第二十八話「猫の目の男」
嬉しそうに走る馬を、見つめるリヴ。後ろめたさを含んだ表情をするリヴに、隣に座るオルドがふと声をかけてくる。
「お前に気を使ったわけではない」
「そう言っていただけると少し楽になります」
嘘っぽい笑顔でオルドに微笑みかけると、彼女もまたリヴに対して笑顔で返す。
「本当のことだ。こんなところに町があったなんて知らなかったからな。おかげで馬たちも休むことができる」
「そうなんですか?まだ新しい町なんでしょうか」
「それにしても見違えたよジーク。こんなに立派になって、こんな可愛らしい部下までできたとは」
「カーターさんにそう言ってもらえると光栄だね」
猫の目の男、カーター。
彼はジークの成長した姿に感嘆し、その後ろを歩くルルに視線を移す。ルルが視線から逃れるようにジークの後ろに身を隠すと、ニヤリと笑って目の前の扉を開ける。
「狭くて申し訳ない。なにぶんまだこの町は開拓途中でね」
カーターは自室に案内し、二人に紅茶を差し出す。
ルルが一向に手を出さないことに気がつくと、人を馬鹿にしたような冷たい目で嘲笑するカーター。
「……なんでしょうか」
「毒なんて入っていないよ。ほら」
カーターはスポイトを取り出し、ルルの紅茶を吸い取る。そしてそれを自らの口に垂らし、毒がないことを証明する。
背筋が凍りそうになるルルはジークに耳打ちし、アインとの合流を急かす。
「大佐、この男おかしいです。一度出ましょう」
「確かにカーターさんは少し変わってるけど悪い人じゃないさ。あんまり悪く言わないでほしいな、数年前まで僕の上司だった人だからね」
まるで彼のおもちゃ箱の中にいる気分になるルル。鋭い目つきも、細長い指も、不健康そうなくまも、白くてクセのある髪も、その全てが不気味で恐ろしい。
「そう怯えないで。私はカーター。帝国軍中佐だ。今ではジークに階級も抜かされてしまった老いぼれさ」
細い指を組みながら黄色い瞳でルルの全身を舐め回すように見つめるカーター。
ルルは差し出された紅茶にとても手を付ける気にはならないが、ジークは気にせずガブガブと飲んでいる。
「カーターさん、おかわりもらえますか?」
「相変わらず面白い男だ君は。少し待ちたまえ」
カーターが紅茶のおかわりを入れるために席を立つと、ルルはすぐさま部屋を出ようとする。
「どうしたんだルル。もしかしてトイレかい?」
「バカ言ってないでいきますよ!」
半ば強引にジークを引っ張り、部屋を出るルル。カーターはカップを持ちながら去っていく二人の背中を見つめる。
「おや、もうお帰りか。積もる話もあったというのに」
カーターの瞳が鋭く光り、手にした紅茶が波打つ。
「すぐにまた会えるさ」
席につくと紅茶をすべて飲み干し、顔面に手を当てながら不気味な笑みを浮かべる。
「ルル、トイレくらい一人で行ってくれないか?僕はまだカーターさんと話したいことがあるんだ」
「天然もほどほどにしてください!おかしいと思わないんですが?この駐屯所、あの男以外誰も居ません」
出口を目指して駐屯所を駆ける二人。それほど大きな基地ではないが、確かにカーター以外の兵士は一人も見かけていない。
「きっと見回りか何かじゃないかな」
「町にも兵士は居なかったです」
ルルに引っ張られるジークも徐々に不安になってくる。
だが、それはかつての上司であるカーターを疑うということ。
ジークにとってのカーターは姉と妹の上官であり、ジークが軍に入ってからは自分の上司でもある。魔族との大戦を生き残った英雄であり、ジークの理想とする人物だ。
ルルの言葉を否定することもできないが、自分の理想を否定したくもない。
出口が見えてくると死角から人影が姿を現す。
「なんだ、やっぱり兵士がいたんじゃないか」
胸をなで下ろすジークだったが、現れたのはどう見ても兵士ではなかった。
「大佐!あれは……」
「ああ、魔族だね」
帝国軍を模したかのような服を着ているが、突き出た角と鋭い牙は帝国軍が持ち得ないものだ。
「カーターさんに会ったときに話したいことが増えてしまったね」
冷や汗を流しながら剣を抜くジークの背後からゆっくりと足音が近づいてくる。
「なら話をするとしよう。きっと君も分かってくれる」
背後を振り向くと、カーターが両手から影のようなものを出しながら立っていた。
「ルル、僕が隙を作るから脱出し、アインたちを呼んできてくれ」
「はい!」
そう言うとジークはカーターから目を離し、出口を塞ぐ魔族に突撃する。魔族は慌てた様子でジークの突進を回避すると、その空いた隙間をルルが駆け抜ける。
「頼んだよ」
ジークの方を振り向きたい気持ちを必死で抑えながら、ルルは全速力で駆けていく。
「自己犠牲……それは素晴らしい行為だと思う。だが力が伴わなければ」
カーターの声に振り向くジークだったが、カーターに首を掴まれてしまう。
「無駄死にだ」
その言葉を聞くと同時にジークの意識は絶たれる。理想としていたその男は、ジークの想像を遥かに超える化け物だった。




