episode 2.1「ヨミ」
人類が魔族に敗れてから十年が経過したある日、魔族の王である魔王は一人の人間の叫び声を聞き続けていた。
城の外は雷鳴が響き渡り、木々をなぎ倒している。所々で火災が発生し、人類にとってそれは災害以外の何ものでもないが、魔王は天までもが自らを祝福しているような錯覚に陥る。
初めの叫びから十時間以上が経過した頃、突如叫び声の主が変わった。
「お産まれになられました。姫にございます」
似つかわしくない清潔な服装をした魔族が産声を上げている小さな命を魔王に手渡す。魔王はそれを抱き上げると、城の外の雷鳴に見せつけるように高く掲げる。
「天よ、見るがいい。これは我ら魔族をさらなる高みへといざなう存在となろう!」
魔王の言葉を否定するように天はさらに激しさを増す。
「返して」
悦に浸る魔王の耳に満身創痍の人間が声をかける。止めようとする下級魔族をはねのけ、魔王は声の主に詰め寄る。
「返せとは?これは我ら魔族の所有物だ。貴様の役目は終わった。解放してやる、仲間のもとに送ってやろう」
魔王が指先に力を集め始めると、その場にいた魔族たちが一斉に退避し始める。だが、その指の先にいる人間は一歩も動かない。それは体力的な問題では無いということをその瞳が物語っている。
「返して!」
それ以上は言わない。だが、決して譲らないと魔族の王を睨みつける。魔王もまた人間に屈するなどあってはならないと力を弱めない。
「おぎゃゃゃぁ!」
この城で最も小さな命がけたたましい声を上げる。声だけではない、その小さな体が激しく発光し、抱きかかえる魔王が思わず手を離してしまうほどの炎を全身にまとう。
人間が一切迷うことなく落下する炎の塊を受け止めると、炎もまた元の姿を取り戻す。
魔王はそれを興味深そうに見下ろすと、自らの焼けた皮膚を撫でる。
「素晴らしい。生まれながらにしてその力、既に魔力は兄を超えたか」
物陰から覗き込む魔族の少年はそれを聞くとどこかへ走り去ってしまうが、魔王は気にせず続ける。
「いいだろう。残り少ない貴様の命、我ら魔族の為に使わせてやる」
人間は魔王の話しなど耳に入らず、ただ小さな命を愛おしそうに抱きしめる。
「……リヴ」
失ってしまったたくさんのもの。二度と戻らない仲間の命。救えなかった人類。だが、この手の中の温かい命は絶対に守る。
ヨミは魂にそう誓った。




