episode 2.2「バートン」
魔族の王の息子として生を受けた男、バートン。
母の命と引き換えに誕生した彼は、魔族を導く宿命を背負う。
父である魔王も他の魔族たちも自分に期待し、時にはそれが重荷になることもあったが、それはバートンの誇りであり生まれた意味だった。
妹が生まれるまでは。
そもそもバートンは人間であるヨミを一族に迎え入れることに否定的だった。
魔族こそが至高の生物であり人間は支配する対象、それが魔族の共通認識だ。物心ついたころからそれを叩きこまれ、その言葉通りに実行する父の姿はバートンにとって英雄的だった。
十年前のあの日、勇者一行が訪れたあの日もそうだった。
彼らも人類の上澄みであることには違いないが、それはあくまでも人類の物差しで測った強さだ。魔族の王に敵うはずもない。父の一方的な姿を目を輝かせながら覗いていた。
父が見逃した二つの命。
それは魔族の繁栄を願っての行動だった。その考えはよくわかる。だが、自分では物足りない、心もとない、そう否定されている気分になってしまう。
それでもバートンは自分を信じた。
いくらリヴが強かろうと、自分がそれ以上に強くなればいい。そうすればきっと父も他の魔族ももう一度自分を見てくれる。
魔族の成長は早く、衰えは遅い。
バートンの妹であるリヴも例にもれず、一歳になったころには中級魔族並みの力を有していた。
「兄様、おはようございます」
「下がれ、鍛錬中だ」
「そろそろお昼です。ご一緒にご飯を食べませんか?」
リヴは何度冷たくあしらおうともバートンに話しかけ続けた。
それがバートンの神経を逆なでする。
「貴様は我を馬鹿にしているのか?」
「そ、そんなことはありません。ただ私は兄様と……」
バートンの言葉にショックを受け、涙を浮かべるリヴ。すぐさまリヴの教育係の魔族が飛んできてバートンを叱責する。
「バートン様、リヴ様をいじめるのはおやめください。魔王様からも仲良くするようにと言われているではありませんか」
「お前までこいつの味方をするのか!」
もともとバートンの教育係だったその魔族を激しく拒否し、突き飛ばすバートン。それを見たリヴはさらに大粒の涙を流し、感情が炎となってあふれだす。
「兄様、暴力はやめて……うううう!」
「姫様!落ち着いてください、姫様!」
教育係は必死でリヴの炎を収めようと応戦するが、彼の魔力では焼け石に水だった。改めて妹の魔力の強さを思い知らされ、嫉妬か羨望か、どちらかはわからないがバートンは動けずにいた。
「おいおい何してんだ」
魔王の右腕である大魔族スパーダ。
彼が来なければ被害は甚大なものになっていただろう。
「うわあああ!おかあさあああん!」
スパーダのげんこつをくらい、リヴはわめきながら母親が捕らえられている檻のほうに走っていく。
「まったく困った姫様だ……バートンお前もお前だ」
「なぜ我が……」
ため息をつき、スパーダは右腕を振り上げる。咄嗟に目をつぶるバートンだったが、その手は大きく開かれバートンの髪をわしゃわしゃと撫でる。
「お前は王子である前に兄なんだ」
「それがなんだというのだ」
しかめっ面をしながら手を払いのけるバートン。スパーダはバートンの額にデコピンすると、鎧をガシャガシャ言わせながら去っていく。
その額の痛みはしばらく心に刻み込まれた。
リヴの誕生から三年が経ったある日、彼女の母親であるヨミが死んだ。
葬儀は行われず、リヴ以外は興味を示さない。魔王ですら報告に多少頷くだけだった。
その分リヴの荒れようはひどかった。
母親の亡骸を抱きしめながら三日三晩自室から出てこなかった。その後ちょくちょく捕らえられた勇者のもとに向かおうとしていたようだが、そのたびに魔王に阻まれていた。
「姫様を頼んだぞバートン」
魔王軍四天王に任命されたスパーダは辺境の地に派遣され、城の中にとうとうバートンの理解者がいなくなってしまった。
それよりもバートンの心を追い詰める出来事はその数日後に起きた。
「リヴを魔王軍四天王に任命する」
久しぶりに魔王に呼び出され、淡い期待を抱いていたバートンに告げられたのは絶望の言葉だった。隣にいたリヴはただ魔王を睨みつけている。
「何かと思えば……お断りします。そんなもの」
そんなもの。
リヴにとってそれは何の意味もない称号だった。だが、バートンにとってそれは憧れであるスパーダに並べる栄誉であり、魔王に認められた証であった。
「ふざけるな」
「兄様……?」
バートンはリヴを突き飛ばす。リヴは何が何だかわからないといった顔で兄を見上げる。
「ふざけるな!なぜ貴様なのだ!なぜ我は貴様に劣る!?なぜ貴様は我を……!」
自分でも驚くほど次々と感情があふれだす。これほど他人を憎んだことはない。それ以上に自分が醜いと思ったこともない。
「バートン」
魔王の重くずっしりとした声がバートンの闇に入り込む。
「はい……」
気が付くとバートンはひざを折り、魔王に頭を下げていた。
「お前がリヴに劣るなどとは考えていない。だがその心の弱さはお前の明確な欠点だ」
言葉が返せない。歯を食いしばることしかできない。
「リヴは魔王軍四天王、それは決定事項だ。つまり、お前はリヴの部下となる」
「勝手なことを……私は認めません」
否定するリヴの横でバートンは拳を強く握りしめる。爪が皮膚に食い込み、血がにじむ。
「バートン、お前には軍の指揮を任せる。いずれ魔族を導く存在となるリヴと共に覇道を進むのだ」
聞きたかった言葉と聞きたくなかった言葉。
魔王の間を去ってからもしばらく脳内にこびりつく。
「兄様、安心してください。私は四天王にはなりません」
そう言ってリヴは去っていく。
その背中はこの城の誰よりも小さいが、バートンの目には誰よりも大きく映る。
「……よかろう」
誰も居ない廊下でバートンは小さくつぶやく。
「貴様も父も関係ない。我は我の力で王となる」
齢十余年。
魔族の王となるべき少年は自らの宿命を野望へと変えた。




