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デッドエンドストーリー 〜不死の勇者の死物語〜  作者: ガブ
第三章 「滅都編」

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episode2.9「死と絶望」

 ルシウスは空洞内で己の弱さを嘆いていた。

 力だけの話ではない。魔王の話を聞いて心が折れてしまった。

 

「俺は、隊長失格だ」


 いまだに目をさまさない部下と魔族たちに囲まれながら、ルシウスは頭と膝を抱える。



 魔王はたった一人で再び都市の前に立っていた。

 魔王が近づくとすぐに影が姿を現す。


「貴様の目的は何だ?」


 魔王の問いかけに影は答えない。代わりに影は激しくうごめき、魔王の形に変化していく。そして不敵な笑みを浮かべながら魔王に手招きする。


「なるほど、私の体が目的か」


 その言葉を聞くと影は両手を広げて魔王を抱きしめるような仕草を取る。だが、魔王が都市の外にいる限り影は近づけない。


「貴様はいわば私の兄弟だ。だが、我が同胞を手に掛けたことを許すほど、私は寛大ではない」


 空気が渦巻き、石が舞い上がる。魔力が可視化できるほど高まり、魔王の周辺がゆがみ始める。


「死で償え」


 舞い上がった石が槍のように削られ、一斉に影に向かっていく。影に風穴を開けるが、瞬時に回復し、石の槍も空中で動きを止める。そしてお返しと言わんばかりに石の槍を反転させ、魔王に向かって射出する。影の力は都市の入り口で解かれるが、槍の勢いは衰えずそのまま魔王に突き刺さる。が、槍は魔王の体に触れた瞬間に砂になり、荒野に戻っていく。


 影は両手を前に突き出しながらピアノを引くような手つきで指を動かす。


「また同胞たちを操るつもりか?無駄なことだ。貴様の魔術の範囲は完全に把握した。そこからでは届かん」


 曇った表情の影にそう伝え、魔王は人差し指を影に向ける。すると指先がバチバチと音を立て、鋭い雷が影に向かって突き進む。

 影の顔面が一瞬で消し飛び、手足が痙攣している。


「まるでかごの中の虫けらだな。私は外からゆっくりと攻めればよい」


 影が形を作り出す余裕もなく、魔王の攻撃が繰り返される。影は再び形を失い、地面に逃げるように入り込む。


「この私から逃げ切れると思うのか?」


 魔王は両手を地面に押し当てる。すると都市全体が大きく揺れ始め、散らばった影が無理やり地面から引き出される。


「さて、形のないものは圧殺できるのか実験してみよう」


 地面から手を離し、魔王は胸の前で両手を握り込む。すると、見えない手に圧縮されるように影が小さく丸まっていく。必死にもがいているが逃れることができない。


「私は千年近く研鑽を積んできた。私よりあとに生まれたことを後悔するのだな……もっとも後悔する脳があればの話だがな」


 影はもがき苦しみながら形をどんどん変えていく。魔王の部下や人間たち、ルシウスの姿に変化しても魔王の攻撃は止まらない。

 だが、影がリヴの姿に変わった途端僅かに魔王の手が緩んだことを、影は見逃さなかった。


 影は形をリヴに固定する。

 魔王は一瞬硬直したものの手を強く握りしめ、攻撃を続ける。すると影は大げさに苦しみだし、血反吐を吐き出す演技までし始める。


「……外道め」


 影の手足が潰れ、顔が膨れ上がる。眼球が飛び出しそうになるほど圧縮されたところで魔王は手を離す。


 ほんの僅かな気の緩み、もしくは心の隙。

 魔王がこれまで見せなかったそれらが初めて顔を出す。

 

 影はこの時を待っていた。


「……な!」


 魔王の手が動かなくなる。次は足だ。体中の感覚が次々になくなっていく。


(都市の外なら安全だと思ったか?)


 頭のなかに直接声が流れてくる。

 魔王は魔族たちが最初に操られたのは都市の外だったことを思い出す。


「こ、この程度で……」

(ああ、もってあと数秒だ。このままじゃな)


 魔王の足が意に反して一歩づつ都市に進んでいき、リヴに変した影はそれを出迎えるように両手を広げている。


(千年も生きたんだ。そろそろ交代してもらおうか)


