第三十一話「恐怖」
「カーター、その男はそう名乗ったんだな」
「は、はい。早く大佐を……」
息を切らしながら町の外にたどり着き、ルルはオルドとリヴに合流する。
リヴに背中を擦られながらオルドに報告すると、彼女の顔色がみるみる悪くなっていく。
「まのマッドサイエンティストめ、まだ生きていたのか」
オルドは手早く馬たちを杭に繋ぎ、装備を整える。
「悪いが息を整えている時間はない。すぐに案内してくれ」
「は……はい」
ルルを先頭に三人は魔族が巣食う町に踏み込む。
「カーターさんは、僕の憧れだったんだ」
「現実なんてそんなもんだ」
アインの肩でジークが悲しそうに呟く。
その言葉はかつての勇者であった自分に言われているようで、アインは複雑な気持ちになる。
「とにかくあいつらと合流するぞ。このままでは分が悪い」
「だろうな。だからここで止めさせてもらおう」
先を急ぐアインたちの耳にカーターの邪悪な声が飛び込んでくる。
気がつけば町中の視線が二人に集まっており、建物からも続々と人々が現れる。それら全ては人間に擬態した魔族であり、もう隠す気もないと言わんばかりに角や牙をむき出しにしている。
あっという間に二人は取り囲まれ、姿を見せないカーターの声だけが二人に届く。
「超再生、素晴らしい加護だ。どんな傷でも回復するのか?速度は?範囲は?痛覚はあるのか?切り落としたらどうなる?」
「どいつもこいつも……」
加護。
その言葉にアインはうんざりする。この力は授かったものでも望んだものでもない。むしろその逆だ。渡せるものなら渡したい。
アインは剣を抜き、ジークも片足を地面につけながら辺りを見回す。
「おい魔族ども、一度だけ言う。下がれ、でなければ殺す」
背中を合わせるジークですら恐怖するほどのアインの冷たい声が静かに響くが、魔族たちは引こうとしない。
引いたところでどちらにせよカーターに殺される。そう瞳でアインたちに訴えかけている。
「アイン、さすがにこの数の魔族は厳しいんじゃないかい?」
「ああ。だから時間を稼ぐ。あいつらが来るまでな」
二人の小声の会話はカーターまでは届かない。だが、耳のいい魔族たちにだけは確かに届き、もしかしたら殺されないのでは?と淡い希望を抱き始める。アインもジークも魔族たちの表情の変化から彼らの思惑を理解し、カーターを出し抜くことを画策する。
魔族を殺すことになんの躊躇もないが、これから現れるであろうリヴへの影響を考慮するアイン。カーターを退けるには彼女の参戦は不可欠であり、不本意ではあるが魔族たちへの不殺を肝に銘じる。
「いくぞ!」
大げさに声を張り上げ、アインは魔族の群れに突撃する。
先頭の魔族を剣の柄で打ち伏せ、そのまま二、三人を蹴り飛ばす。
「手は抜くが生き残れるかどうかはお前たち次第だ。殺す気でかかってこい」
喧騒の中、魔族たちにだけアインの静かな脅しが届く。
「なるほどね。さあおいで、僕もそう簡単にはやられないよ」
ヒビの入った肋骨を庇いながらも、ジークも剣を前に突き出して牽制する。
静かなる猛獣と手負いの獅子。
彼らは敵ではないが決して味方でもない。魔族たちの淡い希望は粉々に打ち砕かれる。
「ジークは後回しだ!そこの黒い男を優先して狙え!」
カーターの声が魔族たちの恐怖を煽り、一人、また一人とアインに向かって爪を出す。剣で受け止めていくアインだったが多勢に無勢だ。剣をすり抜けた幾つかの爪が容赦なくアインの肉体に食い込んでいく。
「……」
「ひぃ!」
無言で睨みつけるアインに、攻撃を食らわせた魔族の方が怯えてしまう。
「いい、いいぞ!」
建物の上から覗き込むカーター。アインの傷が回復する様子を興奮しながら観察する。
その彼の頬を、痛みを残しながら石が通り過ぎる。
「やっぱり顔を出したね」
カーターに向けて石を投擲したジークが、次の石を手に取りながら笑う。
「昔から空気が読めない男だったが……お前、嫌われているだろう」
「あなたよりはマシじゃないか」
気持ちを落ち着かせる紅茶がないカーターは、抑えきれない怒りに頭をかきむしる。
「そんなにイースとミースに会いたいか?また私の手で送ってやろうか?」
「……なんだと?」
イースとミース。
その二人の名前が出た途端、ジークの雰囲気が変わる。爽やかな笑顔が消え去り、目つきに殺意が宿っていく。
そのジークの表情を見て、カーターはニヤリと笑う。
「とうとう化けの皮をはがしたか。大好きな姉と妹を殺した男だ、我々の対峙はこうでなくてはならない」
「その男の話に耳を傾けるな!」
両手を挙げながら悦に浸るカーターに水を差すように、飛び出したオルドが声を張り上げる。そのまま建物を駆け上がり、カーターに鋭い蹴りを食らわせる。
カーターが建物から落下し、地面に激突するとルルがジークに駆け寄る。
「大佐、ご無事で……大佐?」
明らかにおかしいジークの様子に、ルルは戸惑ってそれ以上近づけない。ジークもルルのことが全く目に入らないように、地面に倒れるカーターから目を離さない。
「来たか」
アインは魔族たちを素手でいなしながら三人の女性の到着を横目で確認する。その視線にリヴが入り込むと、アインは魔族を無視してジークのもとに走る。
「雑魚は頼んだ」
「え、は、はい!」
アインはリヴとすれ違いざまにそう告げ、リヴは顔を引き締めて魔族の群れに飛び込んでいく。
「ククク、来たかヴァルキリア。神に祝福されし者よ」
瓦礫の中からスクッと立ち上がるカーター。生々しい傷跡が全身に刻まれているが、その顔は全く痛みを感じさせない。
「今更驚きはしないが、カーター、お前いつ人間を辞めたんだ?」
建物の上からカーターを見下ろすオルド。その瞳に映るかつての上官は、彼女の知る知的で人情のある軍人ではなかった。
「失礼な。私はまだ人間だよ。人を超えるのはこれからだ」




