第二十三話「戦いの余韻」
アインが目を覚ましたのは帝国軍本部の訓練所の一つだった。
部屋は兵士たちの汗が染み込んだ独特な匂いがする空間だったが、今は負傷した兵士たちで埋め尽くされ、血と苦しみの匂いが充満している。
「目が覚めたようだ。私は帝国軍守護隊隊長オルド•ヴァルキリア准将だ」
眼球だけで辺りを観察するアインを見おろしながら自己紹介するオルド。アインはその言葉を無視し、状況の把握を優先する。
「無礼な男だな。もっともお前の名前はジークから聞いている。自己紹介は不要だ」
「ならどこかへ行け」
ようやく口を開いたアインはこの場にジークやリヴが居ないことを確認すると、オルドに目も合わさず立ち去ろうとする。
「そうはいかない。話によればあの女魔族はここを襲った魔族の血族だというではないか」
オルドは素早くアインの前に回り込み、剣の柄に手を掛ける。
「その女魔族はどうした」
「私は今お前の話をしている。お前もあの女魔族の仲間だろう」
睨み合う両者。兵士たちのうめき声が訓練所に響き渡る。
「この苦しむ声が聞こえるか?私は守護隊としてこの地獄を作り出した連中を生かしておけない。知っていることをすべて教えろ」
オルドの顔が苦しみにゆがむ。柄を握りしめる手は力を増し、今にも抜刀しそうだ。
「おかしな話だ。その守護隊とやらはなぜここに居なかったんだ?」
「貴様……言わせておけば」
アインの挑発を受け流せるほど今のオルドは冷静ではない。
「そこまでだ。オルド、話をするだけだと言ったじゃないか」
訓練所の扉が開かれ、ジークが姿を現す。そうしなければオルドはアインに斬り掛かっていただろう。
オルドは仕方なく剣から手を離し、苦しむ兵士に目を向けたあとアインを鋭く睨みつる。
「ジーク、悪いが私はこの男を認めない」
「誰が認めろと言った?」
最後までオルドを挑発するアイン。オルドは再度剣に手を掛けるが、目をつぶったあと気を落ち着かせ訓練所を出ていく。
「君、僕の従姉妹をあまりいじめないでくれ」
「なら俺に近づけるな」
そっぽを向くアインに、ジークは深くため息をついた。
「お前がここに居るということはあの魔族共は討伐したのか?」
アインの質問にジークは事の経緯を説明する。
「そうか、運が良かったな。俺もお前も」
「まったくだね」
二人は訓練所の壁に背を下ろし、僅かに笑みを浮かべる。
「それで、あの女は……」
「あの女って、リヴって名前が有るんだろ?まさか名前を知らないのかい?」
ルルからリヴの名前を聞いたジークは、アインが一度もリヴの名前を口にしていなかったことを疑問に思う。
「……」
「まあ、言えないことも言いたくないこともあるよね。いいさ」
口を開こうとしないアインに、ジークも無理に聞こうとはしない。思えばリヴもまたアインの名前を一度も呼んでいない。
「彼女なら今ルルと一緒に風呂に入ってるはずだ。見に行くかい?」
「お前……正気か?」
ジークはお茶目な笑顔を見せると負傷した兵士たちの治療にあたる。アインもまた見様見真似でジークの手助けをする。
帝国軍本部本部の地下には兵士たちが日頃疲れを癒す大浴場がある。地下にあったため戦いの余波は届いておらず、比較的そのままの形を保っていた。
「肌、白いんですね」
「おかげで傷が目立ちます」
ルルは隣で体を洗うリヴの体をまじまじと観察している。
リヴの肌は透き通るような白さだが、戦いによって受けた火傷の跡が所々にある。ルルの体もまた打撲や切傷が無数にあり、とても痛々しい
「もう少し魔力が回復すれば傷を癒せるので、それまでの辛抱です」
「便利ですね。魔族って」
ルルの何気ない一言にリヴは気持ちが沈み、体を洗う手が止まってしまう。
その様子を見たルルは慌てて弁解を始める。
「ご、ごめんなさい。そういう意味では……ほら、私には魔術も加護も無いから羨ましくって」
両手を必死に振りながら謝罪するルルの姿がおかしくて、リヴの顔にも笑顔が戻る。
「魔族がみんなあなたみたいなら良かったのに」
湯船につかりながらふと呟くルル。
髪を解き、緊張感の抜けたルルの顔は年相応の少女のあどけなさがある。
「兄の事は……」
再び下を向くリヴの口に人差し指を当てるルル。びっくりしてルルの方を向くと、優しい笑顔がリヴを迎える。
「悲しい話はもうやめましょう。私たちは生きてるんですから」
「……はい」
ありがとうございます、と言いかけてリヴは言葉を飲み込む。
兄であるバートンの事は許されてはいけない。
今回の出来事は忘れてはいけない。
それでも今はルルの言葉と笑顔に甘えよう、そう思うリヴだった。




