第二十四話「オルド」
帝都守護隊。
それは隊員の全員がヴァルキリア家の女性で構成された帝国軍の特殊部隊である。
かつてジークの姉と妹も所属しており、現在の隊長はジークの従姉妹であるオルドが務めている。
その守護隊は普段帝都に常駐し、帝都の秩序を維持している。
しかし、彼女らは今回の戦いには参加していなかった。
「今から百八十六年前。私の七世代前の先祖であるルシウス•ヴァルキリアが消息を絶ち、ある都市が地図から姿を消した」
崩壊しかけた帝国軍会議室。
その中心の円卓にアイン、リヴ、ジーク、ルルが腰を下ろしている。彼らの注目は卓に着きながらただ一人立ち上がり、鋭い目つきで熱弁するオルドに集まっている。
円卓を囲む彼らの後方には十数人の帝都守護隊が円状に並んでおり、隊長の言葉に耳を傾けている。
「ルシウスは歴代で唯一の男の当主なんだよ」
「大佐、静かにしてください。私まで怒られてしまうではないですか」
小声で隣に座るルルに耳打ちするジーク。ギロリとオルドの目がこちらを向くと、ルルは萎縮してジークを睨みつける。
「話を続ける。異常が起きたのは一昨日だ」
一昨日、それはアインが終わりのない地獄から解放された日、そしてリヴが魔王城を出た日。偶然なのか、そうでないのか、どちらにせよリヴは一言一句を聞き逃すまいとオルドの言葉に集中する。
「沈黙を続けていた滅都から魔の気配が漏れ出していると報告を受けた」
その言葉にリヴは息をのみ、アインは初めてオルドの方を向く。
「帝国は事態の重さを鑑み、我々帝都守護隊が偵察にあたったというわけだ。そこで……」
「長々と言い訳を並べ立てるだけなら、俺は失礼する」
アインが席を立ち会議室を後にしようとすると、周りを取り囲む守護隊のメンバーが行く手を阻む。
「どけ」
「無礼者!隊長の話はまだ終わっていない!」
円卓を取り囲んでいた彼女らはアインを取り囲み、全員が剣の柄に手を掛ける。アインも動じず腰に手を回す。
「構わん。お前たち、下がれ」
「ハッ!」
オルドの一声で彼女たちは元の位置に整列する。
「ジークの話によればその男は不死の加護を授かっているらしい。だから我々の世界がどうなろうとも関係ないのだ。そんな薄情者は放っておけ」
アインには一切目線を向けず、オルドは話を再開する。アインは少し間を空け構わず出ていこうとするが、今度はジークがアインを止める。
「アイン、彼女の非礼は僕が詫びる。だからもう少し話を聞いてくれないか?」
ジークが手を合わせてアインに頼み込む。その後ろではリヴとルルもこちらを向いて何かを訴えかけている。
「話だけは聞く」
アインが渋々席につくとジークも安堵してオルドに親指を立てて合図する。
「……まあいい。問題はそこで何があったかだ」
ジークの合図に冷たい目線を向け、オルドは話を再開する。
「あそこには何かがある。我々の目には映らない何かが」
「何かって、何でしょうか?」
恐る恐る手を挙げながら質問するルル。オルドの視線が向いてくるだけで若干涙目になりそうだ。
「わからん。だが、我々が遭遇したことのない何かだ。それは我々を……」
「……操られた」
突如会話に割り込んできたリヴに全員の視線が集まる。
自分でもなぜそんな事を口走ってしまったのか驚きながら、リヴは口を押さえる。
「なんだと?貴様、何か知っているのか?」
今まで以上に鋭いオルドの視線がリヴを貫く。僅かに敵意と殺意も混じったその視線にリヴは言葉が詰まるが、何とか吐き出す。
「昔、父が漏らした言葉が気になりまして……」
「父?」
怪訝な表情のオルドに、リヴは再び口を押さえる。
「それは今はいいじゃないか。続けてくれ」
ジークのフォローでリヴは百年以上前の記憶を掘り起こしていく。
百八十六年前、白い都市から戻ってきた魔王は心を閉ざし、こもりきりになっていた。
体はどんどん弱くなり、日に日に衰える魔王にリヴの怒りも徐々に薄れていき、そんなある日魔王が独り言のように呟いた言葉。
「白い都市に近づくな。誰も……操られ……全て……殺……」
断片的な記憶を皆に伝えるリヴ。
情報は途切れ途切れだが、それでも不穏な空気がこの場に流れる。
「白い都市、滅都のことかい?」
「滅都、かどうかはわかりません。ですが父は確かにそう言っていました」
ジークの質問に答えるリヴ。
頭を抱えながら怯えていた魔王のことが脳裏に浮かぶ。
「実はまだ滅都には私の部下が残されている。必死に連れ戻そうとしたのだが、意識を乗っ取られたかのように一切我々の言葉に耳を傾けなかったのだ」
唇を噛み、拳を握りしめるオルド。自らの不甲斐なさを悔いても現実は変わらない。
「改めて謝罪させてくれ。遅れて申し訳ない。私にもっと力があれば、こんなことには……」
積み上げられた死体の山が会議室の崩れた隙間からオルドの目に飛び込んでくる。その中には兵士だけでなく、守護隊が本来守るはずの市民も多数含まれる。訓練所で治療中の者たちも何人生き残れるかわからない。
周りを取り囲む守護隊の面々も顔を押さえながら涙を流している。
「私がいても何も変わらなかったかもしれない。結果はもっと悪くなったかもしれない。それでも私は……!」
心の内をさらけ出しながら涙をこぼすオルドをじっと見つめるアイン。
ジークも、ルルも、リヴも、結局帝都を守ることはできなかった。誰もオルドを責めようとはしない。
「それで、出発はいつだ?」
オルドの言葉に耳を傾けていたアインが立ち上がり、自らの装備を確認し始める。
オルドは涙を拭い、凛々しさを繕いながらアインに問いかける。
「なに?」
「滅都とやらに向かうんだろう。それとも部下を見捨て、そこで泣いているつもりか?」
アインがそう言うとジークとルルも立ち上がり、リヴも前を向く。
「私を、許すというのか」
「お前は間に合わなかった。俺たちは救えなかった。それだけだ」
オルドは再び下を向いてしまう。守護隊が彼女の周りを取り囲み、オルドは誰にも見せないように再び涙を流す。
「ああ、行こう。いや、ついてきてくれ!」
完全に凛々しさを取り戻したオルドは胸を張る。
失った命は戻らない。だが、まだ取り戻せるものもある。
帝都を守護隊に任せ、オルド、アイン、リヴ、ジーク、ルルの五人は滅ぼされた都を目指して旅立った。




