第三十二話「誇りと責任」
もはやカーターよりもアインの方が魔族たちにとっての恐怖の象徴となっていた。
そのアインと入れ替わったリヴは、魔族たちに奇妙な感情を抱かせる。
「魔族……?」
「だけど何か匂いが違うような」
「敵なのか?味方なのか?」
「でもさっきあの黒い男と親しげじゃなかったか?」
「人間と魔族が?なんで?」
口々に疑問を出し合う魔族たちに、リヴは両手に炎をまとわせながら立ちふさがる。その炎は離れている魔族たちにも熱と圧を与え、近づくだけで灰になってしまいそうなイメージを植え付ける。
「火傷したくなければ動かないでください」
その溢れ出るリヴの壮大な魔力に、魔族たちの疑問は全て吹き飛んでいく。そこには悪意も敵意も無く、ただ純粋に力のかたまりがあった。
「んん?んん~!」
その魔力に反応したのは魔族たちだけではなかった。
オルドとジークに向かい合っていたカーターもまた、リヴの力に見惚れる。
「あれ程の魔力を有していたのか」
初めてリヴの力を目の当たりにするオルドも感嘆の声をもらす。自分の後ろに乗せていた弱々しい少女の姿はどこにもない。
「集中しろ!」
駆けつけたアインも戦線に加わり、四人でカーターに挑む。
だが、カーターの興味はもうここにはない。
「素晴らしい。類まれなる魔力、若い体、凛々しい瞳、人に近い姿。彼女こそ私の母体にふさわしい」
舌なめずりをしながら、カーターの視線はリヴに釘付けになる。
「いま、あの人すごく気持ち悪いこと言いませんでした?」
ルルは今までとはまた違った恐怖をカーターに対して抱く。
普段ならルルの言葉に必ず反応するジークは、何も語らずにカーターを睨みつけている。
「上級……いやあれは大魔族の域だ。信じられない初めて目にする」
角の先から足の先まで舐め回すようにリヴを観察するカーター。
彼自身は全身隙だらけだが、アインたちは踏め込めずにいる。
触れてはいけない何か、自然災害のような何か。カーターをそう錯覚してしまうほど、彼の雰囲気は禍々しく変貌していく。
「ジーク、早まるな」
それでも一人突っ込もうとするジークの腕を止めるアイン。
「離せ」
初めて聞くジークの殺意がこもった言葉。
思わず離しそうになるアインだったが、その腕にさらに力を込める。
「ヤツは明らかに様子がおかしい。迂闊に飛び込めばどうなるかわからない」
「知ったことか。あの男はここで殺さなければならない」
ジークのその瞳に宿るのは純粋な復讐心だった。かつて同じ感情を抱いていたアインにはその気持ちが痛いほど理解できる。
ヨミ、ザック、ニーナ。
復讐の相手である魔王がいなくなった今でも魔王に対する憎しみが消えるわけじゃない。
目の前に仇がいるなら尚更だ。
しかもその相手はこちらのことなど全く気にしていない。
アインの手が緩みかけた時、ルルがもう片方の手を掴み、オルドがその前に出る。
「大佐、いつもの大佐に戻ってください」
「ジーク。やつをかばうわけではないが、私たちは軍人だ。私利私欲で動いてはいけない。ここでお前が私欲であの男を斬れば、お前もあの男と同じところに堕ちるぞ」
オルドにとってイースとミースは従姉妹だ。
見習い時代を共に過ごし、研鑽を深めていった戦友だ。時には先に出世する彼女らを妬ましく思ったことすらある。大戦に出で戦死したと聞いたときは夜通し涙を流した。彼女らをみすみす死なせたカーターにはジークと同様怒りが収まらない。
それでもオルドが剣に乗せるのは怒りではなく、誇りと責任だ。
「……割り、切れない!!」
ジークの心からの叫び。
その言葉は全員の胸を突き刺す。
「今はそれでいい。時間はまだある」
アインの冷たい、しかしジークにとっては温かい言葉に、彼の体は崩れ落ちる。
そしてその体をルルが支え、オルドが前に出る。その後ろからアインも続き、二人は根源的恐怖に立ち向かう。




