第三十三話「呪い」
「オルド、俺がアイツに突っ込む。捕らえたら俺ごとでいい、斬り捨てろ」
「……非人道的な作戦だな。お前の加護はどれほど持つんだ?」
完全に捨て身のアインの作戦に、オルドは素直にはいとは言えない。
「俺のは呪いだ。際限はない」
それだけ言い残してアインはカーターに突撃していく。
カーターは相変わらずリヴに夢中で、アインがその体に触れるまで気が付かない。
「多趣味な私だが、男色の気は無いのだがね」
両手で体をがっちり取り押さえるアインに、カーターはつまらなそうな声で告げる。
「今だ!貫け!」
後ろで剣を握りしめるオルドに叫ぶアイン。オルドは一瞬躊躇するが、アインの言葉を信じて覚悟を決める。
「なるほど、君らしい作戦だな。だが悲願を前に死ぬわけにはいかない」
カーターの両手から影が溢れ出し、二人を覆う。それだけではもの足りず彼を中心に影が広がっていき、オルドの視界を奪う。
「く、小癪な真似を!」
暗闇の中で感覚だけで剣を振るい、確かな感触が腕に伝わる。だが、影が晴れるとそこに膝をついていたのはアインだけだった。
「す、すまん!」
「いい、それより構えを解くな」
オルドは一瞬カーターから視線を外してアインに駆け寄る。傷はそう深くなく、既に塞がり始めている。
「ククク、君はセカンドプランだ。大人しく待っていたまえ」
カーターの肩と腕の関節がおかしな方向に曲がっている。無理やり関節を外してアインの拘束から抜け出たようだ。
体を軽く振りながら関節を戻し、カーターはリヴを目指して走り出す。
「行かせるか……く!」
「大佐、その体では無茶です!」
カーターを追いかけようとするジークだったが、折れた肋骨が彼の歩みを邪魔する。ルルがなんとか支えてはいるものの、彼の体は限界に近い。
「オルド、行ってくれ!すぐ俺も追いつく」
「わかった!」
アインは自分の体に触れているオルドを突き放し、オルドも切り替えてカーターを追う。
リヴがカーターの接近に気がつくよりも早く、周りの魔族たちが反応しだす。
もう誰もリヴを観ておらず、全員の視線が迫りくる狂気に向いている。
「リヴ!気をつけろ!」
オルドの叫び声でようやくカーターに気がついたリヴは、思わずまとわせた炎でカーターを攻撃してしまう。
手加減する余裕も無かったその炎は一瞬でカーターを飲み込み、絶叫が恐怖の町にこだまする。
リヴが炎を解くと、髪も服も皮膚も黒焦げになったカーターが煙とともに現れる。
攻撃したリヴ自身も思わず目を覆いたくなるような姿だったが、カーターの猫のような目は変わらずリヴを捉えている。
「耐え難い苦痛だ。全身の細胞が死滅していくのがわかる」
皮膚がポロポロと地面に落ちていき、抜けた髪が風に飛ばされていく。それでも足はゆっくりとリヴに近づいていく。
「こ、来ないで!」
恐怖のあまり尻もちをつき、リヴは迫りくるカーターに砂をかけて抵抗する。
もちろんそんな事でカーターは止まらず、リヴの細い腕をがっちりと掴む。
「君には私の母体になってもらう。安心したまえ妻になる必要はない。子供さえ孕んでもらえばそれでいい」
「いやぁぁぁあ!」
焦点の定まらない目に全身を突き刺され、リヴは体を震わせながら絶叫する。体のいたるところから種火が現れだし、今にも暴走寸前だ。
「妄想は地獄でやってろ」
アインの一閃が、リヴを掴むカーターの腕を切断する。
「いや、いやぁぁ!」
「私だ。落ち着け」
オルドが暴れるリヴの体を抱きかかえ、カーターから遠ざける。リヴの炎で全身が焼けそうだが、歯を食いしばって必死に耐える。
「悔しいがアイン、後はお前に任せる」
カーターとアインを横目で見ながら、オルドはジークたちと合流する。
「……そんなにお前はファーストになりたいのか?」
切り落とされた腕を拾い上げながら、カーターは静かにアインに問いかける。
「そんなに俺の力が欲しければ魔王にでも頼むんだな」
剣を構え、アインはとどめの一撃を繰り出そうとする。
が、アインの“魔王”という発言を聞いた途端、カーターは今まで見せたことがないほど驚愕した表情を見せる。
「魔王……だと?なるほど確かにそれは加護ではなく呪いと言うべきだな」
「何を……」
カーターの切り落とされた断面から大量の影が溢れ出し、アインの視界を奪う。
「またそれか。芸が無いな」
アインは目をつぶり、精神を集中させる。そしてカーターの接近を感知して剣を振るが、命中したのは先ほど自分で切り落としたカーターの右腕だった。
「私の力は少々特殊でね」
カーターは左手でアインに触れながら耳元で呟く。その瞬間アインの意識が混濁し始め、影が晴れても視界が暗くなっていく。
「他人を乗っ取る力があるのだが、その対象は魔族でなければならない」
「な……」
もう言葉を発することさえ困難になるアインに、カーターは研究成果を発表するように話を続ける。
「私の力も呪いなんだよ。同じ呪いなら通じると思ったが、うまくいきそうだ」
その言葉がアインの耳に届くことはなかった。それよりも早く彼の精神はカーターに乗っ取られてしまった。