 リヴの影はこぼれそうな笑顔で新たな誕生を待っている。

 魔王も歯を食いしばり抵抗するが、徐々に引きずられてしまう。


「うおぉぉぉぉ!」


 出来ることは雄叫びを上げることだけだった。だが、魔族たちにはそれだけで十分だった。



「魔王様!!!」


 目を覚ました魔族たちが空洞から飛び出し、影に向かって飛んでいく。


「待て!」


 魔王の声で魔族たちはピタリと動きをとめる。


「何故です魔王様!急がねば山の思う壺です!」

「そのとおりだ。だが、そこではない」


 確実に引き寄せられる魔王。その元凶をいち早く処理したい魔族たちだったが、魔族が影に近づけば間違いなく精神を乗っ取られる。



「私を殺せ。今なら魔力も練れん、今しかない」



 魔族たちの視線が一斉に魔王に集まる。

 魔王はそれ以上言葉を発さず、抵抗だけに意識を集中する。

 魔族たちもそれ以上考えを捨て、王の言葉に従って突撃する対象を変更する。


 魔族たちの爪が、牙が、魔王の体に容赦なく食い込んでいく。普段は魔力で強化されている体だが、今は違う。下級魔族の攻撃でも確実にダメージが通る。

 だが、間に合わない。

 張り裂けそうな思いで魔王の命を奪おうとしても、影に到達するほうがわずかに早い。


「くそぉぉぉ!!」


 血だらけになりながら叫び続ける魔王。

 その声は確かに届く。



「はぁぁぁぁ!!」


 背後から突き刺された剣によって、魔王の心臓が貫かれる。

 魔王が吐血しながら後ろを見ると、喜びと悲しみを混ぜたような複雑な顔したルシウスが震える手で剣を握りしめていた。


「仇が……うてたではないか」

「うるせえ」


 ルシウスが剣を抜くと、魔王の巨体が地面に倒れる。魔族たちは涙を浮かべながら魔王に駆け寄り、その体にしがみつく。


「くそが……」


 人類最大の敵を討ち取ったというのに、心が晴れない。


「そこに居るんだろ」


 姿の見えない影に言葉をかけるルシウス。


「俺の部下を殺したことは許さない。だが、俺は逃げる。俺じゃお前には勝てない。俺はまだ死ぬわけには行かない」


 ルシウスは影と魔王の死体に背を向ける。

 魔族たちに非難されることは覚悟の上だったが、魔族たちは魔王の側から離れない。

 


 生き残った部下たちを回収するべく、空洞へと向かうルシウスだったが、その途中で背後から違和感を感じる。


「は?」


 振り返ったルシウスの目に映っていたのは立ち上がった魔王の姿だった。

 だが、何かがおかしい。

 彼の周囲に居たはずの魔族たちは干からびた虫のように転がっており、自分が突き刺した胸の傷も塞がっている。


「ま、魔王さ……」


 僅かに息があった魔族が言葉の途中で魔王に踏み潰される。

 ルシウスは確信する。

 あれはもう魔王ではないと。



「はじめまして……というべきかな?」


 魔王が口を開く。その目つきは先ほどまでとは違い、野心と野望に満ちている。


「お前が瀕死に追い込んでくれたおかげで簡単に入れ替われた。感謝するぜ、人間」


 手首足首をぶらつかせ、体の調子を確かめながらルシウスに礼を述べる。


「褒美だ。逃げていいぞ」


 ルシウスの中で何かがぷつりと切れる。


「うぉぉぉぉぉ!」


 次の瞬間には魔王に向かって斬り掛かっていた。幾度となく剣を振り下ろし、魔王だったその男に全ての力をぶつける。


「褒美がいらないのか。謙虚な男だ」


 魔王だったそれはルシウスの攻撃をものともせず、右手を尖らせるとルシウスの腹に風穴を開ける。


「かっ……!」


 ルシウスの体がふらつき、膝から崩れ落ちる。自らの腹に手を当てるが、流れ続ける血を止めることはできない。


「さて、魂を迎えに行くか」


 魔王だったものはルシウスを蹴り飛ばし、都市に向かって歩いていく。



「……離せ」


 蹴り飛ばしたルシウスの腕が、魔王だったものの足を握りしめる。

 何度も何度も踏み潰し、ルシウスの腕はぐちゃぐちゃになるが、それでも離さない。


「大人しく死んでろ!」


 顔面に向かって足を振り下ろそうとした時、魔王だったものの意識が混濁する。


「ちっ……もう時間切れか」


 魔王の体から影が抜けていく。

 魔王はそのままバランスを崩し、尻もちをつく。


「よう……目ぇ覚めたか」


 同胞のかわり果てた姿と、瀕死のルシウスが魔王の目に飛び込んでくる。


「わ、私は……」

「気にすんな。これで……おあいこだ」


 もう吐き出す血ものこっていないルシウスは、それだけ言うと冷たくなる。



「隊長ー!」


 最悪のタイミングで目を覚ました部下たちが空洞から出てくる。そしてルシウスの死体とその前に座り込む魔王を目撃すると血相を変え、剣を握りしめて魔王に向かっていく。



「貴様!よくも隊長を!」


 部下たちは全身全霊で、座り込む魔王に攻撃を加えていく。


「やめろ……やめてくれ」


 魔王は頭を抱え、動かない。

 すると人間たちの動きがピタリと止まり、次の瞬間血飛沫が上がる。魔王が顔を上げると、互いで互いの首を切り落としており、都市の方を見ると影が再びリヴの形で笑っていた。


「もう……これ以上」


 心が折れかける魔王にとどめを刺すように、リヴの影は自らの首をねじ切る真似をする。

 魔王の心を壊せば再び自分が成りかわれると思ったからだ。


 だが、影はやりすぎてしまった。



 魔王の心が砕け散り、意識が飛ぶ。





 何もなくなった大地に、ただ一人魔王は立ち尽くしていた。

 白く新しい都市は跡形もなく消し飛び、そびえ立つ山は半分以上えぐり取られている。

 ルシウスやその部下、魔族たちの死体も塵となり、すべての元凶の影も灰のように宙を舞っている。







「おかえりなさいませ、魔王様」

「……おかえりなさい」


 魔王の帰還を出迎えるバートンとリヴ。

 魔王は何も答えず、魔王の魔にこもってしまう。


「何があったのだ……下級魔族の姿も見えん」


 魔王のかわり果てた姿に驚きを隠せないバートン。

 リヴもまたそのやつれた姿には目を疑ったが、それ以上に自分を見る目が酷く怯えていたことに違和感を覚える。

 そしてなぜか、もう二度と魔王に会えない。そんな気がしていた。


 

 


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