
「終わった……んだな。アイン、お疲……」
手を差し出したオルドの顔面にアインの裏拳が炸裂し、オルドは建物に激突する。
「な、何をしているんですか!」
ルルがジークとリヴをささえながらアインに叫ぶ。
アインは拳を開いたり閉じたりしながら体の調子を確かめ、全身を伸ばす。
「いい感じだ。やや苦痛感はあるが、じきに治まるだろう」
魔族たちは瞬時に主人が変わったことを理解し、アインに対して膝まづく。
「今までご苦労だったな。よく私に仕えてくれた」
労いの言葉を受け、魔族たちの表情が始めて和らいでいく。
「そ、それじゃは俺たちを……」
「ああ。解放しよう」
アインはそう告げると近くにいた魔族の首を切り落とす。
「え」
次の魔族は何が起きたのか分からず、その次の魔族も死んだことすら気が付かない。
あっという間に魔族は殲滅され、彼らの血を噴水のように浴びるアインの姿は狂気そのものだった。
「ルル、逃げるよ」
ジークの判断は早かった。
何が起きたのかはまだ分からない。だが今分かっていることだけでも彼の全身が危険信号を受信している。
「はい!リヴ、あなたも早く!」
ルルは呆然とするリヴの腕を引っ張るが、リヴはその場を動こうとしない。
「アイン!」
瓦礫をはねのけてオルドが立ち上がる。
兜は割れ、金色の髪には血が滴っている。それでも真紅の瞳は輝きを失ってはいない。
「さすがはヴァルキリア。しぶといな。だがそれでこそこの体のいい準備運動になる」
「乱心したか!」
オルドの重たい一撃がアインの上から振り下ろされる。アインはそれを剣で受け止めようとするが、寸前で剣を引き、オルドの剣はアインの体に食い込む。
「な……!」
「痛い痛い。自分で切っておいて何を驚いているんだ?」
アインはオルドの髪を引っ張り、強引に地面に叩きつける。それだけでは飽き足らず、顔面を何度も踏み潰す。
「ほら!ほら!ほら!ヴァルキリアの名が泣くぞ!」
とっくに気を失っているオルドに気が済むまで攻撃を加えたアインは、オルドを使い終わった雑巾のように放り投げる。そして自分の胸に手を当てながら回復する様子を観察する。
「なるほど痛みはあるようだ。回復速度も傷の大きさに反比例して遅くなると。捨て身の攻撃も考えものだな」
アインがオルドを痛めつけている間もルルはリヴを引っ張り続けたが、リヴの体はまるで石になったかのように微動だにしない。
その様子を見たジークはオルドを助けたいのを必死でこらえながらリヴとルルの手を引く。
「リヴ、アインは何かおかしい。ここにいたら危険だ」
「今一番危険なのは……あの人自身です」
リヴはジークとルルの手を振り切る。
「先に逃げてください。私はあの人を助けます」
その言葉にルルはリヴの頬を叩く。
「バカなこと言わないでください!さっきまであんなに泣いて、あんなに苦しんで、今だってまだ震えているじゃないですか!ね、一緒に逃げましょう!」
大粒の涙を流しながら体を揺さぶるルルの手を、リヴは優しく外す。
「ありがとうございます。でも、私は残ります」
二人を残し、リヴはアインのもとに走っていく。
「待って!」
追いかけようと手を伸ばすルルをジークが止める。
「大佐!」
「今の僕たちに何ができる。アインを止められるのだとしたら、きっとそれは彼女だけだよ」
脇腹を押さえながらリヴを見送るジーク。あそこに並べない事を悔やみ、唇を噛む。
「さて、大方傷は回復したな。だが痛みが全て取り除かれるわけではないと。致命傷は避けるべきか」
一人語りを続けながらアインは目の前に現れたリヴへと視線を移す。
「どうした?やはり私の母体になりたくなったか?」
猫に睨まれたネズミのようにリヴの体が動かなくなる。全身から汗が噴き出し、今すぐにでも逃げ出したい。
「やはり、あなたはあなたでは無いのですね」
「奇妙なことを言う。私は私だ」
アインはリヴに対して剣を向ける。殺意は無く、ただ新しい玩具で遊びたいだけのようだ。
対峙するアインの姿が、魔王城の地下通路での出来事と重なる。
ヨミが魔王にされたこと。
ヨミが母であること。
アインの名前を呼んだこと。
そのすべてがアインを苦しめ、リヴに対して感情をむき出しにして向かい合った。それは彼が彼である証拠であり、リヴもそれを覚悟していた。
だが、今のアインは違う。
そこにはなんの信念も存在しない。
「あなたにその人を使う資格はありません」
リヴの体が浮き上がり、手のひらから真紅の炎が湧き上がる。
「資格?そんなものが必要だとは知らなかった。ぜひ教えてもらおうか、その資格とやらを」
一切怯むことなく、アインはリヴに向かって剣を向け続ける。
譲れないもの。
それを持つ者と持たない者。
リヴにとって決して引くことのできない戦いが始まる。




